12
「レイナ、レイナってば……」
ミアの呼ぶ声で我にかえる。
「大丈夫?」
ミアとビビアンが心配そうにこちらを見ている。
昨夜のことを考えて自分の世界に入り込んでいたようだ。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
すでに冷めてしまった紅茶を、ビビアンが入れ直してくれる。
「そういえば……」
ミアが立ち上がり、小さな箱を持ってくる。
その中には私がエイデンのために作ったグラスが入っていた。
「例の爆発で箱などは焼けてダメになったけど、グラスだけは奇跡的に無事だったみたい。」
グラスを手にとる。
「ありがとう。」
ミア達が綺麗に拭いてくれたようで、グラスは爆発にあったとは思えないくらい綺麗だった。
「新しい箱をウィリアム様にお願いしようかとも思ったんですが……」
ビビアンが言葉を濁す。
はっきりと言われなくても、ビビアンの言いたいことが分かる気がした。
またウィリアムが来ているのを見られて、エイデンの機嫌が悪くなってはたまらない……
おかしくなってつい笑ってしまう。
「このまま渡すわ。」
エイデンの誕生日である生誕祭まであと2日……
再びグラスに視線を落とす。
エイデンは喜んでくれるかしら……?
「さぁ、そろそろお茶会はお開きにして、ドレス選びをいたしましょう。」
ビビアンがクローゼットの扉をあける。
「えっ?」
何これ……
クローゼットの中はドレスでいっぱいだった。
「生誕祭ではエイデン様の婚約者として紹介されるんですもの、一番お似合いになる衣装を選んでみせますわ。」
ビビアンの気合いの入れ具合に思わず笑顔が引きつってくる。
「まだ生誕祭に出れると決まってないわよ。」
私の声はドレス選びで興奮気味の、ビビアンとミアには届きそうもなかった。
☆ ☆ ☆
「レイナ様には囮になっていただきます。」
その日の夜遅く部屋にやって来たカイルはそう言った。
「なっ……」
少し怒った様子のミアをビビアンが落ちつくようなだめる。
「囮って、何をすればいいの?」
「特には何も。ただ生誕祭では、一人でいて狙われやすくしていただきたいだけです。」
狙われやすくする……
なんとも難しい注文だ。
「心配しなくても大丈夫だ。俺が常にそばに……」
「ダメです。」
エイデンの言葉が終わる前に、カイルがきっぱりと言う。
「陛下が側にいては、レイナ様が襲われません。」
正直襲われたくはない気もするけど……
私を狙う犯人をさっさと見つけてもらわなければ、この部屋から出ることもできないし……
「いい囮になれるよう頑張ります。」
気合いをいれる私に、エイデンは不満そうな顔を向ける。
「頑張らんでいい。誰が何と言おうと、俺はレイナから離れないからな。」
やれやれ……といった表情で、カイルが言う。
「いいですか? あなたはこの国の王なのですよ。レイナ様が狙われていると分かっているのに、側にいて巻き込まれたらどうするんですか?」
カイルの小言はとまらない。
「ただでさえ、部屋が一緒というだけでも危険なのに……陛下はもう少し危機感を持っていただかないと。」
私が狙われていると分かってから、夜寝る部屋は一緒にするとエイデンは宣言した。
もちろんカイルは最初から危険だと反対したが、エイデンは聞く耳をもたず、早々に自分用のベッドを運び込んだ。
「分かった分かった。」
エイデンはめんどくさそうに、もういいだろうと言い、ベッドに横になる。
「仕方がありませんね……陛下がそんなに心配されるのでしたら、生誕祭の間レイナ様には護衛をつけましょう。」
「護衛?」
エイデンも初耳だったのか、起きあがり怪訝そうな顔をカイルに向ける。
「えぇ。」
「信用できる人物なのか?」
エイデンとカイルのやりとりに口をはさめず、とりあえず離れて様子を見る。
「ウィリアム様にお願いしようと思ってます。」
カイルがそう言った途端、エイデンが不愉快そうな顔をする。
「あのウィリアムのことか?」
「大臣のご子息、ウィリアム アーガイット様です。あの方なら剣の腕も確かです。それに……」
カイルは声を低くする。
「もし賊が大臣と繋がりがある場合、ウィリアム様が側にいらっしゃった方が被害が軽く済むのではありませんか?」
賊が大臣と繋がりがある……
カイルとエイデンはそんな風に考えているのね。
確かに大臣が関わっているならば、私が城の中で襲われたとしてもおかしくない。
「……気に入らないな。」
エイデンはしばし考えてそう言った。
「剣ならあいつより俺の方が上だ。そんなヤツにレイナを任せるなんて……」
「陛下のくだらないヤキモチは無視していいですから、明日また打ち合わせしますよ。」
カイルは私に向かってそう言うと、ミア、ビビアンと共に部屋から出て行った。
「おい、くだらないヤキモチって何だよ。」
カイルの背中に向かってそう言うエイデンが可笑しくて、つい笑ってしまう。
「だいたい、なんでレイナを囮にしなきゃいけないんだ。」
エイデンが怒ったように言う。
エイデンが私の事を心配してくれることがとても嬉しい。
「仕方ないよ……私も早く犯人が見つかって欲しいから、怖いけど頑張るわ。」
エイデンが側に来て、私の手をそっと握る。
「俺は何があってもレイナを守りたい。だから側を離れない。」
エイデンの言葉に胸が熱くなる。
「ありがとう……」
こんなにも思ってくれているエイデンを、私のせいで危険な目に合わせるわけにはいかない。
「カイルとしっかり相談するから、きっと大丈夫だよ。」
エイデンの手に力が入る。
「俺の代わりに、ウィリアムがお前を守るなんて、考えただけで吐き気がする。」
エイデンは吐き捨てるように言う。
「だいたいカイル達は、ウィリアムをレイナに近づけすぎなんだよ。あの時だって俺に内緒で、部屋に入れてたし……」
ウィリアムがグラスを持って来てくれた日のことを言っているのだと分かり、困ってしまう。
まだそのことを気にしてたのね……
エイデンのヤキモチにも困ったものだ。
そう思いながらも、そのヤキモチが嬉しくもあり、自然に口元が緩んでしまう。
「何笑ってるんだ?」
エイデンが私のほっぺを柔らかくつまむ。
「別に、笑ってないわよ。」
そう言いながら、また可笑しくなってしまう。
そうだ。
「エイデン、渡したいものがあるの。」
昼間、部屋に隠しておいたグラスを取り出した。
「これは?」
私が突然取り出して来たグラスを見て、エイデンは不思議そうな顔をする。
「少し早いけど、誕生日プレゼント。私が作ったのよ。」
エイデンは驚いたような顔をし、次の瞬間、くしゃくしゃの笑顔を見せた。
「嬉しいよ。ありがとう。」
その子供のような無邪気な笑顔に胸がドキドキする。エイデンはこんな可愛い顔で笑うこともあるのね。
あの日、ウィリアムがこのグラスにあう箱を持ってきてくれたのだと説明する。
「結局その箱も爆発でだめになっちゃったけど……」
俯く私を慰めるように、エイデンの大きな手が頭をなでてくれる。
「グラスが無事でよかったわ。」
エイデンにニッコリと微笑む。
「せっかくだ。乾杯するぞ。」
エイデンは立ち上がり、外にいる護衛に何やら命じた。
数分後、ビビアンがトレイを持って部屋に入ってくる。トレイにはピッチャーがのっていた。
「レモネードね。美味しそう。」
ピッチャーからグラスへと注がれるレモネードを見つめる。炭酸の泡が気持ちよくはじけている。
「乾杯。」
二人で声を合わせる。
カチンとグラスが小さな音を立てた。
レモネードはよく冷えて、すっきりと美味しかった。「うまい。」「美味しい。」
二人同時に言ったことがおかしくて、見つめあって笑った。
一緒にレモネードを飲む……
たったこれだけのことが、こんなにも楽しいなんて。
私は今とっても幸せだわ。
エイデンの顔を見つめながら幸せを噛みしめる。
「レイナを狙ってる犯人が捕まったら、またこれでゆっくり飲もうな。」
グラスを軽く持ち上げエイデンが言う。
「うん。楽しみだね。」
本当に早く問題が解決すればいいのに。
そしてこの幸せがずっと続きますように……
心の中で切に願った。