知りたい青年と知らない少女①
ストーリー開幕。「」は本当にしゃべっていることで、『』は心の声です。
男は今人生の窮地に立たされている。場所は大通り。そこでユウは青ざめながら、レンガ造りの建物の壁に頭を擦り付けていた。もちろん好きでやっているわけではない。今後の人生に関わるミスを、ユウはしてしまったのだ。
「お、俺の」
ユウは記憶を絞ろうとしていた。いったいいつこんなミスをしたのか。今日一日の記憶を逆算している。それなのに未だに検討がつかない。
「俺の財布はどこへいったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
がぁぁん! とユウはレンガの壁に思い切り頭突きをかました。一瞬回りの人の視線が集まるが、「あ、これは関わらない方がいいヤバイ人だ」とでも思われたのか、たいした騒動にならなかった。ここは人間族第九都市。全二十都市のうちの真ん中あたりなので、規模は大きいと言われればそうでもないし、小さいかと言われればそういうわけでもない。そして、治安が良いかと聞かれればそんなわけでもない。だから、落とした財布が戻ってくる可能性はあるっちゃあるがないっちゃない。だからこそユウは焦っていた。
『落ち着け。もう一度思い出せ。最後に使ったのはいつだ。今日昼に飛行挺に乗ってここに着いて、人間族の土地にこれたからといって久々にステーキを食べた。そのときはあった。間違いなく。その後は町をぶらぶらして……。だめだ。ぶらぶらしているときになにしたかの記憶があまりない』
ちなみに財布にはお金はもちろんパスポート、軍人証明書等、必要なものがいくつか入っている。特にお金。これがないと生きてはいけない。
「とりあえずまずは近くの警備署に行くしかないか」
赤色の空を見上げ、ユウはため息をつき、頭で広げた地図にそって警備署へ向かった。このレンガの壁にヒビが入っていると、そこの家の持ち主が気付くのはその一日後だった。
「で、昼頃からこの時間にかけての時間で、南区で落とされたと」
「はい」
ユウが財布を無くしたと気付いてから数十分後。一番近い警備署にユウは来ていた。もちろん財布が拾われたかどうかを確かめるためだ。
「えーこちら第九都市三番警備署。財布の落とし物があったと旅人がら依頼がありました。もし届いているのであれば連絡をください。形は巾着型で、ユウという名前のパスポートが入っているとのこと」
ユウに応対してくれたがたいのいい中年の男は胸元の短距離通信石を使い、慣れた様子で他の警備署に連絡をとった。そしてしばらくしてから連絡があったようで、フムフムと首を縦に小さく振ってから、「了解しました」と言った。その瞬間ユウの背中には緊張が走った。
「四番警備署に聞いてみたところ」
ユウの心拍数が早くなる。もしなかったらどうしようもしなかったらどうしようもしなかったらどうしよう。
「数分前に届けられたそうだ。中身も無事でな」
「ほ、本当ですか!」
思わず大きな声を出して立ち上がってしまったユウは、「す、すいません」と謝りながらも、拾ってくれた人本当にありがとうと心のなかで何度も唱えた。
「だから申し訳ないけど、四番警備署に向かってもらえますか?」
「分かりました。ありがとうございます」
ユウは胸を撫で下ろした。そして木製の椅子を引いて立ち上がり、警備署を後にしようとした。そのとき、後ろから声が投げ掛けられた。
「そういえば軍人証明書が入っていたそうだが、お前は軍人なのか?」
ピタッとユウは動きを止め、首だけ振り返って言った。
「元軍人現旅人ですよ」
三番警備署から四番警備署までは歩いて四十分程の距離にある。ゆっくり歩いて行こうかと思い、ユウはなんとなくポケットに手を突っ込んだ。その時にお金が少しだけ入っていたことに気付いた。
『どうせゆっくり行っても財布は無くならないしな』
ユウは移動馬車を探しそれに乗り、ゆっくりと景色を見ながら四番警備署に向かうことにした。ユウが人間族の都市に来るのは二ヶ月ぶりだった。多種族の建物は様々に個性がある。だからこそユウは一応でも、見ておきたかったのだ。
「はい、次はこの鳥人族! 元軍人なので力仕事はうってつけ! まずは三十万ペルから!」
リラックスし、ボーッと外の景色を見ていたユウは、体を曲げ、声のする方向を見た。鳥人族の男が手錠をされ、黒色のスーツを着た人間族の男に引っ張られている。
『鳥人売買か。四年前まで鳥人族は非合法だったってのに、相変わらず胸くそが悪いな』
ユウは命力を目に集中させ、捕らえられている鳥人族の男を見た。
『全身に擦り傷がある上に大分衰弱しているな。命力が半分以下になってる。それにあの手錠は、小さい命力の命令で爆発する術式が組み込まれているのか。おそらくあの黒スーツがスイッチでも持っているんだろう。よく手に入ったな』
ある程度分析を終え、キョロキョロと人がこっちを見ていないことを確認すると、今度は手に命力を集中させた。
「俺ができるのはこのくらいだ」
命力はそれを扱う才能がなければ見ることはできない。だから、鳥人売買を見に行きた人々が、ユウの行動に勘づくことはほぼない。だからユウは、手錠に当たらないようにだけ気にして、鳥人族の男に命術をかけた。
「えぇ?」
ユウの予想通り、命術が発動したことに気付いたのは、傷が治り、命力が元通りになった鳥人族の男だけだった。
「あ? どうかしたか?」
「い、いえ。」
戸惑っているのに違和感を感じたのか、黒スーツの男がギロリと鳥人族の男をにらんだ。
『まぁ俺じゃ手錠を外すことはできないからここまでか。本当にすまない。』
はぁとため息をつくと、ゴロリと席に寝転がった。昼過ぎなせいで利用者が少ない馬車の席はほとんど空いている。
『そもそもあの事件があったから、鳥人族のことを助けようと思う人間なんて俺くらいかな。ここではここの理に従うまでだ』
周りの景色を見るのをやめ、ユウはそのまま天井をボーッと見ていた。
警備署前で降りるにはお金が微妙に足りないことに気付き、ユウは急いで降りることになった。
「なんで二ヶ月ちょっとで値上がりしてんだよ」
小さい声でそんな文句を言う。とはいえ歩いて10分程の距離までは来ていた。
『このくらいは動かないと体が鈍るか』
ユウは念のため、頭の中の地図で警備署の位置を確認してから歩き始めようとした。その時だった。
『ん?』
ユウの全身に違和感が走った。これは、軍人時代に培った「直感」だ。この違和感を感じる時は、何かが起こるか起こっている時。
『肝心な時に働かないのがたまに傷だがな』
目に命力を集中させ、キョロキョロと周りを見る。そして、
『見つけた』
通りの端を、軍服を着た男が二人、誰かを挟んで歩いている。こんな堂々と歩いているのにすれ違う人が誰一人目に止めていないのは、そのうちの一人が“気配錯乱”の命術を使っていたからだ。
「どうして命術使いがこんなところを普通に歩いてるんだよ」
とてつもないブーメラン発言をした後に、ユウは考えた。自族領内での命術使用は万が一の場合を除いて禁止されている。それを知って使っている、もしくは特例で使うのを許可されている。服装の違いを見るに真ん中の人物をどこかに連行しているというのは間違いない。しかし命術まで使って極秘に動いている。ということは「誰にも知られずに一人を連行しなければならない」状況にあるということ。怪しい。怪しすぎる。現在、人身売買が許されているのはあくまで鳥人族と鱗人族だけであって、他の種族を奴隷とすることは禁じられたままだ。見たところ、羽も鱗もないのでこの二種族でないのはすぐに分かった。
『とりあえず確認しとくか?』
まだ少し迷っていたユウだったが、三人が道を曲がり、真ん中の人物の顔が見えた瞬間、その迷いは完全に崩れ去った。肩あたりまで伸びている薄みがかった白い髪に、薄く光る青い瞳。まるで人形のようなその女の子の顔を、ユウはよく知っていた。
「イノリ?」
それは違う。だってあのときイノリは……。パッと浮かんだ否定的な考えなんてこの際どうでもよかった。ユウは三人が行った方向へ走り出した。
いよいよ物語が始まりました。いやー難しい。
それと、説明不足感があるのはわざとです。少しずつ解き明かしながら進めていこうと思います。できるとは言っていない。でもやる。頑張ります。
まだまだ未熟者ですが今後ともよろしくお願いします。