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残るは八百万

 窓に留まった伝書鳩をひと撫ですると、さっきまで鳩だったそれは便箋に姿を変える。飾り気のないシンプルな便箋は職場の書式だった。良い話か、悪い話か。

 ……良い話に晩酌を賭けよう。

「……嘘だろ」

 残念ながら今日の晩酌はナシだ。

 その報せに、ギヌスは思わず頭を抱えた。

 東の大井戸でイアネイラが狩られた。心臓を一突き。またしてもミストルティンの仕業らしい。今月に入って三柱目。これでオケアニスは絶滅したことになる。

 水にまつわる神格は淡白な肉質と濃厚な脂身のハーモニーが一部の貴族に人気で、違法神殺業者(バン)にもよく狙われる。その中でも井戸の神であるオケアニスはテリトリーが狭く狩りやすい。全盛期は三千を超えていたらしい彼らも、一度人間がノウハウを構築してしまえばその数は減る一方だった。

 嘆かわしいことである。

 神の存在はこの世界の調和に影響している。オケアニスが数を減らすごとに大井戸の水質は目に見えて悪化していた。特に汚染の厳しい西の井戸水はもう飲めないだろう。濾過魔法の担い手は希少だというのに。

「えー、でも先輩。それはシュヴァルツヴァルトの蛇神をなんとかすれば解決するって噂ですよ」

 どうやら思考が漏れ出ていたらしい。ロンが軽薄な笑みを浮かべる。彼はすぐに冗談を口にするのだ。いや、本心では冗談でないのかもしれないが……。

「駄目だ。蛇神を滅したらベルゼブス(蝿の王)に対抗できなくなる。また国が傾くぞ」

 蛇神のテリトリーで採取できる毒はベルゼブスの眷属と戦う上で必要不可欠のシロモノだ。滅するのはもとより、テリトリーを移動させるだけでも毒の採取が滞りかねない。触らぬ神に祟りなし、だ。

「冗談ですよ冗談。でも困りましたね。濾過師の手配はまだ終わってないんですよね?」

「そうなんだよなあ。また王国と公国の仲が悪くなる……土地神が……死ぬ……」



 剣と魔法と科学。それは人類に与えられた三つの叡智だ。マナの枯渇による星の寿命を伸ばすため、星の管理者である神々が作り出した万物の霊長。体内で無限のマナを精製し、その死を以て星に還る。いわばこの星のマナ牧場として生み出されたのが我々人類という生命体だ。

 が、神々の目論見は脆くも崩れ去った。

 人類を強くしすぎたのだ。

 生物としてのスペックは控えめに調整されたはずだった。神々と同じ魔法を扱える分、種族間のバランスをとるために必要な調整だった。

 しかし、人類は強かった。

 二本の腕と二本の足。この構成はありとあらゆる地形を踏破し、またたく間に生息地を広げていった。

 優れた排熱システムは長期間の活動や酷暑での活動を可能にし、過酷な環境にも平気で棲み着いた。

 群れで狩りを行う生物は多いが、神々を模して生み出された人類の持つ言語なるシステムは他のどんな意思伝達手段よりも正確で、疾かった。

 そして人類は、下した相手からまた新たな強さを吸収する。獣の頑丈な革は鎧となり、魔物の牙は悪魔を下す剣となり、悪魔の心臓は新たな魔法を生み出した。

 とにかく人類はタフで粘り強く、知恵が回った。

 動物、魔物、悪魔、エトセトラ、エトセトラ。ありとあらゆる存在を挫き、名実ともに万物の霊長に上り詰めた人類は、次なる標的を創造主である神々に定め、剣を携える。

 それからは早かった。

 神を殺せば神の力の一端が手に入る。それは人知を超えた究極金属であったり、不老不死の妙薬であったり。そしてそれは、新たな神に挑むための力となる。

 そんなことを千年も繰り返している間に、人類はおよそ七割の神を殺していた。だが、人類の快進撃にそこで陰りが出る。

 神とは星の管理者なのだ。その星の概念すべてに宿り、その存在を以て理を管理する。新たな概念と共に生まれ、紡がれる逸話と共にその数を増す。神が多ければ多いほど概念は安定し、ひいては星全体の安寧へと繋がる。

 そんな神を殺してしまえばどうなるだろうか。管理者を喪った理は崩れ、その性質をたやすく変える。

 銅はもう使い物にならない。人間の体温で気化してしまうからだ。イシコリドメを殺した次の日からそうなった。

 麦は長らく不作が続いている。オシリスが紛争に巻き込まれて死んでからのことだ。

 トールを殺した次の日に、人類は雷魔法を失った。

 きっとこれから、井戸水は霊性や呪いで容易く穢れるだろう。それを護るものはもういないからだ。

 科学的な因果関係は未だに不明であるが、しかしこれだけは断言できる。

 神殺しは、星の禁忌だったのだ。



 帝国の護神庁に勤めているギヌスは、散り逝く神々の御霊に日々涙していた。始末書を書かねばならないからだ。特にその概念を司る最後の一柱が潰えた場合、予想される事態とそれへの対策も立てなければならない。今日の会議も、きっと延長するのだろう。徹夜二日目は、普通に辛い。

 あくびを噛み殺しながら事務所に戻ると、直属の上司であるヴンダーが急にこんなことを言い出した。

「この仕事、なくなるかも」

 なんだそれは。意味がわからないぞ。

「今は冗談を楽しむ余裕が無いんですよ」

「冗談じゃない。多分、マジで」

 マジか。

「午前の緊急会議で、宇宙開発の草案がまとまった。反対していたメロウル卿が意見を変えたらしい。アポロ伯爵が勝手に進めていた研究もある。多分、早いぞ」

 マジだ……。

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