15
「寒くなってきたし、夕飯にしようか。」
レオナルドの言葉を合図に、マルコが焚き火に鍋をかける。
「私も手伝います。」
立ち上がろうとするが、レオナルドに止められてしまう。
「座ってて。マルコに任しておけば大丈夫だから。」
にっこりこちらを見るレオナルドと目があう。
やっぱりそっくりだわ。
「双子、だったんですね。」
「そうだよ。」
レオナルドがお茶目な顔をする。
「よくエイデンじゃないって気がついたね。話し方もエイデンっぽくしてたのに。」
「あやうく騙されるところでした。」
レオナルドは声を出して笑った。
「さっきの男達が、本当にエイデン自身に会ったことがあるのか確かめたかったんだ。」
それでエイデンのフリをして様子を見たのだとレオナルドが言った。
「まさか、レイナに抱きついてもらえるなんて思ってなかったよ。」
ぼっと顔が赤くなる。
「あ、あれは……」
恥ずかしすぎて、レオナルドの顔がまともに見れない。
「こんなに暗くなかったら、絶対間違えてません。」
きっぱりと言い切る私に、レオナルドは再び声をあげて笑った。
「できましたよ。」
マルコが差し出してくれたスープを受け取る。
おいしそう……
「ありがとう。いただきます。」
湯気の立ち昇るスープを口へ運ぶ。
「美味しい。」
優しい味だ。
「マルコは料理が得意だから。」
レオナルドが嬉しそうに言う。
「レオ様が下手すぎるだけでしょう。」
「それも確かだけど、マルコの料理は本当に美味しいよ。」
ふふっ。
二人のやりとりに思わず笑みが浮かぶ。
「何笑ってんだよ。」
マルコが私を冷めた目で見る。
「仲良いんだな〜って思って。」
「はっ? 何言って……」
少し照れたようなマルコが何だか可愛いらしくて、また笑ってしまった。
「よく笑えるよな、こんな時に。」
半ば呆れるようにマルコが言った。
そういえば、さっきまで誘拐されてたんだっけ……
今だって暗い森の中にいるのに、ちっとも不安を感じてない。
それはきっと、レオナルドがエイデンと同じ容姿だからだろう。なんだか妙に安心してしまう。
「それにしても、大変な目にあったね。怪我はしてないかい?」
心配するレオナルドに頷きながら返事をする。
「怪我はないです。レオナルド様、私……」
私の言葉を遮って、レオナルドが口を挟んだ。
「レオだよ。」
「レオ、様……」
レオナルドはぐいっと私の方に体を乗り出す。
整った顔が急に近づき、思わず身を固くする。
「レオって呼ばなきゃ、返事はしないよ。」
「じゃあ……レオ……」
小さな声で名前を呼ぶ。
「よく出来ました。」
レオナルドが私の頭をよしよしと撫でてくれる。
やってられない、そんな表情でマルコが私を見る。
「あんた、エイデン王の婚約者なんだろ? 他の男の前でそんな顔していいわけ?」
「えっ?」
「見てるのが恥ずかしいくらい、とろけた顔してるぞ。」
マルコがため息と共に言う。
不安になり思わず頬を両手で押さえる。
確かにドキッとはしちゃったけど、とろけた顔って……
「レイナはとっても可愛いいね。」
レオナルドの言葉にまた顔が熱くなるのを感じる。
このままでは、話が全くすすまない。
聞こえなかったふりをしながら、さっき言いかけたことの続きを言う。
「レオ、私エイデンの所に帰りたいんです。助けてくれますか?」
「もちろんだよ。」
レオナルドはにっこりと笑った。
「私達も生誕祭のために、フレイムジールに帰ってきたんだから。」
「普段はどちらにいらっしゃるんですか?」
私の問いかけに、レオナルドは少し寂し気な表情を浮かべた。
「特にどこって言うわけでもないよ。国を出てから、マルコと一緒に色々旅して回ってるから……」
言うべき言葉が思いつかず、何も言えなかった。
マルコも黙ったままだ。
「……どうして国を出たんですか?」
小さな声で尋ねた。
「……どうしてだろうね……」
焚き火を見つめるレオナルドの横顔を見つめる。
エイデンの話では、レオナルドは全く炎の魔法が使えないということだった。
双子か……
一人は人から避けられるほど過剰な力を持ち、一人は全く力を持たない。
炎の力が半分ずつなら良かったのに……
私の心の声が聞こえたのだろうか、レオナルドは私を安心させるように言った。
「エイデンとは仲良くやってるんだよ。ただまわりがね……」
分かるだろ……そんな表情でレオナルドは私を見る。私は無言で頷いた。
「エイデンがレイナをずっと探してたのも知ってたよ。だから君達の婚約は本当に嬉しいよ。」
レオナルドの瞳はとても優しい。
「私も嬉しいです。エイデンのお兄様がレオみたいな優しい人でよかった。」
レオナルドは私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「夜が明け次第、城に向かうよ。レイナは少し眠った方がいい。私とマルコが交代で番をするから。」
眠れる気がしないと思いながらも、せっかくなので休ませてもらう。
エイデン心配してるだろうな……
それとも怒っているかしら?
どちらでもいいわ。早くエイデンに会いたい……
私はそのまま深い眠りに落ちていった。
☆ ☆ ☆
バン、バンバン。
花火の音が国中に響き渡る。生誕祭の始まりを告げる音だ。
「とうとう始まってしまったか……」
窓から外を眺めながら、エイデンは呟いた。
「陛下……そろそろご用意していただかないと……」
「そうだな……」
結局レイナは見つからないまま、この時がきてしまった。
「くそっ。」
顔を洗い鏡を見る。
ひどい顔だな……
結局一晩中寝ずにレイナ発見の報せを待っていた。
きっとカイルやビビアン達も同じだろう。
「くそっ。」
壁をどんっと拳で殴る。
レイナは一体どこにいるんだ……
考えたくもない最悪の可能性が頭に浮かんで、打ち消すように頭をふった。
大丈夫、レイナは絶対に生きている。なんの根拠もないが、あのレイナが簡単にくたばるはずがない。
何もできない自分の無力さが悔しかった。
こんな時でも王としての務めを果たさなくてはいけないなんて……
午前中の業務をつつがなく終わらせて、舞踏会の始まりを待つ人々の間に入っていく。
本来なら、レイナをエスコートしてこの会場に入るはずだった。
恥ずかしくてレイナには悟られないようにしていたが、俺はこの舞踏会をとても楽しみにしていたのだ。
婚約者としてレイナをエスコートできるのはこの上なく幸せなことだった。なのに……
「ふぅ……」
他国からの客人への挨拶まわりもひと段落する。
愛想笑いで顔が固まってしまいそうだ。
「エイデン様。」
名を呼ばれ、振り向くとエリザベスが立っていた。
「エリザベス、来てたんだな。」
「はい。」
エリザベスは嬉しそうににっこりと笑った。
「ウィリアムのことは申し訳なかった……」
他の者達には聞かれぬよう小さな声で言った。
ウィリアムは、未だ目覚めてはいない。
「兄は運が悪かったんですわ。」
エリザベスは大したことなさそうに言う。
兄が瀕死の状態なのに随分あっさりしていると、驚きと共にエリザベスを見つめる。
「そんなことよりも、エイデン様……レイナ様が攫われたとお聞きしました。」
その言葉に暗い気持ちが押し寄せてくる。俺が口を開くより前にエリザベスが言葉を続けた。
「わたくしがレイナ様の代わりに婚約者のふりをいたしますわ。」
「は?」
思ってもない話に思わず高い声が出てしまう。
「今日婚約の発表をするとお聞きしてます。レイナ様の代わりでかまいません。今日だけ……今日だけエイデン様の隣に置いてくださいませんか?」
エリザベスは潤んだ瞳でこちらを見つめている。
はぁ……心の中で大きなため息をつく。
こんな状況でなければ、自分を慕うエリザベスをいじらしく思っていたかもしれない。
だが兄のウィリアムを運が悪かったの一言で片付けてしまうのはあまりにも冷たくはないだろうか。
「すまないが、それはできない。」
きっぱりと拒絶の意思を示す。
「何故ですか?」
なおも潤んだ瞳で上目遣いで見つめてくるエリザベスに、少し鬱陶しさを感じる。
「俺には今までもこれからもレイナだけだ。誰もレイナの代わりになんてなれない。それが例えふりだとしてもだ。」
「レイナ様を……愛してらっしゃるんですか?」
消えてしまいそうなほど小さな声でエリザベスが尋ねてくる。
「ああ。愛しているよ。」
この世の何よりも。自分の命よりも大切な存在だ。
「そんなのイヤ……」
エリザベスが涙を堪えて小刻みに震えている。
はぁ……
もう一度心の中で大きなため息をついた。
どうやってエリザベスをなだめるか考えていると、会場がどよめいた。
何事かと周りを見回して口元に自然と笑みが浮かんだ。
「レオナルド……」
今年は来てくれたんだな。
レオナルドはエイデンを見つけると嬉しそうに手をあげ、近づいてくる。
それにしても……当たり前だがやっぱりそっくりだな。まるで鏡を見ているようだ。
会場の招待客達も同じように思っていることが、雰囲気で伝わってくる。
「お取り込み中だったかな?」
泣き出しそうなエリザベスを見ながらレオナルドは言う。
「いや、話は終わったところだ。」
エリザベスには申し訳ないが、いつまでも相手はしていられない。
「久しぶりだな、レオナルド。」
「元気そうだね、エイデン。」
二人でかたい握手を交わす。
久しぶりにレオナルドの顔を見たことで、レイナがいなくなってから真っ暗だった気持ちの中に少しだけ火が灯った。
「そうそう。エイデンに素敵なお土産があるんだ。」
「土産? それは嬉しいが、レオナルドの素敵は昔から当てにならないからな。」
顔はそっくりな二人だが、好みや趣味は昔から全く違うのだ。
だからそれなりにうまくやっていけてるのかもしれないが……
「今回は本当に素敵なお土産だよ。」
レオナルドは自信満々に言った。