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気づいてないのは天城だけ

 たった15分でも、生まれて初めてのサッカーは凄まじくハードな15分だった。ピッチにへたりこんでいる天城と視線を合わせるように、相手チーム、ダイヤモンドミラクルズの10番、山下がしゃがむ。天城に頭を下げた。

「ぼくは山下翔大と申します。試合ができて光栄です」

「どうも」

 息を切らしながら天城は答える。走るのをやめたとたん、汗が噴き出していた。天城はタオルを持ってきていなかったことを後悔する。手で顔に浮かんだ汗をぬぐう。

「失礼ですがお名前を教えていただけませんか?」

 山下が訊く。呼吸のたびに天城の肩が大きく動いた。息を吐きながらとぎれとぎれに答える。

「天城大輔、です」

 息切れが収まらない。山下は天城に強い興味を抱いているようだ。

「どんな漢字を書くのですか?」

 天城は呼吸を繰り返していた。「天」の字をどう説明しようか考えるが、脳に酸素が足りていないのか言葉が浮かばない。

 そんなところに西中がミネラルウォーターのペットボトルを持ってやって来た。

「天城さん、大丈夫ですか?」

「死んでる」

 即答した。

「西中ちゃん、反則だよ。こんなすごい人を連れてきちゃったら」

 山下が口を挟む。

 草サッカーなので正確なデータはないものの、これまで両チームは十数回試合をしていたが、ヨエーゼン太田町がダイヤモンドミラクルズに勝ったことはなかった。ヨエーゼンにとって、ダイヤモンドミラクルズは胸をお借りする格上のチームであり、だからこそダイヤモンドミラクルズが9人と言えば、ヨエーゼンは9人を揃えなければいけなかったのだ。そこで頭数合わせに声がかかったのが天城だったが、その天城の活躍で7-3とヨエーゼン太田町は4点もリードしていた。

「いやいや」

 まんざらでもなさそうに西中が笑った。

 天城はペットボトルの水を口に含んで渇きを抑えると、頭に水をかけた。こもっていた熱が冷やされ心地よい。重く痛むふくらはぎにも水をかける。

「天城さん、十分後に二本目が始まりますので、またお願いします」

 水で冷え、ようやく安堵しかけていた天城は現実に引き戻された。仕事のミスに気付いた時のように唖然とする。

 そうだ、まだ一本目が終わっただけなのだ。試合前に15分マッチを三本やると聞いていた。周りを見ると、ピッチサイドで給水をした選手たちは、ピッチに戻って練習のためにボールを蹴りはじめている。どうしてみんなこんなに元気なのか。そんなに好きなのか? 天城はぐじょぐじょに濡れた顔を拭い、頭を犬のように振った。

 一本目の立ち上がりの五分間、9番の選手のマンマークしていただけで、ほぼほぼ天城のライフは消耗していた。

 二列目に上がってからは、自分のペースでボールを奪い、自分のペースでパスを出したりシュートを打ったりと、天城のスピードでプレーができるのでいくらかは楽になったが、それでも最後のほうはダイヤモンドミラクルズの選手は、3人がかりでボールを取りに来たりしていたので交わすのは楽ではなかった。工場労働者だからそれなりに身体を動かしていたつもりだが、スポーツをやるほどの体力が天城には備わっていなかったのだ。

「もう、しんどいわ。次、休めないかな」

 本音だった。西中は山下と顔を見合わせる。

 話を聞いていたのだろう。ボールの感覚をたしかめるようにリフティングをしていたダイヤモンドミラクルズのキャプテンが口を挟んだ。

「すべての得点に関わってらっしゃったんだから、おつかれでしょ」

「ええ」

 絞り出すように天城は言う。楽しそうにボールを撫でている姿を見て、この人、たしか45歳だったよなと思う。日頃からスポーツしてる人は違う。若い。

「次のゲームは若者に任せましょう。ぼくも休憩します」

「竹部さん、いいんすか?」

 山下が慌てて訊く。ダイヤモンドミラクルズのキャプテン・竹部は、笑顔を作って頷いた。それからしゃがんでいる天城に手を差し出した。

「ぼく、竹部健司と言います。よろしくお願いします」

 竹部の手を握手するように天城は握った。

 試合中の15分は、文字通り倒れるほど長かったのに休憩の10分間はあっという間に過ぎる。まるで仕事の休憩時間と同じだ。

「そろそろ始まりますよ」

 竹部に言われ、天城は、試合の邪魔にならないように立ち上がった。ふくらはぎが重い。踵にマメもできているようで、歩くたびにひりりと火傷をしたように痛む。

 山下のキックオフで二本目がスタートした。

 天城の呼吸はようやく落ち着いてきていた。二本目のゲーム時間15分とその後の10分間、これから25分は座っているだけでいい。そう考えるだけで気持ちに余裕が出てきた。

 ヨエーゼン太田町とダイヤモンドミラクルズが草サッカーをしているインフィールドの外は、サブトラックとはいえ本格的にサーフェスが敷かれた陸上トラックが設置されている。そのトラックでは有明大学の女子陸上部の選手たち八人が準備運動をしている。肩を回しながら軽く走ったり、屈伸やアキレス腱を伸ばすような体操で、若い身体を弾ませていた。天城も男だ。自然と目が行く。鬼も十八とはよく言ったもので、やはり十代後半から二十代前半の女性は、他の年代、性別にはないかけがえのない光を放射している。外出と言えば、もっぱら男だらけの会社とおっさんたちの吹き溜まりの競馬場だった天城にしてみれば、それは殊更眩しく見えた。しかし42歳の天城にとって、状況によっては、女子大学生たちは娘になっていたかもしれない年頃の女性だ。もう自分の人生で、これからあのように眩い女性に愛されることはないのだろうなと考え、少々寂しい気分にもなっていた。

「天城さんが出てないからいい試合になりましたね」

 竹部が話しかける。皮肉ではない。天城はピッチに目を戻す。天城が女子大生に目を奪われている間に、ピッチでは一進一退の攻防が繰り返されていた。開始から五分、お互いに無得点。一本目に4点の差をつけたヨエーゼンは、そのリードを守ろうと前線のFWの選手も積極的に守備を行っていた。ダイヤモンドミラクルズの司令塔、山下は守備に人数を割いてくるヨエーゼンに思うようなプレーがさせてもらえず、一本目の前半、3ゴールを上げた9番の選手にいい形でのボールの供給がほとんどできていなかった。

 天城もピッチに目を向けた。草サッカーといっても、ピッチサイドで見るとなかなかな迫力がある。さっきまであの中でプレーをしていたと考えると不思議な夢を見ているようだった。

「お疲れみたいですが、何年ぶりにサッカーをされたんですか?」

 竹部が訊く。

「スパイク履くような本格的なのは、今日が初めてですよ」

 竹部は驚いたように目を見開いたが、なにかを察したように言葉を慎み、ピッチに目を向けた。

 ちょうどヨエーゼンの選手が二人がかりで山下からボールを奪った。

「山下は高校生の時、三年連続で全国大会に出て、かなり有名だったんですよ。それでもディフェンダーを二人を背負うと、自由にプレーができないんですよね」

「そうですか」

 高校の全国大会? 野球で言えば甲子園みたいなもんだろう。草サッカーにそんなレベルの選手がいるのか。天城は返事をしながら驚いていた。

「天城さんに初めは2人、最後には3人のディフェンダーをかけたじゃないですか。あれはぼくの指示だったんですよ。でも天城さんは3人で周りを固めても、華麗にその3人を抜いてボールを前に運ばれていた。やっぱりそれがプロとアマチュアの差なんでしょうかね?」

「どうでしょう」

 そもそも天城はプロではない。がむしゃらに西中の顔を潰さないようにとプレーしていただけだった。

 ゆっくり考える余裕はなかったのだが、落ち着いて考えると天城は今の状況をうまく把握できていなかった。目の前で行われている試合は単純にすごいなと思う。大の大人が本気になってひとつのボールを全力で追いかけているのを見て、西中たちをいい趣味を持っているなとも思う。そして、冷静に「おれにはできないよな」と思うが、一本目はその中で活躍してしまったのだ。わけがわからない。

「天城さん、ボールを持たれている時、視野が広いですよね。もしコツがあるならば教えて欲しいんですけど」

「そうですか?」

 ボールを持った山下が、背後から身体を寄せた西中に横からボールを奪われた。おれの視野は広いのか。どう説明していいのか天城はわからない。

「どこを見てプレーされているんです?」

 竹部は天城から、アドバイスのひとつでも聞き出したいようで質問を続ける。天城はありのまま答えた。

「試合中にボールが近づいてきたら景色がスローモーションになりませんか? 音が聞こえなくなって、すごくゆっくり見えるんです。なんていうんですかね、そうだ、自転車で転んだときみたいな感じ。おわかりになられます?」

 サッカーのことをよく知らない天城としてはそう言うしかなかった。実際そうなのだ。天城の近くにボールが来ると景色がゆっくりになるだけなのだ。

 竹部は目を額に寄せて考える。「ほーっ」と言って頷く。

「なんとなくわかります。スローに感じる時ありますね。ヘディングしてるときなど特に」

「ヘディングは、ぼくはしたことないからわからないですけど」

「えっ」と竹部は驚いたが、深い理由は詮索しない。天城は続ける。

「それでスローだから、顔を動かせばいろいろ見えるんですよ」

 竹部は目を見開いて、まじまじと天城の顔を見た。

「そんなもんなんですね。だから、パスを出すところもよく見えてると。一点目でしたかね、西中くんの背中を越えたスルーパス。あれ、本当に度肝抜かれました。今日の試合、どうしてビデオカメラ持ってきてなかったのだろうと思いましたもん。もう一度あのようなパス、拝見したいです。パスの出しどころをよく把握されていて、ここにパスを入れただけで点が入ると言うところに、見事に落とされましたよね」

 この人はゆとり世代じゃないよなと竹部を見る。それにしても、あまりにも褒められすぎて天城は気持ち悪い。天城はそんなに深いことを考えているわけではないのだ。だから天城は正直に言った。

「パスは直感ですよ」

 まさにそうだった。たとえば、競馬で馬柱を見て成績は良くなくても、パドックを見てなんとなくこの馬が来そうだなと直感で思うことがある。そんな馬を買ってももちろん来ないことの方が多いのだが、そのような馬は高配当をもたらしてくれるので、天城はそういう馬を買って馬券を取ったことのほうが強く記憶している。

 そして、パスを出すときもそんな感じなのだ。たまたまここに蹴ろうかなと思っているだけだ。

「直感。さすがですね」

 なにがさすがなのかはわからないが、竹部は納得したようだった。ピッチ上では山下が9番に出そうとしたパスを、ヨエーゼンの選手がインターセプトした。

 天城はiPhoneを取り出して、午後からの地方競馬の馬柱を見たいなと思った。ただ、iPhoneは西中の車に置いてきていたことを思い出す。トラックを走る女子大生を眺めた。女子大生もサッカーに目を向けることがあるようで、思わず目が合った。慌てて視線をピッチに戻す。おれがこんなところでiPhoneを持って座っていたら盗撮犯と思われるよな、と天城は冷や汗を流した。もう立派な中年なのだ。

 二本目は山下のロングシュートが一本決まり、1-0でダイヤモンドミラクルズが制した。総合で7-4になり、ヨエーゼンのリードは3点だ。

 竹部は手を叩いてダイヤモンドミラクルズの選手を迎えていた。山下に「ナイスシュート」と声をかける。

 西中は汗を拭きながら、天城に駆け寄ってきた。

「天城さん、三本目は出てくれますよね」

 普段、会社で残業を頼んでいるのは天城のほうだ。断るわけにもいかない。あまり走らないでいい、自分のペースでできるポジションならばやってもいいと思った。

「二列目なら」

「もちろんです」

 三本目は天城も竹部もピッチに戻り、9人対9人の試合になった。

 あと15分で帰れる。そう思っている天城にとっては、絶好の試合展開になった。ボールのポゼッションを握っていたダイヤモンドミラクルズは、天城の近くでプレーをすることを極端に避けた。天城が中央に入れば、山下が右にパスを出す。天城が左サイドを歩いていれば、相手は右サイドから攻める。西中の手前、ボールが動いている場所に天城も走り寄ろうとするが、天城が向かうとダイヤモンドミラクルズの選手は慌てて違う場所にパスを出した。もちろん、天城に相手チームのスピードを上回るような足の速さはない。

 10分経っても天城はボールを触れなかった。一本目に比べると、歩いている時間の方が長かったため、天城の疲労も抑えられていた。

 山下の9番へ向けた長いクロスを、ヨエーゼンの選手がクリアしてコーナーキックになった。プレーが止まる。西中が天城に走り寄ってきた。

「天城さん、リベロに入ってくれませんか?」

「なんだそれ?」

 リベロはイタリア語で「自由」という意味で、サッカーの場合は特定の選手のマークを行わず、自由にプレーするスタイルの選手のことを言う、などという知識はもちろん天城にはない。

「ポジションでいうと最後列の真ん中にいて欲しいんです」

 後列と聞いただけで走らなければいかんのかと思う。最後列の選手は、相手の前の選手をマークしなくてはいけないのはなんとなくわかっていた。

「何番をマークするんだ?」

「リベロだからマークはしなくていいです。むしろボールを持ったら攻撃参加してもらったほうが」

 ダイヤモンドミラクルズの選手がコーナーフラッグの下にボールをセットした。

「とにかくキーパーの前ぐらいにいればいいんだな」

 話し込んでる時間はなさそうだ。それだけを言って、天城と西中はゴール前に向かった。あとは直感でなんとかなるだろうと天城は思った。 

 味方チームのゴール前と言うのに、天城にはフォワードの選手のように相手選手二人がみっちり身体を寄せてきた。

「ここまで無得点で天城さんを抑えてるんだから、お手柔らかに」

 天城のマークのうちのひとりが竹部だった。真横に身体をつけてつぶやく。

 コーナーキックのボールがゴール前に上がり、競り合いになる。満員電車が急停車してもみくちゃにされるような感じに、天城の身体も圧迫された。うわっ、窮屈だなと思ったとき、音はほとんど消えスローモーションになっていた。西中がヘディングしてボールをバイタルエリアにはじき出すのが見えた。窮屈なおしくらまんじゅうから逃げるように、天城はペナルティエリアから逃げてバイタルエリアに向かう。二人の相手選手が付いてきた。それでもボールは、天城が引き寄せたように天城の足元に落ちる。

「やられた!」

 竹部が叫んだ。天城のユニフォームをつかんで止めようとする。ファールでも天城を前に出すよりいいという判断だ。

「天城さん」

 後ろでペナルティエリア付近から走り出している西中の姿が見えた。天城はすでに服を引っ張られ、腕を絡まされている。これ以上、ボールを持っていたらなにされるかわからない。危険を感じた天城は西中にパスを出す。

「天城さんも前へ走ってください」

 天城が走ると2人の相手選手が付いてくる。おかげで西中はフリーでドリブルを続けた。ハーフウェイラインを越え、ダイヤモンドミラクルズのキーパーが待ち構えるペナルティエリアが見えてきた。西中はすでに天城を追い越し、ペナルティエリア付近まで達していた。

 西中がキーパーと一対一になる。西中はドリブルのスピードを緩め落ち着かせて、シュートを放った。天城は走るのをやめてそれを見る。ゴールになるだろうと思っていた。

 だが、ボールはキーパーの手を弾いた。ボールが空に浮く。天城は二人の相手選手に身体を寄せられているが、そのボールが落ちる先に向かった。音が消え、スローモーションになってボールが空から落ちてくる。竹部が腕を絡ませ天城を抑えようとしたので、嫌がって天城は飛び上がった。足を伸ばせば届くところにボールが落下しそうだ。天城はそのボールを落ち着いて蹴った。そんなに強い弾道ではなかったが、キーパーは追いつかない。ボールはゴールに吸い込まれた。

「うおおおお」

「すげえ」

 両チームの選手から、まるでJリーグを観戦している時のような歓声が起こった。キーパーが弾いた時の的確なポジショニング、ディフェンダー二人を振り切ってのジャンビングボレー、まさにプロ級のプレーだった。

 残り時間は四分、試合が再開してからはゴール前に天城を置いたことで、ダイヤモンドミラクルズは完全に攻めあぐねていた。天城は先ほどの得点で、味方のゴール前から相手のペナルティエリアまで走っていて疲れていたこともあって、ペナルティエリアからほとんど動かなかった。極端に天城にボールを触られることをきらったダイヤモンドミラクルズの選手は、バイタルエリアでボールを回し、ペナルティエリアの外からシュートを打つのがやっとだった。

 三本目は、ヨエーゼンの1-0で終了した。トータルで8-4、サッカーとは思えない大量得点の試合でヨエーゼンの圧勝だった。

 試合終了後、西中は「ありがとうございました。またお願いします!」と天城に抱きよってきた。

 天城は、今度は断る理由を探さなければいけないなと思った。仕事の都合で西中に頼み事もすることも多いが、休みの日にこうも走らなければいけないのなら割に合わない。

 片付けを終え、ヨエーゼンとダイヤモンドミラクルズで食事に行くと誘われたが、それも断った。試合ならば人数がいないといけないだろうが、食事は頭数いなくても必要ないだろうと思ったからだ。

 そのため、「お疲れ様でした。お先します」とあいさつをして、西中に先に送ってもらった。

「ダイヤモンドミラクルズにうちが勝ったの、初めてなんですよ。しかも四点差とか、ありえないっす。最高です」

 車を運転しながら西中はハイテンションだった。

「そうか。よかったな」

 天城はiPhoneで、これから始まる地方競馬の情報を集めながら他人事のように返事をした。

 足が痛いし、今日は競馬場じゃなくてネットで競馬だなあと考え、やれやれと思う。



 両チームで訪れた運動公園近くのファミレス。話題は天城一色だった。

「天城大輔って検索しても、なにも出ないんですよ」

 西中が竹部に言う。

「天城大介って声優がいるね。サイバーフォーミュラか。おー、懐かしい。西中ちゃんたちはわからんだろ」

「知りません」

 西中は、天城は三十歳ぐらいまでプロのサッカー選手だったのではないかと予想していた。天城を送ったあとに、日曜なのに岡崎旋盤製作所の社長に電話して、天城が岡崎旋盤製作所に入社したのは31歳の時と聞いた。ちょうど現役を引退して第二の人生を歩むのにおかしくない歳だ。

「そういえば、昔、FXで失敗したと言われたことを聞いたこともありますし、いまでもずっと競馬ばっかりしてて、天城さん、ギャンブル好きなんです」

「それか。だから偽名なのか」

 竹部が手を叩いて納得する。

「ちょっとネットで検索して、いままでのサッカー選手で天城さんに顔が似てる人を探そうよ」

「サッカー選手、失踪などでグーグル先生に訊くのもいいかもしれませんね」

 料理を注文してから両チームの選手はそれぞれ手にスマートフォンを持って、天城大輔に関連するものが、ネットの海になにか落ちていないかを探していた。

「懐かしいな、ロナウジーニョも失踪騒ぎがあったんだ」などと横道に逸れて会話が盛り上がることはあったが、誰もサッカー選手・天城大輔の手がかりを見つけることが出来なかった。

 そんなことをしてるとき、ふたりの女子大生がテーブルの前に姿を見せた。ふたりとも、ARIAKE Univ.と書いてあるジャージを着ていた。髪を短めの三つ編みで結んでいる色の白い女の子が、顔を真っ赤にして立っている。その横で茶色いショートカットの目の大きい子が口を開いた。

「先ほど、サブトラックでサッカーをしていた方ですよね。この子が赤いチームの16番の方とお話ししたいというので」

 最近の若い女の子はすごい。肉食系とは言うが、女の子の方から声をかけてくることがある。

「赤だとヨエーゼンか。ちょっと待ってね」

 竹部が大人の余裕で返す。若い頃、もてていた男性特有の、女性を不安にさせない雰囲気が竹部にはあった。

「16番は天城さんですね」

 西中が答えた。

「あ、天城さんか。ごめんね、せっかく来てくれたんだけど、もう帰っちゃった」

 三つ編みの女の子が口唇をかむ。「ごめん、やっぱりいいよ」ともじもじして茶髪の子に伝えた。「せっかく来たんだから。いまでしょ」と茶髪の子が三つ編みの子に言い聞かせている。

 竹部の顔から笑みが消える。天城のなにかをこの女子大生たちが知っているかもしれないとピンと来たのだ。子供の頃、憧れのサッカー選手だったとか、親が応援していたとか、なにかあるかもしれない。

「もしかしてあの人を知ってるの?」

 しかしこの期待はすぐに裏切られる。

「いえ、今日初めてサッカーされてるところを見たんです。それでこの子が一目ぼれしちゃって」

「ええ!」

 西中が驚いた声を上げた。

 三つ編みの子が怒ったように茶髪の子のジャージを引っ張る。小声で「待って、もう!」と怒った声でつぶやく。

 真っ赤な顔をして泣きそうな目をして、三つ編みの子は西中を見つめた。

「ご迷惑ですよね」

 西中はかわいい女の子に頼りにされたいと思う。彼も独身の若い男だ。

「ちょっと連絡してみましょうか」

 西中が、スマートフォンの2000年代のJリーガーの画像検索のブラウザを閉じて、天城に電話をかける。

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