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無限の大海へ

 Q.なぜ宇宙に出ると護神庁の仕事がなくなる?

 A.星を棄てれば管理者はいらないから。



 早い。早すぎる。ギヌスはすっかり蚊帳の外だ。

 来週には試作宇宙船一号『ネプチューン』が打ち上げられる。外装に彼の鎧を使ったのでついでに名前も拝借したらしいが、死んだ神の名前とかつけて良いのだろうか。大型船舶に歴代の皇帝(故人)の名前を冠するのと似たようなノリなのだろうか。わからない。気になっても詮索できる立場にいないので、気にしないのが吉だ。

 因みにネプチューンの死後、帝国の各地で馬が突然の死を遂げている。話は聞かないが、きっと他の国でも起きているはずだ。ネプチューンの討伐は皇帝権限により極秘で行われているため、巷では流行病だともっぱらの噂だが……人間の神とか居なくて良かったね。

 それから一週間。木っ端の概念は見捨てて業務が激減したギヌスは、同じく暇を持て余していたロンと有給をとってリゾート地に出向き、変わり果てたその姿を見てとんぼ返りした。土地神殺されてんじゃねーか!! おのれミストルティン!!

 え? 次の宇宙船のために皇帝自ら直々に……? 素晴らしい判断だと思います。

 そんなこんなでネプチューンの打ち上げ当日。が、人類初の宇宙船は大気圏を離脱した直後に木っ端微塵に飛散した。鎧の加護がこの星でしか通用しなかったらしい。もっと強い加護が必要だ。

 その日、護神庁には『ストームブリンガー』なる景気のいい名前の部署が新設された。業務内容は神殺し。具体的にいうと、これまで蓄積してきた神のデータを活かし宇宙船を作るのに適した素材を調達する部署だ。別に神を殺せとは一言も言われていないのだが、ギヌスが日報に『神殺し準備』と記入したところ誰もなにも文句を言わなかったので、そういうことなのだろう。ロンは言葉を濁して『業務連絡』としていたようだが。

 とはいえ、いつまでも自らの境遇に文句を言ってはいられない。まだ夜は明けるし、止まない雨はないのだから。明日は明日の仕事がある。

 そう、ロンとギヌスは建前すら怪しい新設部署に転属させられたのだ。



 とても忙しい日々が続いた。

 開発チームとストームブリンガーはそれぞれ違う役割を持つ。宇宙船の開発と、それに伴う必要な素材の"条件"を提示するのが開発チーム。条件にあった素材を選定し、調達するのがストームブリンガー、といった具合だ。要求素材が高度なものになるにつれ、所持神格の位階も高くなる。作戦は次々と高度化し、それはもはや戦争と形容される諍いとなった。

 とはいえ末端に任される仕事は鉄砲玉だ。今日も今日とて眷属を薙ぎ払う。位階の高い神格に眷属が存在するのはつい最近わかったことだ。オーディンに大敗を喫したその日から、神殺しの戦いは激変した。

 眷属というのは、端的に言ってしまえば神格の鉄砲玉だ。普遍的な概念を司る神格は簡単にやられて世界のバランスを崩さないよう、それぞれに戦う力を持つ。眷属はその中で最もポピュラーなもの。希釈した神格の力を振るう前線端末。天使とも呼称される。とにかくたくさんいるので弾除けやら特攻隊やら邪魔にしかならない。

 数には数だ。露払いにはロンギヌスの末端職員と末期犯罪者が従事する。末端職員が指揮を執り、末期犯罪者をこき使うのだ。鉄砲玉が眷属を払い、正規軍が神格を狩る。これが最先端の神殺しスタイル。

 その甲斐もあって、宇宙船の開発は飛躍的に進んだという。関係ねえ。戦いてえ。ギヌスは神殺しの禁忌に染まっていた。それは他の職員も同様であった。

 聖なる泉は枯れ、地表は狂気に満ち満ちていた。ストームブリンガーの活動はもはや国家機密ではなくなった。この世界の誰もが新たなフロンティアを目指し、神殺しの禁忌に手を染めていた。それはエイルが討伐されてからのことであった。



 人類が調子よく神格を狩っていたものだから、星の荒廃は加速度的に進んでいた。

 楔を失った概念は崩壊するか、あるいは無秩序に増殖し周囲を侵食するか。不相応に発展した技術はなんであれ崩壊を招く。力は制御できなければ意味はない。もはや人類は引き返せないところまで来ていた。

 今は飲める水のほうが少ない。

 大地は砕け、海は渦巻き、大気は割れる。重力も朧げになり滅びゆく星の中で、神と人類の最終決戦が幕を開けた。

 プロメテウス。人類の創造神であり――この星最後の神格だ。

 鉄砲玉は減りに減ったが、今は個々の質も高まっている。神の力を得た人類は宇宙船以外にもあらゆる平気を開発した。その最たるものがこの神殺しの巨槍『ロンギヌス』である。

 出生して開発職になったギヌスとロンが開発した。高位の神格であっても容赦なく穿ち貫く人類の最終兵器。無数の魔法陣と魔術言語を刻み込まれた異形は、人類最大の兵器である。

 プロメテウスの足袋が、宇宙船のフィルターにはどうしても必要なのだ。



 崩れ行く母星を残し、人類を乗せた宇宙船は星の海へと旅立った。

プロメテウスは進歩を司る。先に進むことのできなくなったあの星は、最後の支えを失ってスペースデブリに身を窶した。

 人類の新たな門出に、しかし船内の雰囲気は重苦しい。

 母星が消えてしまったからか? いいや、そんなセンチな理由ではない。

 人類が求めるものは、ただひとつ――闘争だ。

 神を殺し尽くした人類には、もう神殺しの禁忌を味わうことができない。宇宙への避難から目的と手段が逆転した人類は、すでに神殺しを目的に神を殺していたのだ。生きがいを失った人々は、沈痛な瞳で冷たい空を眺めていた。

 そんな折だ。

 果てしない宇宙の向こうで、見たこともないような姿をした巨大生物が、蠢いていたのだ。

 レーダーに観測されたそれを見て、ギヌスは呟いた。

「宇宙にも神は居るんだよな……」

 神々は星の管理者だ。逆説的に、星があればそこには神が存在する。星の秩序の守り人として。

 天の光は全て星。

 そうだ。この星の数だけ、概念の数だけ、この宇宙は神々に満ち溢れているのだ。

 それは人が初めて知恵の実を手にした時のように。

 無垢なる衝動が、ただただ彼らを突き動かす。

 いつか人類は、宇宙すら飲み込んでしまうのだろう。そうなれば人は、またその "外側" を目指して進み続ける。その前に進む力こそが、神が欲した無限のエネルギー。

 彼らは理解した。人類とは、宇宙とは――

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