ミヤビの能力とユウの実力①
半月ぶりです。
『……ん?』
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。上を見ても、下を見ても、右も左もすべてが真っ白な世界。ミヤビは辺りを見回したあと、気付いた。
『ああ、夢か』
よく見る夢だった。真っ白い世界を歩いていると、たまに何かの光景が見えてくる。そんな夢を、ミヤビは定期的に見ていた。しかし、その日はいつもよりはっきりと映って見えた。
知らない人が二人話している。一人は白が基準の服を着ていて眼鏡をかけている。もう一人は紫を基準とした服に、同じく紫のシルクハット。
「や――いくの―――て――た――がいい」
白い服を着た男の人がこちらを見て言った。なんと言っているかはノイズみたいなのがはしって全部は聞こえなかった。光景が消えて、また真っ白な世界に戻った。ミヤビはまた歩き出した。
体感で五分ほど歩いた頃、また光景が広がった。またさっきの男二人が話していた。さっきと違う点は、それが喧嘩をしているように見えたことだ。
「もう―――る――か!な――める!」
「も――まって―――ょう」
やはりノイズではっきり聞こえない。なんといっているかすら判断ができなかった。
「だが!」
そう思った矢先にノイズが晴れた。眼鏡をかけた方の男の人が怒りを露にしているのが分かる。
「あいつのことも放って置いていいのか!」
ズキン。ミヤビの頭が急に傷んだ。頭の奥底からなにかが出てきている感覚だった。
『っ! な、なにこれ』
ミヤビは頭を抱えてその場にうずくまった。痛みはいっこうに引かない。どころかむしろ強くなっている。既に周りの光景は消えて、また真っ白な世界に戻っている。
『痛い。どうしよう。このままじゃ私』
ここは夢の中。助けなんてこない。そう思って目に涙を溜めたミヤビの背中に、ポンと手が置かれた。
『……あれ?』
その瞬間、痛みが引いた。しかし痛みが引いた直後なので体は重く感じて起こせなかった。なんとか顔だけ少し後ろに向ける。角度的に顔の全容が見えたわけではないが、肩より少し下までのびた白い髪を見るに女の人だというのは分かった。
「大丈夫?」
透き通るような声だった。今までノイズがはしって聞こえた分、よりそう聞こえたのかもしれない。
「は、はい。あの、あなたは?」
少しだけ体が楽になったので、ミヤビは体を起こし、その人の顔を見ようとした。
「……あたしは」
直後、景色は真っ暗となって、ミヤビの意識もその闇の中に消えていった。
ユウがミヤビを預かってから既に一週間が経っていた。現在二人は宿屋に滞在している。宿屋と言っても食事等が用意されるわけではなく、本当にただ泊まるためだけの宿屋だ。
「起きろ。朝だぞ。……大丈夫か?」
ミヤビの顔色が少し悪そうに見えたので、ユウは少し心配をした。
「は、はい。大丈夫です。その、おはようございます」
「そうか、よかった。おはよう」
ミヤビも少しだけ慣れてきたようで、合った当初は途切れ途切れだった口調が穏やかになっている。健康面でも今のところ問題は見られなかった。ただ、ひとつだけ問題があった。
「今日こそは外に行くぞ」
「う!」
ミヤビが一向に外に出ようとしないのである。確かに13年間ずっと地下にいた影響で、外の世界に嫌悪感を抱いている、というのはユウもよく分かっていた。しかし、ずっと室内にいたとしても外の世界に慣れることはできない。ここ一週間は数十分ほど説得を試みた後、ミヤビが泣き出してしまい、結局ミヤビを、置いて外に出ていく、というのが続いている。なのでユウは頭を悩ませていた。
「慣れるのもそうだけど、お前の生活道具とかも買っておきたい。なにか欲しいものとかないのか?」
ユウのこの質問はダメ元のつもりだった。ミヤビは十三年間地下で暮らしていた。つまり、生活は制限されていたわけだ。「欲しいものはなに」と聞かれても答えにくいと思ったからだ。しかし、ミヤビは「え、えっと」と言って少し悩んだあと、もじもじしながらユウに言った。
「その……ほ、ほ」
「え?」
「本が欲しいです」
話を聞いてみると、地下で暇なときはずっと本を読んでいたという。朝起きて、ご飯を食べて、暇になったら本。昼になってご飯を食べたらまた本。寝る前にもまた本。
補足すると、ミヤビは朝、昼、晩の区別もちゃんとつけられる。時計も用意されていたようで、この時間からこの時間までが朝、等と教わったらしい。
「とはいえなぁ」
今ユウの横ではミヤビがちょこちょこと歩いている。今まで全く外に出ようとしていなかったのに、まさか本がほしいと言う理由で出てくるなんて、ユウは思いもしていなかった。ミヤビは字も読めるし計算もできる。小さいときに付き添いの人にきちんと教えてもらったらしい。
「欲しい本とかあるか?」
「い、いえ、何でも大丈夫です」
両手を胸の前で振ってミヤビは言った。ただ、その顔はいつもよりほころんでいるように見えた。足取りも最初にあったときよりずっと軽そうだった。そんなミヤビを横目に見て、ユウは少し微笑みながらも一つ疑問に思うことがあった。
『……長い間地下にいたはずなのに健康状態も特に問題はなし、体力面も問題は見えない、か。』
この1週間、ユウはミヤビのことを見てきた。人は環境が大きく変わると、ほぼ必ずといっていいほど体調を崩す。しかしミヤビの場合体調面での不安は特に見られなかった。ユウは医者ではない。しかし、回復命術を使うにおいて様々な患者を診ていたので、医学的な知識は携えている。だからそこを不思議に思っていた。
『まぁ元気ならいいか』
ユウはまたミヤビの横顔を見る。今にも吸い込まれてしまいそうな薄く光る青色の瞳。透き通った白い髪は風に揺られながら、ミヤビの顔を撫でている。そしてその顔は完璧という言葉がふさわしいほど美しく整っている。
――ま、あたしに任せときなさいって
ニカッと笑った顔が頭の中に浮かんだため、ユウは目をそらした。思い出したくない記憶、というわけではない。むしろ絶対に忘れたくない記憶だった。しかしユウはそれを思い出したくないかのように目をそらした。
『本当にあいつそっくりだな』
見られているのに気付いたミヤビが、ユウの方へ顔を向けた。
「ど、どうしましたか?」
「ん? ああ、ちょっとな。古い友人を思い出してて。まぁ気にするな」
「は、はぁ」
その後は特に話をするわけでもなく、両者無言で歩いていた。
「す、すごい」
本屋に到着したミヤビは、今までにないくらい目を輝かせていた。
「どうだ」
「すごいです! こんなにたくさん本が置いてあるなんてすごいです」
曰く、本は付き添いの人にジャンルを問わず外から持ってきてもらっていたらしい。本をたくさん読んで好きになった訳であって、こうやって本棚にぎっしり詰められた本を見たのははじめてだった。
「か、買ってもいいんですか?」
「五冊くらいまでなら全然問題ないぞ」
ミヤビは顔を輝かせ、両手を組み祈るようなポーズをとった。
『っ!』
ユウはその行為にに驚いた。ユウは嬉しいときにミヤビと同じしぐさをする女性を一人知っていた。
「み、見に行ってもいいですか?」
「あ、ああ」
そう言った後、ミヤビは歩きだしキョロキョロと周りを気にしながら、本棚を見ていた。外に一人でいることにとても怖がっていたミヤビが、ユウとある程度距離をおいても平気になっている。本が好きなのもそうだが、今本屋には人が少なく、また、室内だったことが影響しているのかもしれない。
『癖まであいつと一緒とはな』
ユウはため息をついてから、ミヤビと距離をとりすぎないように注意しつつ、自分も本を漁りはじめた。手に取った本は人類についての本だ。
『鱗人族。四百年以上前から他種族と対立を続ける人類の異端種、か。』
鱗人族。人類の中では最も人口が少なく、それなのに他種族と戦争を続ける種族。一人一人の戦闘力が異常に高く、圧倒的な兵力差があったにも関わらず敗北した事例も少なくない。そのため他種族からは嫌われ、交流がほぼ断絶している。その影響もあり、生活等は謎のままだ。
ある学者曰く、捕らえられた他の人類の兵士を食料の一つとして民に分け与えている。
鱗人族の土地へ行き、生きて帰ってきたという者曰く、空気がひどく汚れていてとてもすめる場所ではなかった。
ある哲学者曰く、考えていることは戦いのことばかりで、非常に気象が荒い。
どれもいい話ではない。
ユウはアロンとの話を思い出していた。
『特殊起動式戦闘服ねぇ』
特殊起動式戦闘服。着た者は「本来の限界の力の十倍を発揮できる」という兵器だ。が、限界の十倍の力など出してしまえば、十分で身体を崩壊させてしまう。ユウはそれを理由に、アロンに使用の中止を薦めたが、強行するという可能性も捨てきれなかった。そうなれば、ユウは大いに困ることになる。
『俺無しでもやる気なら、ちょっと急いだ方がいいかな』
ユウは本を閉じて、ミヤビがいるほうへ目を向けた。
「そろそろ決まったかー? ……ミヤビ?」
ミヤビは本をジーっと見つめて動かなかった。よほど集中しているのだろう。ユウはミヤビの後ろに近づいた。もちろん気配や足音など消してはいない。ごくごく普通に近づいた。
「ミヤビ?」
「へ? う、うわぁ、ご、ごめんなさい!」
しかしミヤビはユウが後ろにいたことに気づいていなかったようで、大袈裟かと思うぐらいに驚いていた飛び上がり、頭を下げていた。
「待て落ち着け。俺だ俺」
「あ、ああ、ユウさん。す、すいません。集中しちゃってて」
そう言ってからミヤビはまた頭を下げた。
「いや、いいよ別に。本を読んでて集中するなんてよくあることだ。で、なに読んでたんだ?」
ユウはミヤビの持っている本に視線を向けた。
「って歴史書じゃねぇか」
ミヤビの持っているものは歴史書、しかも五百年より以前のことが書いてあるものだった。
この世界の歴史には、極めて謎が多い。今分かっている一番古い記録は四百年前に蝕獣が現れたこと。しかし実は、その前の出来事はほとんど分かっていなかった。その蝕獣の出現もたしかに関わっているが、それ以上に、言語の変革が起こったとされている。五百年以前の文献等は残っているものの、解読に至っていないというのが現状である。
「おまえこんなの読んで理解できるのか?」
まずこの本の書き手が超一流の考古学者。そして載せられている資料は現在も解読されていない五百年より以前の文献ばかりである。ユウが読んでも頭を抱えるような代物だった。
「い、いえ、理解できるって訳じゃなくて、その、なんとなく読みたいなぁって思って手に取ってみたんですけど」
そう言ってからミヤビはペラペラとページをめくり始め、しばらくしてからその手を止めた。
「ここに書かれてる『神は人と共にあらず』って所とか、なんかかっこよかったりして……な、何言ってるか分からないですよね」
ミヤビはユウのポカンとした顔を見て、自分のいってることが変だと思われたと感じて、顔をうつ向かせた。
「おいミヤビ」
「な、なんですか」
「……さっきのページのどこにそんな事書いてあったんだ」
「へ?」
そう言われて、ミヤビはまたさっきのページに戻り指を指した。
「こ、この資料のところです」
「この資料っておまえ、これは未解読だぞ。書いてあることが分かるはず、が……冗談だろ?」
ミヤビが指を指しているところ。それは資料として写真が載せられていた五百年より前の文献。未だに内容が解っていなかった場所だった。
「み、未解読、ですか?」
ミヤビはキョトンとしているが、ユウは唖然としていた。そりゃあ目の前の少女。それも十三年間地下にいた少女が、数多の考古学者を悩ませている文献をサクッと読んで見せたのだ。ユウは最初、ミヤビがなにか勘違いしているんだと思っていたが、その真剣な顔を見るに、そう思えなくなっていた。
「な、何でこれが読めるんだ?」
「よ、読めるも何も、書いてあることなので」
ユウは汗を腕で拭いた。今は暑い季節であるが、店内なので非常に涼しい。それなのにユウは汗をかきまくっていた。
『こ、こいつは本当に何者なんだ?』
遅れて申し訳ございませんでしたぁ!!!
テスト期間が終わったのでようやく書けました・・・。
設定忘れてるといけないので整理しながら書きました。ただ、ファンタジーの世界観を出すのはやはり難しいですね。これからも頑張ります。
随時訂正していくかもです。