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 追手の気配を感じながら、森を走り抜ける。

 ここで捕まるわけにはいかない……


「たすけて……」

 私の声が届いたのだろうか、焚き火を囲んでいる二人の人物がこちらを向くのが見えた。


 もう少し……

 やっと森を抜けた、そう思ったとたん追ってきた男によって体を引っ張られる。


 バランスを崩し、男と共に地面に倒れこむ。

 いたたた……


「手間かけさせやがって。」

 私の手にくくりつけられている縄を引っ張り、男が忌々しげに吐き捨てる。


 地面に体を押し付けられて、痛くてたまらない。

 それでも何とか声をしぼりだす。

「お願い、たすけて……」


 顔を動かすことができず、よく見えないが、すぐ側にいるはずの誰かに助けを求める。


「申し訳ありませんね。お騒がせして。」

 私を押さえつけている男がえらく愛想のよい声を出す。


「今、助けてと聞こえた気がするのだが?」

 すぐ側で、低く渋い声が聞こえる。


 この声って……

 思わず胸が高鳴る。

 声の主を見ようとするが、がっちりと押さえられていて動くことができない。


「ちょいとイカれた女なもんで。気になさらんでくださいな。」

 へへっと下品に笑い、もう一人の男が言った。


 誰がイカれた女よ。

 少しむっとして声を出す。

「イカれてなんかないわ。さらわれ……」

 しぼり出した声は、最後まで言い終わる前に男達によって消されてしまう。


 口を塞がれて息が苦しい。

 涙が滲んでくる。

 お願い、たすけて……


「うおっ。」

 男の声が聞こえ、急に体が軽くなる。

「けほっ……」

 はぁ……助かった……


 私を押し付けていた男は、目の前でしりもちをついていた。

「おい、大丈夫か?」


 フードを被った男性が私を見下ろしている。

 体を起こし、地面に座ったまま無言で頷いた。


「てめぇ、何しやがる。」

 男達が近寄ってくる。


 フードの男性は、殺気だつ男達を気にする風もなく、私の手の縄を切った。

 やっと自由になった手首を思わずさする。


「ありがとう。」

 掠れた声でお礼を言う。

 そうしている間にも、私達を取り囲む男達はジリジリにじり寄ってくる。


「おい、おめーら、やめとけ。」

 緊張感が漂う中、一人の男が声をあげた。


 にじり寄る男達の後ろから、一人の中年男性が歩み出る。

「申し訳ありませんが、その女をこちらに返していただけませんか?」


 口調は丁寧だが、その鋭い目つきに思わず身が硬くなる。


 私を助けてくれた男は無言で、もう一人のフードを被った人物を見た。

「もちろんタダでとは言いません。おいっ。」


 男の呼びかけで、カバンが持ってこられる。

「うそ……」

 驚いて思わず声が出てしまった。


 何これ……

 開かれたカバンの中には、ブレスレットや、大きなダイヤのついたネックレスなどが見えた。


「返してもいいが……一体お前らはなんなのか説明してもらおうか。」

 助けてくれたフードの男が、ぐいっと私の腕を後ろで掴む。


 痛みで思わず顔が歪む。

 やばい……

 結局助からないかもしれない。

 背中を冷たい汗が流れた。


「私達は……ある人に頼まれて、この女をレイクスター王国まで運んでるんですよ。」

 レイクスター王国?

 確かフレイムジールのとなりの国で、水の一族が治めていたはずだけど……


「ある人って?」

 しまった……はっと我に返る。

 つい声に出して聞いてしまった。

 これからどうなるか分からない不安や恐怖よりも、一体何が起こっているのか知りたい気持ちの方が強かったのだ。


 男達や、フードの人物が私を見る。

「誘拐されて大変な思いをしてるんだから、私には知る権利あると思うんですけど……」


 私の言葉に納得したのかどうなのか、男はその人物の名を告げた。

「フレイムジールのエイデン王さ。」


 はぁ?

 一瞬思考が停止する。

 いやいやいや……エイデンが私を誘拐させるはずがない。


「フレイムジールの王が、なぜこの女を攫う必要がある?」

 フードを被ったままの男が口をひらいた。


 この声……やっぱりエイデンに似てる……

 じっとフードの男を見つめるが、影になっていてフードの下の顔は見えなかった。


「エイデン王が明日の生誕祭で婚約を発表するのはご存知で?」

 誘拐犯の男は説明を始める。


「この女はエイデン王の愛人でして……婚約の邪魔になるんで始末を頼まれたんですよ。そういうわけなんで、申し訳ないんですが、その女を渡してもらえますか?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。私は愛人なんかじゃないわよ。」

 ここで引き渡されてはたまらない。


「私は愛人じゃなくて、エイデンの婚約者よ。」

 私の声に、一瞬その場が静まりかえる。

 静寂を破ったのは、男達のバカにしたような笑い声だった。


「お前みたいなちんちくりんがエイデン王の婚約者だって?」

 心底可笑しそうに笑う男達を精一杯にらみつける。


「……で、お前達はエイデン王から直接雇われたのか? それとも家臣か誰かに命令されたのか?」

 フードの男が尋ねた。


「こうみえても、私はエイデン王に信頼いただいてるんでね。エイデン王から直々にご命令を受けました。」

 男が胸をはる。


 何言ってるの?

 エイデンがこんな男達を信頼するはずなんてあるはずがない。


 勝手なことばかり言う男にイライラと腹立たしさが湧いてくる。

「エイデンに愛人なんているはずないし、いたとしてもあなた達に始末を依頼したりなんかしないわ。」

 怒りに任せて体の後ろで掴まれていた腕を引き戻す。


 ふっとフードの男が笑う。

「こんな状況なのに、気の強い女だ……」

 頭からフードをはずして私を見る。


 エイデン……

 焚き火の光で浮かびあがる顔を見て、その胸に飛び込んだ。


 えっ? 何この感じ……

 ばっと体を離し、その顔を見つめる。

 チョコレート色の瞳がおかしそうに私を見下ろしている。


「エイデン、じゃない……」

 エイデンにそっくりだけど、何かが違う。

 思わずあとずさりする。


 エイデンの顔をした男はクスクスと楽しそうに声を出して笑う。

「よく違うって分かったね。」


 私の方へ一歩踏み出し、警戒する私の手をとった。

「会えて嬉しいよ、プリンセス レイナ。」

 ちゅっと手の甲にキスをされ、思わず顔がかぁっと火照る。


「プリンセス レイナ?」

 誘拐犯達がざわつくのを感じる。

 そう言えばまだ何も解決してないのだと思い出す。

 エイデンのそっくりさんの出現で、危機感や恐怖心はどこかへとんでいってしまったみたいだ。


「ちっ、仕方ない。お前ら、用意はいいか?」

 男達が話し合いではなく、力で解決するつもりだと察する。


「マルコ。」

 エイデンそっくりさんは、私の手を握ったままもう一人の男の名を呼んだ。


 すごい……

 私達の方へ向かってくる男達は、マルコと呼ばれた男によって一瞬で片付けられた。


「くそっ。覚えてろよ。」

 捨て台詞を吐き、森の中へ逃げて行く男達の背中を見つめる。


「追いますか?」

 マルコが尋ねる。

「いや……」

 エイデンに似た男性は上を見あげる。

「クロウ、頼む。」


 その声に応えるように、大きな黒い物が木の上で素早く動く。

 今の何? 熊?


 男達が逃げた方向へと動いて行く黒いものが、人であると分かったのは少し後のことだ。

 木の上に人がいるなんて……全く気がつかなかったわ。


 何だかよく分からないが、とにかく助かったことが嬉しく、ほぅっと大きなため息が漏れる。

 クスっ。

 右上から微かな笑い声が聞こえて顔を上げる。


「大丈夫かい?」

 綺麗なチョコレート色の瞳が私を見つめている。

 まだ手を握られたままだと思い出し、急に恥ずかしくなった。


「助けていただき、ありがとうございます。」

 手をそっと離しながらお礼を言う。

「どういたしまして。」

 そう答えた彼の顔は、やっぱりエイデンにそっくりだった。


 髪型も似てるけれど、この人の方が少し長いかしら…?

 それに、この人の方が話し方や身のこなしに気品がある気がする。


 私がこんな風に思ったことが分かったら、エイデンは気を悪くするかしら?

 きっと全く気にしないだろうな。


「どうしたんだい?」

 低く色気のある声が、私の思考を遮る。

「レオ様に見とれてるんじゃないですか?」

 冷めた声でマルコが言う。


「レオ様?」

「レオでいいよ。こっちは従者のマルコだよ。」

 マルコはぺこりとお辞儀をする。


「助けてくれてありがとう。とっても強いのね。」

 マルコにお礼を言う。

 私と同じくらいの年齢だろうか?

「別に……」

 ぶっきらぼうにそう答えたマルコはふいっと横を向いてしまった。


 改めてレオと呼ばれた男に向き合う。

「エイデンのお兄様ですね。」

 エイデンから聞いたお兄さんの名前は確かレオナルドだったはずだ。


「そうだよ。」

 優しい笑顔でレオナルドが答える。

 その笑顔があまりにも素敵で、思わず胸がキュッとなる。


「会えて嬉しいよ。君のことは話には聞いていたけれど、こんなに可愛いらしい子だなんてびっくりだ。」

 可愛いいと言われて思わず顔が熱くなる。

 エイデンと同じ顔で、こんなセリフ言うなんて……

 心臓の音が大きくなるような気がする。


「お兄様がいらっしゃるとは聞いてましたが、こんなにそっくりだなんて……びっくりです。」

 顔が赤くなっていることに気づかれたくなくて、少しうつむき加減に言う。


「エイデンから聞いてないないかな? わたし達は双子だよ。」

 えっ?

 目を丸くする私を、レオナルドはおかしそうに見つめていた。

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