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どうしてこんなことになっちゃったの?
後ろに回されて縛られた手を、なんとかほどこうともがいてみるがうまくいかない。
ここはどこかしら?
周りを見まわす。薄暗くてよく分からないが、何かの小屋みたいだ。
どうしてこんなことになったんだろう?
生誕祭の前日ということで、エイデンは朝早く部屋を出て、変わりにミア達がやってきた。
朝食が終わった頃だっただろうか、打ち合わせのためにウィリアムが部屋を訪ねてきた。
生誕祭で私の護衛としてウィリアムが側にいることを、エイデンが了承したらしい。
おおまかな流れについて説明を受け、休憩としてお茶を飲んでいる時に急激な眠気に襲われたような気がする。
皆は無事かしら……?
とりあえず、この部屋から逃げなくては。
足も手もそれぞれロープで縛られてはいるが、幸運なことに、どこにも繋がれてはいなかった。
もぞもぞと動いてロープを切れそうなものを探してみるが、こう暗くてはうまく見つからない。
どうしよう……
しばらくお尻でズリズリと動きまわったが、役にたちそうなものは全く見つからなかった。
エイデン……
きっと心配しているだろうな……
怒ったような顔をして、私を探しているエイデンの様子が目に浮かぶ。
絶対無事に帰らなくっちゃ。
その時、外から小さな話声が聞こえた。
誰かいるみたい……
味方なのか誘拐犯なのか判断つかず、思わず体が硬くなる。
ガチャガチャ。
鍵の音だろうか?
続いてガチャリと大きな音をたててドアが開いた。
二人の男が入ってくる。
「起きたか……」
一人が私を見てボソっと言った。
「おい、急ぐぞ。」
もう一人が私に近づいて来る。
何……?
怖くて声を発する事も、動くこともできない。
「悪く思うなよ。」
後ろに縛られていた手に紐をくくりつけられる。
次の瞬間、男がナイフを取り出すのが見えた。
刺されちゃう。
そう思って反射的に目をつむった。
えっ……
足に開放感を覚え、目を開ける。
男がナイフで足を縛っていたロープを切ったのだ。
「はぁ……」
安堵と、足が自由になったことで、思わずため息が漏れる。
「逃げようなんて思うなよ。」
手に括り付けられたロープを引っ張っりながら男がキツい口調で言った。
男達に促されるように小屋の外に出て愕然とする。
外には他に4人の男達がいたのだ。
これじゃ逃げられそうもない……
6人の見知らぬ男達に囲まれながら、森の中を進んでいく。
ここは一体どこなんだろう……?
薄暗い森の中をロープに繋がれながら歩くのは容易ではなかった。
「早く歩け。」
時々ロープを引っ張っられ、引きずられるようにして進んでいく。
「まずいな、誰かいるみたいだ。」
私の前に立つ男が立ち止まる。
男の視線の先を見る。
焚き火かしら?
暗い木々の間から、明るい光が漏れている。
「面倒はさけたい。遠回りするか……」
「いや、そんな時間はない……」
男達のやりとりを聞きながら、遠くにある光を見つめる。
誰がいるのかは分からない。でも男達の様子からして、誘拐犯の仲間でないことは確かなようだ。
よしっ。
心の中で気合いを入れて、ロープを持つ男に体当たりをする。
不意を突かれて、男の手が緩んだ隙に、ロープを引っ張っり走りだす。
「おい、待て。」
暗い森の中を、光に向かって全力で走る。
「早く、捕まえろ。」
後ろから男達の走る足音が近づいてくるのが聞こえ、心臓がバクバクと音を立てる。
お願い、誰でもいいから助けて……
この先にいる人がどうか味方でありますように……
そう祈りながら、私は走り続けた。
☆ ☆ ☆
「レイナはまだ見つからないのか?」
同時刻、城ではエイデンがイライラしていた。
レイナが攫われた。
報せを受け、部屋を訪れて愕然とする。
「ウィリアム様……」
カイルが思わず呟いた。
負傷したウィリアムが担架で運ばれているところだったのだ。
担架に駆け寄り声をかけようとして、ウィリアムの意識がないことに気づく。
「エイデン様。」
ビビアンの呼ぶ声に振り向いた。
「エイデン様、申し訳ありません。」
ビビアンが泣きながらその場に崩れおちる。
「ビビアン……何があった?」
泣き続けるビビアンをなだめながら話を聞く。
「……打ち合わせが終わって、休憩のためレイナ様とウィリアム様にお茶を差し上げました。それで……」
レイナが急に眠ってしまったのだとビビアンが言う。
ウィリアムが異常な程の眠気を訴えた時に、数人の男達が部屋へ押し入ってきた。
眠ってしまったレイナを守ろうとしたミアを庇い、ウィリアムは負傷してしまったのだ。
「申し訳ありません。レイナ様が攫われるのをとめられませんでした。」
頭を下げ続けるビビアンに胸が痛くなる。
「……お前達だけでも無事でよかった。大丈夫だ。レイナは絶対に見つけてみせる。」
自分自身に言い聞かせるようにはっきりと言う。
すぐに見つかるはずだ。
レイナを担いだ状態で、簡単に城から出られるはずがない。
すぐさま衛兵に指示を出しながら、カイルと共に城を確認してまわる。
「どういうことだ。どうして誰も怪しい人物を見てないんだ。」
城の中にはレイナや賊の気配は全くない。
しかし、城から怪しい人物が出ていくのを門番や衛兵は誰も見ていなかった。
「考えられるのはただ一つ……城内に協力者がいることです。」
カイルの言葉に、それしかないだろうなと同意する。
自分の城の中に裏切り者がいる……
それはとても辛いことだった。
「一体誰が……」
最初は大臣だと思っていた。
しかしウィリアムがあれだけ負傷したことを考えると、大臣である可能性はまずないようにも思える。
カイルと二人きりの部屋に重苦しい沈黙が流れる。
レイナ……
心の中で愛しい人の名前を呼ぶ。
どうか無事でいてくれ。
沈黙は突然の訪問者によって終わりを告げた。
「陛下、ウィリアムに何かあったとお聞きしましたが……」
ウィリアムの父である大臣が部屋へ乗り込んできたのだ。ウィリアムの母であるアーガイット夫人も一緒だ。
カイルにアーガイット夫人をウィリアムの所へ案内させ、部屋で大臣と二人で向き合う。
「ではレイナ様が攫われ、ウィリアムもやられてしまったということですね……」
大まかな話を聞き終わった大臣が言う。
「で、賊は捕まったんですか?」
怒りが滲んだ声で大臣は尋ねる。
「いや、まだだ……」
「アーガイット大臣、聞いておきたいことがある。」
睨むような鋭い目を大臣へと向けた。
「レイナを攫ったのは、お前じゃないのか?」
「……」
しばらくの沈黙の後、大臣が静かに口をひらく。
「レイナ様には、たしかに思うところは色々あります。しかしアーガイットの名にかけて、レイナ様を攫ったのは私ではありません。」
真っ直ぐにエイデンを見つめ返すその瞳に嘘や偽りはないように思えた。
「疑って悪かった。」
レイナのことが気に入らないとは言え、アーガイットの名に誇りを持つ大臣が、王の婚約者を誘拐するはずはないか。
それに……
「ウィリアムには申し訳ないことをした。」
エイデンは頭を下げた。
アーガイット夫妻がウィリアムのことを本当に可愛がっていることを知っていた。
そんな大臣が、例えレイナを攫うことがあったとしても、ウィリアムを傷つけるはずなどあるはずがない。
「ウィリアムもアーガイット家の息子です。きっとすぐに目を覚ますでしょう。」
そうはっきり言い切った大臣の手は固く結ばれて、軽く震えていた。
不安だろうか、それとも怒りだろうか……
そんな大臣を見て、今までにない仲間意識のようなものが胸に浮かんできた。
「頼む、レイナを見つけたい。協力してくれ……」
藁にもすがる思いで助けを求めた。
ふっと大臣が笑う。
顔をあげると、大臣の顔は少しだけ緩んでいた。
「あなたが私にお願いをするなんて、初めてですね。」
「そうだったか……?」
「悪い気はしませんね。」
「いいでしょう。レイナ様をお探しします。ウィリアムを襲った犯人も一緒でしょうから、ちょうどいいです。」
その声には怒りが滲んでいた。
レイナ、どこにいるんだ……?
日が沈み始めた窓の外をぼんやりと眺める。
焦っても仕方ないと分かっていても、胸がざわめいて仕方ない。
レイナ、頼む……どうか無事でいてくれ。
誰に祈るわけでもなかったが、とにかく祈らずにはいられない。
どうか……どうかレイナが無事に帰ってきますように……