ミヤビの能力とユウの実力②
最終的にユウはミヤビに六冊、自分に二冊買うこととなった。ミヤビは歴史書に加えて違うジャンルの小説を五冊購入した。ユウは世界の地形を記した本と、人種についての本だ。
『歴史書欲しがったと思ったら次に手にしたのは恋愛小説にファンタジー小説、かと思えば英雄璋。もしかして乱読家なのか?』
ユウも本を読むタイプではあったが、ジャンルはある程度統一されているし、まして歴史書なんて日常的に読まない。対してミヤビは表紙を見たりペラペラとページをめくったりしてから一人で頷き「これが欲しいです」とユウに渡していた。
『もしかすると、俺より博識だったりするのかもな』
そのまま二人は帰らずに、日用品等を購入しに向かった。目的が本でなくなったため、ミヤビはまたおどおどし始めたが、いい加減覚悟を決めたのか服の裾を掴み、ユウの横を歩いていた。
歩きながらもユウは、ミヤビに必要であろう物を頭の中で整理していた。しかし、
『……そもそも女の子の欲しいものなんて全く分かねぇじゃんか』
ユウはずっと一人で旅をしていた。そして軍での女性との関わりも、ある一人を除いてまったくなかった。
『あいつは欲のないタイプだったからな』
――欲しいもの? 別にそんなのないわよ。……嘘。あるっちゃあるけど、あんたには教えなーい。
「ユ、ユウさん。どうしましたか?」
ミヤビに話しかけられ、ユウは我に返った。
「何か考え込んでるみたいでしたけど」
「すまん。ちょっとな」
結構な誤魔化し方だが、ミヤビは「そうですか」と答えて安心したように少し笑った。
『いかん。また昔の思い出にふけってしまった』
ユウは頭を掻いてからミヤビに聞いた。
「何か必要なものとかあるか? 服は悪いけど却下だ。今お前が着ている服に見合う物を買う金はないからな」
ミヤビの外に出された時点から今までの格好は、黒と白を主体とし、ところどころ金色の装具で飾られた服に、膝辺りまで伸びた薄いピンクのスカート、茶色のブーツだった。そしてそれは明らかに高価な物だったのだ。王族なのだから当然といっては当然なのだが、国にとっての「災厄」にしっかりとした服を用意しているのは、やはり疑問を持つ点ではあった。
「へ? えーと、ちょっと待ってください」
ミヤビは下を向き、考えるしぐさを見せた。そして口を開こうとしたときだった。少し遠くから歓声が聞こえた。
「続いてはこちら! なんと超貴重な鱗人族の男! 知っての通りのパワーに生命力! しかしご安心ください。首、腕、腹、脚すべてに枷をつけ、それぞれ任意で爆発する仕様となっております! さあさあ百万万ペルからどうぞ!」
それは、奴隷売買だった。ユウがここに来て初日に売買されていた鳥人族に比べて、鱗人族はその戦闘力の高さから捕らえられることが少ない。そのため、奴隷としての価値は鳥人族をはるかに上回っている。歓声が上がるのも頷けることだった。
「ね、ねぇユウさん。あれ、助けなくていいの?」
ミヤビが裾をぐいぐいと引っ張りながらユウに言った。ユウはその言葉に少し驚きながらも、冷静に返した。
「助けたいさ。でもな。人間族にとって、鱗人族は恨むべき存在なんだ。それが、今の理なんだ」
「こ、理ですか?」
「ああ。いいか。今あの鱗人族の横にいる黒い服の男、それを見ている客達。あいつらはたしかに間違っているが道理に叶ってるんだ。だから俺はそれを否定しない」
ユウがそう言うと、ミヤビは首をかしげた。事実、人間族は鱗人族に長年対立を続けている。さらにその結果、鱗人族の奴隷売買が、認められている。当然批判の声も上がっているのだが、圧倒的に賛成派が多く、反対派は苛まれることが多い。そしてユウはもともと……|賛成派だった。
「だから助けられない。ほら、いくぞ」
「は、はい」
ミヤビはしゅんとなって顔をうつ向かせた。ユウはため息をついた。
『だからこそ俺は、この理が間違いだと知りたい』
ユウが止めていた足をまた動かした時だった。首筋に違和感が走った。この違和感は、ユウが軍人時代に培ったもので、これを感じたときは必ずなにかが起こる。
『これは……』
ユウは目に命力を溜めて周りを確認しようとした。しかし、周りの確認はするまでもなかった。その違和感の正体を簡単に見つけられたのである。それは、先ほど奴隷として売られていた鱗人族の男の体から、命力が溢れようとしていることだった。
「ま、まずい!!」
先ほど言った通り、鱗人族は生命力が高い。そのため、枷の爆発の威力はかなり高めに設定されている。その枷は命力に反応し爆発する仕組みになっている。そしてそれが全身の計六箇所につけられているのだ。もう一度言おう。そんな物を巻かれた男の体から命力が溢れようとしているのだ。
「全員伏せろぉ!」
大声で叫んだあと、ユウはミヤビを庇うように抱きついた。通りが一瞬どよめいたかと思ったその瞬間、鱗人族の男が繋がれた鎖を引きちぎり――爆発するためそこまで強固に作られない――客席に飛び出した。そして、命力が溢れだす。枷が、その命力に反応する。
ボゴンボンボボボォン
六つの枷が少し時間差を作り爆発を起こした。
「ユウさん!大丈夫ですか!?」
ミヤビは抱き締められながらユウに問いかけた。
「ああ、大丈夫だ」
爆発が完全に収まったことを確認して、ユウは腕の力を緩め、ミヤビを解放し、爆発が起きた現場のほうを見た。一つであればおそらくそこまで被害がでなかっただろう。
しかし今回は六つだ。
爆発で近くの建物、通りの道はえぐられ、その破片が爆風で少し離れていたはずのユウのところまで勢いそのままに飛んできていた。ユウはすぐに体を丸めたため無事だが、周りの何人かはそれで怪我をしていた。そして鱗人族の男が飛び込んだ観客席は……見るも無惨な状況だった。上半身を吹き飛ばされて死んでいた人もいれば、なんとか死を免れたものの、体の一部に火傷を負い悲鳴をあげるものもいた。
「ミヤビ、お前は見るな。で、ここで待っててくれ」
そう言ってユウは走りだし、現場に駆け寄った。そして命力を目に集め、生きている者、死んでいるものの確認を行った。
周囲を観衆がどよめき始める。
『生きている人数が八人、内危険な状態にあるのが二名か』
ユウはまず危険な状態の二人から治療に取りかかった。一人は正面から受けたようで全身に大火傷を負っており、もう一人は左腕が肩までなく、頭も少々えぐれていた。
『まずはある程度な傷の修復と止血だ。“回復”』
ユウの両腕から放たれた命術が、大火傷を負った者の全身に、もう1人の左半身と頭に向かったかと思うと、2人の出血が瞬く間に止まった。
『次に火傷部分に“冷却”、そして傷が深い部分には“修復”』
シュゥゥっと音がしたかと思えば、大火傷を負った男の皮膚が、みるみる内に再生し始めた。もう1人の左腕と頭の傷も、同じように修復したが、左腕は肩より少し先までしか修復できなかった。
『最後に“輸命”!』
ユウは今度は両手に命力で作った長い棒を持ったかと思えば、それを二人に突き刺した。
「よし」
この棒は命術のため、一般人にも普通に見える。そのため周りから悲鳴が上がった。それをよそに、ユウは後の六人の治療に移った。
「お、おいお前! 怪我人になんてことしてんだよ!」
見かねたのか、棒を刺された二人に観衆の中から一人の男が近づいていき、棒を抜こうとした。
「触れるな!」
男が棒にさわる瞬間、ユウが怒気を込めて叫んだ。男は簡単に怯んでしまう。
「命力を馴染ませるのは時間がかかるんだよ。そんな事してる暇があるならせめて警備所、もしくは軍に連絡をしてくれ!」
「は、はひ」
すっかり気迫に押された男は、また周囲の観衆の中に戻っていった。
ユウが最後に行った“輸命”は、自分の命力を相手に分け与える命術。しかし、血液型が違うと拒絶反応を起こすように、他人の命力が体内に入ると、体の機能に支障をきたしてしまうことがある。そこで命力を棒状にしてから突き刺し、少しずつ命力を流すことにより、負担を減らすことができるのだ。ユウの場合は、流す速度が普通より早い上、精度も非常に高いので、先ほどのリスクはほぼゼロと言ってもいい。
「これでよし、と」
最後の怪我人を治療してからユウは額の汗を拭った。全員の治療に、三十分もかかっていなかった。
「さて」
ユウが周囲を確認すると、視線がユウに集まっている。突然現れたと思えば、あり得ない早さで怪我人を治療したのだから当然のことだろう。
『ここに長居するのはやめた方がいいかな』
ユウは足に命力を集め、ミヤビの方に跳んだ。そしてそのまま、
「うわぁ! ちょっとユウさん!」
ミヤビを抱き抱え、屋根をつたって宿屋に向かった。周囲の人は呆然とユウのことを目でおっていたが、しばらくしてからはっとし、またどよめき始めた。
「すまなかったな。一人させて」
ユウは跳びながらミヤビに謝った。
「い、いえ、大丈夫です。私もユウさんの……えっと命術? を見て呆然としちゃってて。本当にすごいんですね」
「まぁな」
そう聞いてユウは安心した。緊急事態が起きたことで、「ミヤビは人前が苦手」という前提を完全に無視してしまっていたため、ミヤビが怯えながら待っていたと思ったのだ。
「そういえば、爆発する前に何か言おうとしてたよな? 何か必要な物、あるのか。ここにそんな長くいないと思うから、買うならこのままサッと買いに行くけど」
「へ? ああ、そのですね、特にないですって言おうとしたんです」
「そ、そうか」
ユウは困ったように苦笑いを浮かべなんとなく空を見る。太陽は既に西に傾き始めていた。
お待たせしました。今回初めてはっきりした残酷描写を入れました。もともとそういう系は苦手なんですけどね。