10
これは夢なのだろうか?
だとしたら、とても幸せな夢だわ……
エイデンに抱きしめられ、愛を告げられる。
こんなことは夢以外に考えられない。
この幸せな気持ちにいつまでも浸っていたい……
そう思っていると、エイデンの腕に力が入る。
その力強さに、これが現実なのだという実感がわいてくる。
「愛してるよ。」
エイデンの低い声に耳もとを刺激され、体中に電流が走った。顔がかぁっと熱くなる。
エイデンの唇が私の頬に優しく触れる。
「!!」
あわわわわ! 頭の中が真っ白になってしまう。
そんな私のパニックなど素知らぬ感じでエイデンは私の髪の毛に触れる。
「髪、切ったんだな。」
焦げてしまった髪の毛はもう戻らないので、耳の下あたりでバッサリ切ってしまった。
「……ごめんな……」
正直髪をここまで切るのには勇気がいるし、悲しかった。でも……
「エイデンのせいじゃないわ。だってエイデンが助けてくれなきゃ、どうなってたか分からないもの。」
それに短い髪も結構気に入っている。
「こんなに短くしたの初めてだけど、似合ってると思わない?」
短く切り揃えられた髪の毛に触れながら、エイデンが優しく笑った。
「あぁ。とっても可愛いよ。」
想定外の返事に戸惑い、赤面してしまう。
そんな笑顔で言われたら困っちゃうじゃない……
「レイナ……」
エイデンの整った顔がゆっくりと近づいてくる。
びっくりして思わず、両方の掌で唇を受け止めた。
「おいっ、なんだこの手は?」
両手を掴まれ、不満そうなチョコレート色の瞳にのぞきこまれる。
「だって……」
キスされるかと思ったんだもの。
恥ずかしくてもごもごしていると、ふっとエイデンが笑った。
「レイナ、こっち向けよ。」
エイデンの手が私の頬に優しく触れる。
エイデンから目がはなせない……
エイデンの唇が、私の唇にそっと触れた。
「レイナ、愛してるよ。」
切ない声でささやかれて、胸がしめつけられる。
私を見つめる瞳や、抱きしめる腕から、エイデンの気持ちが伝わってくる。
本当なのね……本当にエイデンは私の事……
「嬉しい。」
エイデンの広い胸に顔を埋める。
「エイデン、私も愛してるわ。」
再びエイデンの唇が、私の唇に重なった。
「……んんっ。」
だんだん深くなる口づけに体中の力がぬけていく。
エイデンの温かい体にしっかりと抱きしめられ、今まで感じたことのない幸せを感じた。
幸せすぎて思わず涙が滲んでくる。
そんな私の瞳に、エイデンはそっとキスをくれた。
☆ ☆ ☆
「お前はわざわざ俺の邪魔をしに来たのか?」
エイデンの不満そうな声にも全く動じることなく、カイルは書類をめくりながら仕事の話を続ける。
「全部明日で間に合うだろう。今夜はもう仕事はなしだ。」
「はぁ……」
っとカイルはわざとらしく大きなため息をつき、私を見た。
「イチャイチャしたいのは分かりますが、生誕祭でのレイナ様の扱いについて早々に決めていただかないと……」
真面目な顔で言われ、恥ずかしさで下を向く。
イチャイチャって……
さっきカイルが部屋に入って来た時に、エイデンと抱き合っているのを見られてしまった。
ノックが聞こえた瞬間に離れようとしたが、エイデンがはなしてくれなかったのだ。
「カイル、お前レイナが目覚めたの知ってたんだろう?」
エイデンは、私が目覚めてすぐ知らさせなかったことを不満に思っているようだ。
「……レイナ様から、お伝えするのはしばらく待つよう言われましたので……」
エイデンの非難の目が私に向けられて、オタオタしてしまう。
「ふ〜ん……」
ぐいっと手を引かれ、ソファーに座るエイデンの膝の上に倒れこむ。
あっと思う間に、エイデンの膝の上に座らせられる。至近距離にエイデンの綺麗な顔があり、まっすぐに見れない。
心臓が大きな音を立て始める。
やだ、エイデンに聞こえちゃいそうで恥ずかしい……
「なんですぐ教えてくれなかったんだ?」
優しい口調とは裏腹に、鋭い目で見つめられる。
「だって、シャワーあびたり、髪の毛切ったり色々あったから……」
緊張でしどろもどろになりながら言い訳をする。
そんな私達を見ながら、ミアとビビアンが笑っている。
「ふぅ……」
カイルがもう一度、わざとらしいため息をつく。
「今日は仕方ないですが、明日はきちんと仕事してくださいよ。」
そう言い残し、ミア、ビビアンと共に部屋を出ていった。部屋に二人残され、一層緊張が増す。
エイデンの膝の上から立ち上がろうとして、そのまま抱きしめられる。
「どこ行くんだ?」
ニコッっと笑うエイデンと目が合うが、恥ずかしさに思わず目をそらせてしまう。
そんな私にエイデンはクスクス笑っている。
「エイデン、手ほどいてもらえない?」
「何で?」
エイデンは私の腰に回した手に一層力を入れる。
「聞きたいことがあるの……」
そういう私に、
「このまま話せばいいだろ。」
エイデンは抱きしめる手を緩めず返事をする。
「真面目な話がしたいから、隣に座らせて。」
このままじゃドキドキしすぎて心臓がもちそうもない。
「じゃあ……」
エイデンはいたずらっ子のような顔をする。
「キスしてくれたら、離してやるよ。」
エイデンはこんな顔もできるのだと知って、胸がキュっとする。
でも、とっても意地悪だ。
「キスしてくれないの?」
顔を近づけてくるエイデンから、視線を外して逃れる。
「エイデンの意地悪……」
ボソっとつぶやくと、エイデンは声をあげて笑った。
私を抱えて、ソファーの上に優しく下ろす。
エイデンはまだクスクスと笑っている。
「それで、聞きたいことって?」
二人でソファーに並んで座る。
「竜の力と、私の記憶についてなんだけど……」
「……」
エイデンの表情が一瞬にして真顔になった。
「誰かに何か言われたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
あの日エイデンと老人が話していたのを聞いてしまったと説明する。
「エイデン言ってたよね? 竜の力のために私を妻にするって。」
だんだんと声が小さくなる。
エイデンは私の事を愛してると言ってくれた。
その言葉に嘘はないと思う。
でも……あの日聞いた言葉が頭に張り付いて離れない。
「私の記憶って何のこと?」
どうかエイデンの愛情が本物でありますように……
そう願いながらエイデンの言葉を待つ。
エイデンは目をつむり、額に手を当てている。
しばらく考えこんで、重い口をひらいた。
「わざわざ人がいない場所に行ったのに、まさかレイナ本人に聞かれるとはな。」
私に向けられた瞳が切なくて胸が痛む。
「一緒にいたあの老人は、俺の前のこの国の王だ。」
俺の祖父だよ……エイデンはそう付け加えた。
エイデンのおじいさん?
そう言えば……私はエイデンの家族について、何も知らないし、会ったこともない。
「引退しても、結構影響力あるもんで……レイナを探してる時も反対されてたんだ。」
エイデンは私の頭をなでる。
「やっと見つけたと思ったら、レイナはメイドをしてただろ? 祖父はメイドと結婚なんて反対で……エリザベスと結婚しろとか言い出してさ。」
おじいさんの気持ちも分かるような気がする。
メイドをしてた娘がやって来て、いきなり王妃になるなんて認められないのも無理はない。
「レイナとどうしても婚約したかったから、あんな風に言ったんだ。」
ごめんとエイデンが頭をさげる。
「よかった……」
エイデンの肩に額をつける。
嬉しくて涙が出そうだ。
エイデンが私の頭をポンポンと軽くたたく。
「なぁ……もしかして最近ずっとおかしかったのって、これが原因?」
図星を指されて動揺する。
私の動揺をエイデンが見逃すはずはない。
「寝込むほどショックだったの?」
エイデンの声が嬉しそうなのは気のせいだろうか?
隠しても仕方ないと諦めて頷く。
ふっとエイデンが微笑んで私を引き寄せる。
「傷つけてごめん。」
私を抱きしめたまま頭を優しくなでてくれる。
「俺は本当にレイナのことが好きだよ。」
うん、分かってる……
その気持ちを込めて無言で頷く。
もう一つの気になることも聞いてしまおうと顔を起こす。
「私の記憶って……」
何のこと?
そう聞こうとしたが、エイデンによって唇をふさがれてしまう。
もう……
そう思いながらも、エイデンのくれる優しいキスを目をつぶって受け入れた。