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ユウの理  作者: ペンペン中将
第一章【人間族領内編】
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知りたい青年と知らない少女⑤

 命力(ヴァイタル)とは何か。定義としては「生きているものすべてに流れている力」だ。つまり逆説的に、死んでいる者には命力が流れない。もっと極端に言えば命力=生命力ということにもなる。これはいわば世界の大前提の一つ。ただ、どんな物事にも例外というものは存在する。これにだって例外は一つだけある。ただ、そもそも()()を「生物」と評するには難しいかもしれないが。






「命力が流れてない、だと?」


『そんなバカなことあるはずねぇ!』


「へ? う、うわぁ!」


 ユウはミヤビに駆け寄り無理やり自分のほうを見させた。そして肩を掴み、全身をくまなく見た。『もしかしたら見落としがあっただけかも知れない』そう考えていた。しかし、


『間違いない。全身はくまなく見た。目に集める命力は強められるだけ強めた。念のため命力循環促進のツボだって押した。でも』


 命力は流れていないかった。ユウの目の前で起きていることは正真正銘の事実だった。


「あ、あの、その、ごめんな、さい、、、だから、その、えっと、離して、ください」


 ハッとしてミヤビの顔を見ると涙目だった。掴んでいる肩はブルブルと震えている。


「おっとすまねぇ」


『女の子の体をジロジロ見るなんて俺は変態かよ』


 手を離すと、ミヤビは「アロン~」とアロンに泣きついてしまった。


「あなたならもう分かりましたよね。この子がなぜ、王に。国に嫌われているのか」

「ああ」


『こんなこと俺じゃなくても分かるよ』


 この世界には命力の流れていないたった1つの例外が存在する。たった一つの例外。それは蝕獣(イーター)だ。




 蝕獣。四百年前の「原初型」一体から始まった()()は、命あるものをとにかく「喰らった」。理由は今も分からない。とはいえ人類もただやられているわけにもいかない。命術が非常に有効だと分かり、人類は戦争を一時中断。団結し抵抗を開始した。

しかし止められなかった。

理由は二つ。

一つ。人類は団結できていなかった。全員がバラバラで仲間割れがあちこちで起きた。

そしてもう一つ。蝕獣は……強すぎた。たとえ団結できていたとしても、勝てる相手ではなかった。

地上から五割の生命が消えた頃、人類の「英雄」たち二十三人は、自らの命を犠牲にドーム型の障壁を百箇所に散らして張った。そこへ人類達は逃げ込み、結果四割の生命がその命をつないだ。その後、その障壁を一種二十都市として各種族に分配し、なんとか現在まで()()()()被害を出さず、人類は生き延びている。




「その者、命力を持たずして生まれ、数多の災い呼ばん。それはまさに神の怒り。神の憎悪。神の災厄なり」


 俺がある程度理解したことを察して、アロンは話を続け始めた。


「グランティア家には代々こんな言い伝えが残されていたそうです」


 ユウは少しだけ、この言い伝えに違和感を覚えた。が、顔には出さなかった。


「まさにミヤビ様のことですよね。その結果どうなったか」

「監禁、か」

「そうです。王宮の地下で、一歩も外に出ず育てられました」


 人間族だけの話ではないが、人類は基本、三歳ごろに大きく命力が上がる。その時期に生まれて初めて命力の測定を行うことが多い。つまりミヤビはその時に命力が流れていないことが分かり、「神の災厄」として地下に監禁されてしまった、ということだろう。


「ミヤビ様が生まれてから、言い伝え通り数々の災いが起こりました」


 ミヤビを泣き止ませたアロンは、また俺の方向を向き直した。ミヤビはその背に隠れて俺をチラチラ見ている。


「まず、ミヤビ様が二歳の時。母のナナセ様が急病でお亡くなりになりました。その二年後には、貴重な海辺の都市である第十三都市が地震と津波で一部壊滅。そしてその翌年、鱗人族との戦争で大敗。第三都市がほぼ壊滅。さらにその翌年、第五都市の障壁がなぜか一部剥がれ蝕獣に襲われ半壊。そして」

「分かったもういい」


 ユウは話を制止させた。


「で、なんで王はこんなに事件が起きてまでミヤビを生かしていたんだ? 今回だって、殺すんじゃなく、生かしたまま捨てるんだろ?なら状況は前と変わっていない」


 ユウの一番の疑問はそこにあった。都市が崩壊するレベルの事件など、十数年に一回あるかどうか。それがたった数年で三つの都市が壊滅しかけたのだ。ミヤビが本当に「神の災厄」だと裏付けるには十分だ。なのに王は殺さなかった。むしろ生かそうとしていた。


「それは私にも分かりません。ただ、愛情と考えるなら妥当ではないかと」


 アロンはそう言ってミヤビの頭を撫でた。ユウは顔を歪め、顎に手を置いて考える様子を見せた。しばらくしてから、ユウが思い出したように言った。


「そーいやお前、そもそもなんでミヤビになつかれてるんだ?様付けで呼んでるし」

「ああ、私は二年前から付き添い役を任されていまして」


『二年前……なるほど。俺の部隊が壊滅したから別の任に着いたわけか』


 ユウがそう推測をたてたときだった。


「ん?」

「どうされましたか?何か疑問に思うことでも」


 ユウが突然顔をしかめたので、アロンは少し心配になった。


「いやそうじゃない。“探知(サーチ)”された」

「はい?」

「おそらくさっきミヤビに命術を放ったやつが、俺の命力を“探知”したんだろう。それを感知した。近い」


 ユウがそう言った直後、屋根の上から男が飛び降りてきた。


「見つけたぜ」

「ドラコ!」


 アロンはミヤビを守るように立ちはだかり、ユウは更にその前に立った。


「早くそいつをこっちに渡してもらおうか」


 ドラコの声は比較的冷静だった。


『怒っているのか?』


 しかしユウはその隠れた感情を見破った。


「おい。ドラコとか言ったか。なんでこいつに恨みがあるんだ」

「恨み、か。初めて会うってのに見破るとは、なかなか大したものだな」


 ドラコはそう言って両腕に命力を溜め始めた。さっきのことがあるからそう簡単に命術は打てない。ユウはそれが脅しなのだと判断した。


「俺の父は四年前の()()()()()調()()で死んだ。お前も人間族なら知っているだろ」

「……ああ。よく知っている」


『なるほど。こいつはそれもミヤビが引き込んだって思ってるのか』


 ユウはあきれたようにため息をついて頭を掻いた。ユウにとって、あの事件は知っているどころの話ではない。


「お前。名前はなんだ?」

「ドラコ=ルーテル」


 ルーテル。ユウはその名前に覚えがあった。そもそも、あの時の仲間の名前など、ユウは忘れたことはない、忘れられなかった。


「フリックさんの息子か。よくお前の話をされたよ。妻が残した大切な一人息子だってよ」

「っ! お前、父を知っているのか?」


 このときのドラコから既に冷静さは抜けていた。なぜ通りすがりの男が父を知っているのか? というのが最大の疑問だったのだろう。そのドラコが見せた隙を、ユウは見のがさなかった。


「ああ、よく知ってる。だからミヤビを恨む気持ちもよく分かる。お前のやってることはあながち間違ってない」

「ならそいつを渡してくれよ!」

「それはできない」


 声を荒げたドラコの要求を、ユウはノータイムで拒否した。既にイライラを隠しきれないドラコはギリギリと歯を噛んだ。


「なんでだ! そいつがいなければ、今後あんな事件が起こることはないはずだ! これは俺の意思だけじゃねぇんだ! 世界がそれを望んでるんだ!」

「それでも断る」


 ドラコ両腕に溜める命力が更に上がった。それでもユウはノータイムで断った。


「そもそも王はミヤビを殺すためにここに連れてこさせたんじゃない。生かしておくために連れてこさせたんだろ? じゃあ殺した場合、お前は命令違反を犯したことになるぞ」


 そう言われ、ドラコは顔を歪める。一見屁理屈に聞こえるが、正論は正論なのだ。そうドラコは認めてしまったのだ。


「で、もう一つ。こいつは俺が連れていく」

「なに?」


 ドラコはまた違う意味で顔を歪めた。さっきは納得させられた悔しさからだったが、今度は疑問の方が多かった。


「問題はないだろ? それとも、こいつをどうするか決めるために、()()()?」


 そう言ってユウは体から命力を溢れさせた。命術使いのドラコにはそれが見える。だからこそ生まれる()()()を、ユウは利用しようとした。そして同時に、ユウはドラコにすら気付かせないよう、ある命術を放っていた。それは、“精神緩和(ハートセラピー)”だ。


「……なるほど。たしかに勝ち目はない」


 そしてそれは成功した。ドラコが両腕に溜まった命力を緩めるのを見て、ユウも命力を溢れさせるのをやめた。


「じゃあ二人とももう帰れ。これ以上ここにいる意味はないだろ。あ、俺に会ったことは内緒にしてくれると助かるかな」


 ユウはミヤビに近寄ろうとしたが、アロンの後ろに隠れられてしまった。未だにユウを警戒しているようすだった。


「……いやだ」

「ミヤビ様。大丈夫です。この人はとても信頼できる人です」


 そう言って俺の顔をチラッと見た。『何か優しい言葉をかけてやってください』という目をしていたので、ユウは頭を掻いた。


「ミヤビ。お前は地下を出て、自分の目で世界を見てどう思った」


 ミヤビは少し考えてから小さい声で言った。


「怖い」


 怖い。当然だろう。十三年間ずっと地下にいたのだ。ミヤビからすれば、そこが世界のすべて。地上は()()なのだ。日は照っていること。たくさんの人が歩く、話すこと。建物が広がっていること。すべてが未知なのだ。だからこそ、ユウはミヤビを連れていきたかった。


「それはまだ世界を知らないからだ。世界ってのは広い。知らないものを知ることは、結構楽しい。お前の知らないものはこの世界にたくさんある。今からそれを見せてやる」


 そう言ってユウは右手を差し出した。しばらくミヤビはポカンとしていたが、まるでなにかに安心したような目をユウに向けたあと、決心したように顔を上げてユウの手を握った。


「お願いします。ユウさん」

「こちらこそよろしくな。ミヤビ」


 ユウは心の中で、安堵のため息をついた。


「チッ」


 後ろでドラコが舌打ちをした。


「じゃあな」

「では僕も」


 アロンはそう言って、ドラコのもとへ歩いていく。その時に、ユウに改めて聞いた。


「本当に軍に戻らないんですか」

「ああ」


 そう聞いたアロンはため息をついたあと、また歩きだした。そしてミヤビにはなにも言わず、ドラコと去ろうとした。


「ねぇ、アロン。またね」

「ええ。また会いましょう」


 アロンは振り返らず、そうミヤビに言って、路地裏の出口へ向かった。


「……」

「……」


 しばらく沈黙が続いた。三十秒か。一分か。時間を忘れてしまうような静けさだった。


「じゃあミヤビ。行くか」

「……」


 ミヤビはなにも言わず頷くと、ユウの服の裾を軽く掴んだ。まだ完全に信頼されていないんだろう。


『それでも、時間が経てば心を許してくれるかな。取り敢えず、まずは飯でも食って』


「あ」


 ユウはようやく気付いて固まった。


「ど、どうしたの?」


 ミヤビが心配半分恐怖半分でユウに聞いた。


「……取り敢えず財布取りに行こう」






 道を移動馬車走る。歩道ではたくさんの人が歩いており、それを狙ってか店が大量に敷かれている。そんな大通りに軍服を来た男が二人歩いている。第九都市で軍の人間がこんなに堂々と歩いているのは珍しいことだが、誰も気に止めようとしない。それは、ドラコが気配錯乱(サーチアウト)の命術を使っているからである。


「すまなかったな。首を締めちまって」


 ドラコは昼のことをアロンに謝った。元々ドラコは冷静なタイプだった。今回は父親の仇が目の前にいたため大幅にその冷静さを欠いていたが、ユウのかけた命術によってそれを取り戻していた。


「いいんですよ。もう過ぎたことですし。結局僕死んでませんし」


 ドラコとアロンでは、アロンの方が年上だが、軍の中の階級としてはドラコの方が高い。そんなときアロンは、公平にするためと、相手にため口を要求することが多い。ミヤビのように明らかに地位が離れている人は別であるが。


「お前の心の広さはホントにすげぇと思うよ」


 ドラコはケケケと笑う。今日あったことを軍の上層部に言えば、ドラコはすぐに軍を辞めさせられただろう。


「で、あいつは何者なんだ?」

「特務長官のことですか?」


 特務長官という言葉にドラコは疑問を抱いた。


「特務長官って役職なんかあったか?」

「ええ。今はないですけどね」


 アロンの言葉でドラコの疑問は更に深くなった。


「四年前の合同調査の事件を期に廃止されました」


 合同調査という言葉を聞き、ドラコは少しムッとなったがなんとか抑えた。ちなみにドラコが軍に入ったのは二年前だ。それですでにまぁまぁ高い地位をもらっているのは、それだけ、命術を使うスキルが高いと言う証拠である。


「で、その最後の特務長官があいつか?」

「はい。ユウ特務長官です。僕はそのもとで秘書官をやらせてもらったことがあって。それで長官にはお世話になったんです」

「なるほどな」


 ドラコはため息をついた。


「あんな尋常じゃない量の命力。それなら納得がいく。相当な実力者なんだろうな」

「一応言いますが、長官はそんな化け物みたいに強い訳じゃないんですよ」

「はぁ?」

「おそらく、普通に戦えば、君も勝てると思いますよ」


 ドラコは顔を歪めた。その本人の命力が高ければ高いほど戦闘力が高くなる、というのがよく言われることだ。ユウの命力の高さを見て、ドラコは相当な使い手だと判断し戦わなかった。なのに普通に戦えば勝てる。ドラコはそこでピンときた。


「もしかしてあいつが命力を溢れさせたのは」

「おそらくただのはったりです」


 ユウに出し抜かれたことにドラコは少し怒りを覚えたが、それも実力だという事で自分を納得させた。


「あの人の真髄は判断力と直感力、そして回復命術にあるんです」


 これは命術使いのドラコはすぐに理解できた。回復命術は、攻撃命術よりも良適正者が少ない。だから軍では重要視されることが多いのである。


「そして長官は君が見た通り、常人の()()()命力が高い」


 これもドラコはすぐに理解した。そもそも体から命力が「溢れる」と言うことがおかしい。そんなことをすればすぐに命力が尽きてしまう。


「なのに命術の適正は、回復以外なかったんです」

「はぁ?」


 通りすがりの人が何人か二人の方を見た。気配は消せても音は消せないためである。ただ姿は見えないので誰も気付くことはなかった。


「一応静かにしとかないと」

「悪いな」


 そういいながらもドラコはまだ混乱していた。ドラコは攻撃命術に高い適正があるが、それしか使えない訳ではない。今回のように、中級の気配錯乱、それと回復命術だって適正は低いが少しは使える。そもそも、いくつかの適正を持つ方が普通なのだ。


「まぁ身体能力を上げることはできますがそれまでです。だからこそあの人は、すべてを回復命術に注いだ。注ぐことができたんです。」


 身体強化は命力を集めるだけなので、命術のどれかに適正があるだけで使える。なので、命術に分類されない。


「なんて神の悪戯だ。で、なんでそんな人がこんなところで旅をしてるんだ? 軍をやめたのはなんとなく分かるが、そんな人材を軍が逃す訳ないだろ」


 アロンは少し微笑んだ後、すぐに真面目な顔になった。


「長官は、四年前の合同調査に命術使いの指揮役として向かいました」

「……冗談だろ」

「本当です」


 ドラコはなぜか落ち着いていた。いや、そもそも父を知っているとユウが言った時点で、薄々気付いていたのかもしれない。


「長官はら鳥人族の裏切りに合い飛行挺を落とされ、そして隊もろともに死んだはずの人間だったんです」

長くなってしまった。


今回難しかった。この一言に尽きます。説明だけだとつまらなくなってしまうので、ちょっと工夫した(つもり)よ。ミヤビのキャラ性が出せるように頑張りたいです。あと風景。

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