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チートな土精霊魔導師の無双戦記 幼年編

作者: タンバ

こんばんわ。タンバです。

軍師を書いていたら、新しい戦記物の題材を思いついたので書いてみました。

読んでいただければ幸いです。





 血で血を洗う戦場。

 人類の歴史から戦いがなくなったことはない。

 地球でも、この異世界でも。


「面倒だとか言うのは不謹慎なんだろうか」


 周りに聞こえないようにつぶやく。

 こんなことを戦前に〝指揮官〟が言うのはさすがにまずい。


 戦場に出ている人たちの多くは誇りとか名誉とかのために戦っている。

 それが悪いとは言わない。そういう価値観もあるだろう。

 けど、そういうモノに重きを置いて戦うなら個人で戦ってほしい。


 巻き込まれるほうは堪ったもんじゃない。


「ヴィル様。敵軍が予定通りの行動に出ました。こちらも動き始めますか?」


 ファンタジー世界ならではというべきか。

俺に声をかけた銀髪の美少女は鎧を身にまとい、馬に跨っている。

 この世界において男女の差などたいしたことではない。現に彼女は俺の軍の中で最強だ。


 俺は少女の言葉にうなずく。

 それを見て、少女と共に控える多くの騎士たちが戦意を高める。


 我が家が誇る精強な騎士団だ。

 我が第二の父が残してくれた形見でもある。

 正直、もうちょっとマシなもんを残してほしいというのが本音だ。なにせ、この騎士団を保有しているがために俺は戦に巻き込まれている。


 俺の年齢は十二歳。

 地球ならまだ小学六年生だ。

 いくらなんでも戦場に出るのは早すぎる。


「まぁ、中の人は違うんだけどね」


 これまた周りに聞こえないようにつぶやく。

 こんなこと言ってるのが聞こえたら大問題だ。


 俺の名はヴィルヘルム・エルネスト。

 ネウスタリア王国諸侯の一つ、エルネスト伯爵家の後継者。


 けど、それはちょっと前までの話だ。

 本物のヴィルヘルム・エルネストは死んだ。


 今、こうして戦場に立っているのは地球で平凡なサラリーマンとして生きていた中村健なかむらたけるという男だ。


 まぁ、どういうことかというと。

 死んだ後にヴィルヘルム・エルネストの体に憑依してしまったのだ。


 そうしてこんなロクでもない戦場に来てしまっている。

 運命の悪戯というべきか。それとも精霊の悪戯というべきか。


 とにかく俺は戦場にいる。

 ヴィルヘルム・エルネストとして。


 悪夢に近い現実だ。

 よりにもよって戦場に出る羽目になるとは。

 だが。


「まぁ、また死ぬのはごめんだし……頑張りますか」


 俺は呟きながら片手をあげる。

 それが合図となり、俺が率いる騎士団は前進を始めた。






「本当にやってくれたな。会社の金を横領とはな!」

「ですから、それは俺ではなくて!」

「自分の罪を人のせいにする気か!? つくづく見下げ果てた奴だな! お前はクビだ。わかったらさっさと荷物まとめて出ていけ!」


 俺、中村健なかむらたけるは平凡な二十代サラリーマンだ。

 趣味は読書と大河ドラマの鑑賞。面白味の欠片もない男だ。


 低レベルな大学を卒業し、ようやくキツイ就活の果てに今の会社に入社することができた。

 入社三年目で、そろそろ仕事に慣れてきた頃。

 俺は上司が行った金の横領を押し付けられた。そしてもっと上の役員にクビを宣告されている。


 俺はやっていない。断じて。

 けれど、誰も俺の言うことなんか聞いてくれやしない。


 仲の良かった同僚も先輩も。

 誰も俺とは目を合わせてくれない。


 くそっ! こんなはずじゃないのに!

 ちくしょう! 全部、あいつのせいなのに!


 俺の直接の上司である主任。

 年も近く、割と仲も良かった。

 けど、いい加減というか軽いところがあって嫌な部分もあった。


 その嫌な部分にまんまとやられた。

 あいつは今日、出社じゃない。なんでも長期の休みを取ったそうだ。


 俺からの復讐を恐れてのことだろう。

 なんだよ! もう!

 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!


 理不尽さに憤りが止まらない。

 この怒りをどうすればいいのか。


 そんな時。

 会社の食堂からニュースが流れてきた。


 なんでも解雇された人間が抗議の自殺をしたそうだ。


「こういうの困るんだよなぁ」

「そうそう。解雇されるほうが悪いってのに、どうしてこっちまで被害もらわなきゃいけないんだよ」

「クビにしたのは俺たちじゃねぇってのによぉ」


 見れば仲の良かった同期のやつらがコーヒーを飲みながら、そんな話をしている。

 こいつら!

 俺がクビにされたっていうのに。誰も俺の話をしない。


 くそだ。この会社もこの会社にいる奴らも!

 いや、もうこの国がくそだ!


「わかったよ……やってやるよ」


 苛立ちが頂点に達し、頭が真っ白になる。

 俺は自分のデスクに戻ると、その紙に自分のミスではないこと、主任に罪を押し付けられたことを書き記す。

 そしてそれを胸に収め、大声を発しながら屋上を目指した。


 何事かと周りの人が見てくるが、誰も俺を心配してくれない。


「なんだ、あいつ。キモイな」

「あれだろ。会社の金を横領した奴だろ。関わるなよ」


 俺じゃない!

 俺じゃないのに!


 俺はがむしゃらに走る。このビルは十階建てだ。

 ここから身投げすればまぁ死ねるだろ。


 いいよ、どうせ。

 生きてても楽しいことなんてなかった。

 小学校の頃はずっと虐められていたし、中学の頃はオタクだと馬鹿にされた。

 高校の頃は成績が悪かったから馬鹿だと言われ続け、大学では似たような奴と傷をなめあうように仲良くなった。

 そんな生活は楽しくなかった。


 そう俺の人生に価値なんてないんだ。

 だから。


「命をもって証明してやるよ!」


 このまま終わってたまるか!

 死んでやるよ!

 それで事の重大さに気づきやがれ!


 お前らは無実の奴の人生を滅茶苦茶にしたんだ!


「思い知れぇぇぇぇぇ!!!! 俺はやってなぁぁぁぁい!!!!」


 そう叫びながら俺は会社のビルの屋上から身を投げた。

 後悔はない。

 これでいいんだ。


 全員、呪ってやる。

 死んで化けて出てやるよ。


 理不尽が許容されるこんな世界。

 俺のほうからおさらばしてやる。


 そんなことを思いながら、俺は強い衝撃と恐ろしいほどの痛みを感じて意識を失った。




■■■




 目を覚ましたとき。

 俺は自分が生きていることに愕然とした。


 そこから体を起こし、見知らぬ部屋にあった鏡を見てさらに愕然とした。

 なにせ十歳くらいの子供になっていたのだから。

 しかも日本人ではない。


 どう見ても外国人。

 茶髪に茶色の瞳。肌は白い。


 運動嫌いなのか小太りで、髪は無意味に長い。暗そうな顔がより一層、暗くなっている。

 なんだか見ているだけで気分が落ち込みそうな奴だな。


「どうなってんだ?」

『君は死んじゃったんだよ』

「うわっ!?」


 どこからともなく声が聞こえてくる。

 部屋の中を見渡すと、家具の影から光り輝く小人たちが顔を出していた。


 身長12から13センチほど。数は三人。長いひげを生やした老人のような風貌をしており、それぞれ赤、青、黄色の派手な服を着ている。


 一種のホラー現象に俺は声も出せずに恐怖する。

 しかし。


『僕らは君のことが好きだったから、君を助けたんだ』

『地球じゃ俺たちの声は聞こえないから、俺らの声が聞こえる世界に魂だけを持ってきたんだぜ』

『その体の持ち主がちょうど死んでたから、あなたの魂を入れたんです』


 彼らは笑顔でそんなことを語りだす。

 おいおい、なんだこいつら。いきなり好きとか言われても困るんだが。


 それに世界に魂だけ持ってきた?

 ってことはここは地球じゃないのか?


「えっと……ちなみにここはどこ?」

『リベリア大陸』

『ネウスタリア王国』

『エルネスト伯爵家』


 なるほど。

 まったくわからん。


 とりあえず、地球じゃなさそうだ。

 死んで異世界に連れてこられるとか、二次元だけにしてくれよ……。


 憂鬱な気分が広がるが、とにかく質問を続ける。


「えっと……君らは誰?」

『僕はノームだよ』

『俺もノームだぜ』

『僕もノームです』


 ……。

 ヤバい。会話が成立してないのか?


 いや思考を柔軟にしろ。

 好意的なだけ地球で出会った汚い大人たちよりは何倍もマシだ。


「君らは……みんなでノームなのかい?」

『そんな感じだよ』

『俺らに名はないんだぜ』

『けど人間は僕らをノームと呼びます』


 なるほど。

 そういうことか。個体名はないと。だから名乗れるのはノームって単語だけか。

 しかし、ノームか。

 昔、どっかで聞いたことあるな。たしか……そう!


「土の精霊ノーム?」

『そう!』

『俺らは大地に宿る精霊だ』

『土の精霊王の分身です』


 やっぱり超自然的存在か。

 マジか。ってことは俺は本当に子供になったっていうのか?

 憑依なんて言葉が咄嗟に思い浮かぶ。まぁ、憑依先の人間が死んでたわけだから、体の乗っ取りではないけれど気分は良くない。


 まぁそれは置いておいて。


 正直、前世に未練はない。

 あんな世界にいたくはなかった。けど、異世界に来たかったわけでもない。


「なぁ、もう一回生きるのとか嫌なんだけど?」

『ダメだよ』

『お前は俺らの声が聴ける大事な奴だ』

『死んじゃったら悲しいです』


 いやいや、俺の意見を尊重しろよ。

 俺の人生なんだから、どこで死のうが勝手だろうに。

 俺はあのとき、生きることを諦めたんだ。


『精霊は人と生きてきたんだ』

『そうだぜ。力を貸すのが精霊の仕事だ』

『けど、最近、人は僕ら土精霊を頼らなくなりました』

『僕らは残念。そして困ってる』

『だからお前を頼ってる。俺らの声を聴けるからな』

『僕らのためにも生きてください』

「結局、自分らのためかよ!」


 俺が可哀想で生き返らせたわけじゃないのかよ。

 あー、なんか元々なかったやる気がマイナスまで落ち込んだ。


「お断りだ。生き返ったならまた死んでやるよ。俺は人生に疲れたんだ!」

『死んだらまた別の人の中にいれるだけだよ?』

『今の体が気に入らないみたいだな』

『可愛い女の子がよかったんですか?』


 もう一回、自殺しようと窓に手を掛けて俺は固まる。

 こいつらマジで俺のこと死なせる気がないらしい。

 このまま死んでも、また別の誰かに入れられるとかありえない。

 気が狂っちまう。


 なにせ、死ぬのは痛い。

 最後に走った恐ろしいほどの痛みを俺は覚えている。


 こいつらから逃れるために何度も味わうのはごめんだ。


「……俺って死ねないのか?」

『寿命がなくなればみんな天に還るよ』

『けど、寿命が尽きないと天には還れないぜ』

『あなたの寿命はあと七十年くらいありますよ』


 駄目だ……。

 詰んでる。

 俺はこいつらの言う通りにするしかないらしい。


「……俺はなにをすればいいんだ?」

『生きてよ!』

『俺らを使え!』

『それであなたも僕らもハッピー!』


 ハッピーなのはお前らだけじゃね? と思ったけど、まぁ第二の人生というのも悪くはないかなとも思う。

 生きるのは憂鬱だ。嫌なことのほうが多い。

 だが、さきほどのこいつらの言葉から察するに、俺は貴族の息子かなんかだろう。

 この世界の文明レベルがどうだか知らないけど、貴族なら平民よりはマシなはず。


 前世よりはマシな人生を送れるか。中身は二十代だし。リアルに見た目は子供、頭脳は大人状態だ。

 地球じゃないから、前世の記憶がどれほど役に立つかわからんけど。


「しょうがない……やり直すか、人生」

『そうして!』

『頑張れ!』

『僕らはいつでもそばにいます!』

『いつでも呼んで!』

『お前の力になってやるよ!』

『遠慮しないでくださいね』


 そう言うとノームたちは家具の間に姿を消した。

 恐る恐る間を見るが、なにもいない。


 どっと疲れてベッドに腰かける。

 すると急激に視界が暗くなっていく。

 俺の意識は再度、暗闇へと落っこちた。




■■■




 次に目を覚ますと見知らぬ老人が俺を覗き込んでいた。。

 いや見覚えはある。ただし俺という中身に覚えがあるのではなく、この体の記憶が覚えている。


「おお! 良かった! 目を覚ましたか、ヴィル。階段から落ちたと聞いたときはどうなることかと……」


 そんなことを言ったのは白髪の老人。

 現エルネスト伯爵であるアドロフ。違和感バリバリだが、今の俺、ヴィルヘルム・エルネストの祖父だ。


 両親がいない俺にとって唯一の肉親。


 そこで俺は自分の記憶を遡る。

 どうやら眠っている間に、この体と前世の魂の融合は進んだらしい。

 ヴィルヘルム・エルネストとして過ごした時間が、まるで本当に自分で過ごしたように感じる。


 そう、どうしようもないほどいじめられっ子であることが、まるで自分のように感じる。

 

 暗い性格と自己主張ができない性格のせいでいじめられている。


 まぁ、太っていてチビだと子供なら大抵いじめの的だ。

 どこでいじめられているかといえば、貴族の子供が集まる幼年学校だ。

 十歳からの三年間をそこで学び、領地に帰って親の後を継いだり、軍学校に通ったりするのが一般的な貴族の流れのようだ。


 ヴィルヘルムはその幼年学校の一年生であり、今は夏休みの最中で帰省中。

 しかし、出来の悪いヴィルヘルムにとって実家もあまり居心地のいい場所ではなかったらしい。


 当然、そんなヴィルヘルムは周りからの評判も良くない。

 このエルネスト伯爵家は代々続く名門で、そこまで領地は大きくないが優秀な騎士団を保有し、周りの貴族からもかなり評判のいい家だ。

 そんな中で俺はエルネスト伯爵家の汚点とまで言われており、俺の代でエルネスト伯爵家は終わるとまで言われているらしい。


 領内ではその頼りなさを嘆かれており、領外では出来の悪さを嘲笑われている。そんなヴィルヘルムのことを悪意を込めて〝豚〟と評する者も少なくない。小太りだからね。言い得て妙って感じだ。


 死んだ理由も半ば自殺みたいなもんだ。

 耐えかねて屋敷の長い階段からダイブしたのだ。

 ちょうど打ちどころが悪く、死んでしまったようだ。


 そんな感じで自分のおさらいが済んだ時点で、俺も死にたくなった。

 なにが楽しくて異世界でいじめられっ子として生きなくちゃいけないのか。


 あー、最悪だ。マジで死んでしまうか?


 しかし、すぐに思いなおす。

 下手をしたら今より悪い体に魂を入れられるかもしれない、と。


 幸い、このヴィルヘルム・エルネストは十歳。まだまだ子供だ。

 今ならまだ子供の頃に黒歴史程度で済ませられる。


「爺様」

「ん? どうかしたか?」

「俺……頑張ります!」


 突然の頑張る宣言に祖父は目を何度も瞬かせているが、関係ない。

 上等だ。やってやんよ。


 こっから馬鹿にした奴ら全員を見返して、素晴らしい貴族として生きてやるよ!







「おい、豚野郎。お前みたいな出来損ないが学校なんて来るんじゃねぇよ!」

「そうだ、そうだ。父親の良いところを一つも受け継がなかったって言われてるの知ってるか?」

「もしかして、父親と血が繋がってないんじゃないか?」

「いや、ちげぇよ! こいつの父親も大したことなかったのさ!」


 子供は残酷だ。

 思ったことをすぐに口にする。


 十歳くらいが一番性質が悪い。

 それをよく理解できる。


 ヴィルヘルムが自殺を決行――正確にいえば本人に死ぬ気はなく、怪我をしたかっただけのようだが――したのは幼年学校の夏休みが終わる数日前だった。


 気持ちはわかる。休み明けに学校に行くのはつらい。

 とくにイジメられていたら死にたくなる。


 俺も子供の頃、イジメられた経験がある。

 あのときの孤独感は半端じゃない。


 けど、ヴィルヘルムは俺の非じゃない。

 なにせイジメてくるのは子供だけじゃないからだ。


 ま、正確にはイジメではないと思うが、ヴィルヘルムはイジメと感じてた。


 ヴィルヘルムの父であるカール・エルネストは四年前。

 ネウスタリア王国が侵攻されたとき、十万もの侵攻軍をたった一千の軍で三日も足止めし、ネウスタリア王国軍が反撃に出る時間を稼いだ英雄だ。


 そのときにカールは戦死したが、そのことでエルネスト伯爵家の名声は大陸中の轟いた。

 その息子ということで、長くヴィルヘルムは過度な期待を受けてきた。


 これでヴィルヘルムがそれなりに優秀ならよかったんだろうけど、あいにくヴィルヘルムは優秀とは程遠かった。

 自分に自信がなく、多くの事柄で出来が悪い生徒だった。


 周りの大人は父親と比べ、期待からか厳しい言葉と視線をヴィルヘルムに投げかけた。

 それがヴィルヘルムには苦痛だったわけだ。


 可哀想というほかない。

 偉大な父を持つと子は苦労する。ましてや、その父親が何かを教える前に世を去ったとなれば、悲惨と言う言葉すら出てきそうだ。


「どうした? 何か言い返してみろよ」


 幼年学校の教室。席で窓の外を見ている俺へのイジメはやまない。


 ここには多くの貴族の子弟がいる。

 彼らの中には俺のことを可哀想と思う子もいるようだが、誰も行動しない。

 単純に怖いからだ。自分がイジメられるのでは、と。


 当然の恐怖だ。

 まだ十歳の子供に自己犠牲を強いるのは酷というもの。


 俺は体はヴィルヘルムでも精神は二十を超えた成人だ。

 この程度の問題。自分で解決するべきだろう。


「じゃあ質問をしていいか?」


 俺をイジメていた奴らがかすかにビクリと震える。

 いつものヴィルヘルムならば反論などしないからだ。


 しかし、すぐにリーダー格の少年がニヤリと笑みを浮かべる。

 ガタイもいいし、顔もなかなかハンサムだ。こういう子は子供のうちはグループの中心になりやすい。

 父親もたしか侯爵。いいところの息子だ。


 こいつを黙らせれば周りも黙るだろうな。


「なんだよ? 出来損ないが何の質問だ?」

「お前の父親は四年前、何をしてた?」

「は?」


 俺の質問の意図がわからないのか、少年は不機嫌そうな表情を見せた。

 俺はため息を吐き、もう一度丁寧に質問する。


「四年前。俺の父親が十万の大軍と戦っているとき。お前の父親は何をしていた?」

「なんだよ。あのときは……軍の準備をしてたんだよ」

「これは笑わせる。国内に攻め入られているのに軍の準備? 悠長な父親だな?」

「ち、父上を馬鹿にするのか!?」


 少年が俺の服を掴む。

 それに対して、俺は抵抗などしない。


 ヴィルヘルムは貧弱だ。

 力では勝てない。


 それに子供の喧嘩であっても手を出したら負けだ。

 俺は大人だし。


「別に馬鹿にはしてないさ。ただ、俺の父親は英雄で、お前の父親はのんびり屋さん。俺たちはっまだ十歳で、これからいくらでも成長できるわけだ。父親のようになれるかもしれない。けど、それだとお前はいくら成長しても行きつく先はのんびり屋さんだと思うと可哀想でな」

「このっ!」


 少年は怒りに任せて拳を振り上げる。

 俺はそれを見ながら、ニヤリと笑う。

 

 その笑みが薄気味悪かったのか、少年の拳が止まる。


「どうした? 殴らないのか? 今日が初めてじゃないだろ?」


 今までも何度も殴られた。

 ただし、ここまで堂々としていたことはない。


 殴られるのは痛い。

 ヴィルヘルムの身体能力じゃ避けることも難しいだろう。


 けど、怯まないことが大事だ。


「こいつ……!」

「殴りたきゃ殴れよ。別に誰かに言ったりはしないし、お前を責めたりもしない。ただ、ここにいる全員が証人になるけどな。将来、お前が騎士道精神とか、貴族としてとか崇高な言葉を使ったとしても、誰もが鼻で笑うだろうよ。無抵抗の人間を殴っていた奴が何を言うってな」

「あ、いや、これは……」


 少年は言われてようやくその事に思い至ったのか、周りを見て白い視線にさらされていることに気づく。

 少年の取り巻きもあたふたしている。


 ここらでトドメといくか。


「どうして俺がこんなに饒舌かわかるか? 俺は自分のことを馬鹿にされるのは慣れてるし平気だ。けど、父親のことは別だ。王国全体の未来のために俺の父は命を落とした。それが大したことはない? お前は何様だ? わが父への侮辱はそのままエルネスト伯爵家への侮辱だ。戦争がしたいのか?」

「ち、違う! そういうつもりじゃ……」

「いいぞ? やりたきゃやろう。十万の大軍を用意できるんだな?」


 エルネスト伯爵家は精兵ぞろい。

 それは国内国外問わず、周知の事実だ。まぁ、内情はちょっと違うがそういう認識をされているなら利用するまで。


 好都合なことに、こいつは英雄である父を大したことないとかほざいてくれた。

 諸侯同士で戦争をすれば大問題だが、発端が父親のこととなれば王家といえど我が家に厳しい判決は下せない。


 父は王国のために死んだからだ。


「どうした? さっきまでの威勢はどこにいった? 俺がエルネスト伯爵家の人間だと知ったうえで父親を馬鹿にしたんだろ? 俺もお返しにお前の父親を侮辱したぞ? どうした? このまま引き下がるのか?」


 心底馬鹿にした表情で俺は少年を見下す。

 四年前に戦死した英雄の息子が、父親の名誉のために立ち上がる。

 貴族が好みそうなストーリーだ。


 悪いが、絶対に我が家が勝つ。 

 なにせ多くの貴族は我が家に負い目がある。


「お、大げさだぞ……冗談じゃないか」

「同じことを我が家の騎士に言うんだな」

「……」


 少年の顔が青くなる。

 ヴィルヘルムは能力のなさと性格からいじめられていたが、本来は英雄の息子であり、その家の跡取りだ。イジメくらい跳ねのけられるだけの力はある。


 大抵の貴族は我が家を敵には回したくないのだから。


「二択だぞ。謝罪か戦争か。どっちか選べ」

「……」

「戦争か」

「ま、待ってくれ! あ、謝るよ! 謝るから! 悪かった!」

「悪かった? 謝罪の仕方もわからないのか?」

「……申し訳ありませんでした。御父上への失言……取り消させていただきます」


 うなだれながら少年は告げる。

 いい気味だ。

 とりあえずヴィルヘルムをイジメたツケは払わせたな。


 これでこいつはもうデカい顔はできない。

 なにせイジメをして、謝らされているんだ。だれもこいつには付き従わないだろう。


 俺は取り巻きたちを一瞥する。

 全員がすぐに謝罪を口にし始める。


 この程度で死んだヴィルヘルムが浮かばれるわけじゃないが、やらないよりマシだろ。

 それにこれからも横で騒がれても迷惑だ。


 これだけガツンとやれば後に続く奴も出ないはずだ。


 結果に満足しつつ俺は席につく。

 こうして俺の第二の学校生活は始まったのだ。







 出来損ないなんて言われているが、ヴィルヘルムはそこまで馬鹿じゃない。

 優秀ではないが、平均的な能力を持っている。


 ただ、教師に質問されたり、人と話をするときに混乱してしまって能力を示せなかっただけだ。

 実際、普通に授業を聞いていて、普通についていける。


 それはヴィルヘルムがちゃんとした知識を持っていた証拠だ。


「我がネウスタリア王国は大陸西部にある国だ。列国の中では比較的古い国だ。国土の面では中規模だが、海に面し、陸上交通の要所も抑えているため、大陸内では重要な国に位置付けられている」


 配られた大陸の地図を見ながら俺は教師の話を聞く。

 卵型の形をしたリベリア大陸には、列国と称される大きな国が全部で七つある。

 そのうちの一つがネウスタリア王国だ。


 たしかに海沿いに面しているし、交通の要所も抑えているかもしれない。

 だが立地は最悪に近い。


 北部と南部には列国内でも最大の二つが存在しており、ネウスタリア王国はその二つから挟まれている。


 アメリカとロシアに挟まれた日本というべきだろうか。まぁ、あそこまで国力に差はないだろうけど。

 二大国にとって重要なポジションに国土を有していることは間違いない。

 そしてそういうところにある国は戦争に巻き込まれやすい。


「さて、列国といっても力関係がある。大・中・小に分けるならば我がネウスタリア王国は中だ。残念ながらな。それでは大に分類される国を……ヴィルヘルム。答えてみなさい」

「はい」


 俺は席を立って、地図を見る。

 日本語ではない文字で国名が書いてある。本来なら読めないはずだが、ヴィルヘルムの体のためかすんなりと入ってくる。


「北部一帯を領土とするノルドマーク帝国と南部を支配するエトワール皇国の二つです」

「よろしい。では、両国のことを簡単に説明できるかね?」

「はい。ノルドマーク帝国は歴史的には浅い国ですが、強力な軍隊による侵略により大きくなりました。抱える軍隊も強力で、とくにその兵数は列国一です。エトワール皇国は洗練された文化を持つ国です。歴史的にも列国内で最も古く、魔導師を多く抱えることで知られています。堅実な帝国と華やかな皇国と言えるでしょう」

「素晴らしい! 完璧な説明だ!」


 教師は俺に拍手を送り、生徒たちもつられて拍手を送る。

 軽く会釈して俺は座ろうとするが、教師は俺に声をかける。


「ヴィルヘルム。今の君には自信のようなものが見える。なにか切っ掛けでも?」

「……父の死を引きずっても仕方ないと思うようになったのがキッカケかもしれません」

「なるほど。君の御父上は偉大だった。帝国軍十万、しかも帝国が抱える歴戦の将帥を相手に一歩も退かなかった。私は当時、北部の小貴族であるエルネスト伯爵家がいまだに持ちこたえていると聞くたびに体が震えたものだ」


 あっそ。

 そんな個人的なことを授業中に喋るなよ。対応に困るだろうが。


「将来、御父上の仇を君が取ってくれることを願っているよ」

「……全力を尽くします」


 答えるだけ答えておくが、俺は戦場に出る気なんてサラサラない。


 一度、死んで精霊どもにヴィルヘルムの体に入れられたわけだが、この体で死んだらまた別の誰かの体に入れられる可能性が高い。

 死ぬのはとっても痛い。できれば二度と味わいたくない。というか味わったらそのまま死にたい。

 それなのに生き返るのは苦行だ。

 だからこそ、俺はヴィルヘルムとして安全に生きるのだ。


 さきほどいじめっ子を挑発したが、あんなのは例外。これからは大人しく生きていく。

 可愛いお嫁さんを貰って、静かに暮らす。寿命が尽きる日まで。


 そう決めている。

 父親の敵討ちなんて馬鹿らしいことできるか。


 なにが馬鹿らしいって、エルネスト伯爵家が十万の敵に耐えられたのは守勢に回ったからだ。

 こっちから攻撃したら瞬殺に決まっている。

 絶対にやるわけないだろ。


 軽く教師を馬鹿にしつつ、俺は授業に専念する。

 穏やかに暮らすにしても学は必要になる。

 人生をイージーに過ごすには勉強も大切なのだ。


 それはこの世界でも一緒のはずだ。

 そんなことを考えながら、俺は頭をフル回転させ始めた。




■■■




「よろしいですか、皆さん。魔法というのは大きく分けて二つあります。一つは世界に存在する精霊から力を借りる精霊魔法。もう一つは古代文明が開発した古代語を用いる古代語魔法です。前者は素質に左右されますが、後者は誰にでも使えます。もちろん、難しい古代語魔法ともなれば使い手は減ってきますが」


 中年の女教師がそんな説明をする。

 その説明に付け加えるならば、魔力があればだれでも使える、だ。


 もっとも貴族で魔力がないなんてことはほとんどない。

 大抵の場合、魔力は遺伝する。それなりにそこらへんは気を使って婚姻をしている貴族で魔力がない者などほぼいない。


 ただ多い少ないは存在する。

 俺は平均的。

 

 魔法を戦闘利用できるレベルの者を魔導師と呼称するが、それを目指すには足りない。

 まぁ戦闘利用なんかできてもしないけれど。


「今、皆さんの前には石が置いてありますね?」


 教師の言葉通り、生徒一人一人の前には何の変哲もない石が置いてある。


「それは魔変石と呼ばれる石で、魔力によって色を変えます。その色によって、皆さんと相性のいい魔法属性を調べることができます。また、精霊魔法に適正がある場合は光を発します。どの属性であれば稀有な才能ですから、光るとよいですね」


 そう言って教師は石を掌に乗せて目を瞑るように言ってくる。

 そして体中の力を掌に集めるのだ、という。


 ずいぶんとアバウトな説明だ。

 とりあえずやってみる。


 体に流れる力を意識して、掌へ流していくイメージを作り出した。

 そしてゆっくり目を開けると。


 光っていた。

 土色に。


「まぁ、ヴィルヘルム。あなたは土属性の精霊に愛されているようね。大地の精霊ノームはあなたを選んだのよ」

「は、はぁ……」


 なんともいえない。

 なにせヴィルヘルムの記憶では、精霊魔法の中で土属性はハズレとされている。

 なぜかといえば、戦闘でろくに使えないからだ。


 攻撃をするにしても炎や風のほうが速いし、水のように回復を促すこともできない。

 防御には秀でてはいるが、発動が遅いため拠点防衛以外には使い道はないとされている。


 さらに言うと精霊魔法が使える者は古代語魔法を使えない。

 精霊と古代語の相性が最悪だからだ。


「はは! 見ろよ、やっぱりあいつは出来損ないだぜ!」

「よりによってハズレ中のハズレとか、笑っちゃうよ!」

「古代語魔法も使えないし、魔法の才能もないとかかわいそー」


 先ほど懲らしめた侯爵の息子の取り巻きたちが、いつもの調子で笑ってくる。

 どうやらお仕置きが足りなかったらしい。こいつらにも直接何かしないといけないか。


 なんて思っていると。


『ねぇ聞こえる?』

『早く耳を貸せよ!』

『僕らの声を聞いてください』


 声が聞こえてきた。

 ノームの声だ。


 しかし姿は見えない。

 おそらくこの声は俺にしか聞こえてないんだろう。


 答えるわけにもいかないので、心の中で聞こえてると言ってみると。


『わぁ! 聞こえてた!』

『やったぜ!』

『やりました!』


 通じた。

 なるほど、精霊に愛されているとはよく言ったもんだ。


 完全に余計なお世話ではあるが、たしかにこいつらは俺を気に入っているらしい。


『僕らを使ってよ!』

『俺らを使えよ!』

『僕らを使いましょう!』


 いきなり何を言うのやら。精霊が自分らを使えっていうのは精霊魔法を使えってことだろう。

 それは理解できる。しかし、やり方がわからない。


 やり方さえわかれば、今も笑っている奴らにお仕置きができるんだが。


『命令してよ』

『命令しろよ』

『命令してください』


 それはとても強い声だった。

 意思のようなモノをとても感じた。


 そんな声で命令しろっていうのもおかしなもんだが。

 そのためにこいつらは俺をヴィルヘルムに憑依させたわけだし、こいつらには大事なことなんだろう。


 だから俺は考える。

 どう命令するべきかと。


 土属性の魔法というのは地味な印象しかない。

 どのゲーム、アニメでもあまり取り扱われない属性だ。


 けど、あれは演出の問題だ。

 本当に大地を操ることができるならかなり強いと思う。


 とりあえず俺はノームに命じることにした。

 成功しても成功しなくてもいい。


 とりあえず使ってみることが大切だ。


『大地の精霊よ。転倒させろ』


 発動が遅いとされている土属性の精霊魔法。

 どれくらい遅いのかと思っていたら。


 一瞬で奴らが座る椅子がひっくり返る。


「うわぁ!?」

「えっ!!」

「痛い!!」


 三人組はコントのようにタイミングよく後ろに倒れこんだ。

 おそらく精霊が床を変化させて転ばせたんだろう。


 大地の精霊とはよく言ったもんだ。

 大地からの産物なら能力の範囲内ってことか。


 しかも命令すれば実行してくれるとか便利なもんだ。

 命令するとちょっと疲れるのは、魔力が消費されたからだろう。


 実際に動くのは精霊だが、精霊に命令すると魔力を消費するようだ。

 これが古代語魔法との違いか。


 古代語魔法は古代語を唱えるのに魔力を消費する。

 精霊魔法ほど威力はないが、多彩な魔法があり、どのような状況にも対応できるということで今は古代語魔法のほうが主流だ。


 しかし、これを見る限り十分、精霊魔法も使える。

 発動が遅いとされている土属性でこれなんだから、風とかめちゃくちゃ速いんじゃないか?


「あなたたち! なにを遊んでいるんです!」

「違います! 椅子が勝手に!」

「言い訳は感心しませんね。人を馬鹿にしておいて、自分はふざけているなんて……嘆かわしいことです」


 教師は本当に残念そうに首を振る。

 怒られる三人組に対して、教室ではクスクスと笑いが起きている。

 三人組が悪戯をして叱られていると思っているんだろう。


 ざまぁみろ。


「本当に椅子が勝手に……」

「そういうことにしておきましょう。座りなさい。さぁ、みなさん。石は変化しましたか? 精霊魔法に適正があるのはヴィルヘルムだけですか?」


 教師は教室を回って石の変化を確認する。

 そして俺のところまで来ると。


「よいですか、ヴィルヘルム。精霊魔法に適正があるということ自体が才能です。たしかに土属性の精霊魔法は戦場では使えないとされていますが、日常的には非常に役立つ魔法です。それに精霊魔法はどれだけ精霊を集められるかで結果が左右されます。土属性の精霊魔法でも多くの精霊を集められれば、最速と言われる風魔法よりも早い魔法の発動が可能なのです。よく覚えておきなさい」

「ありがとうございます。心に刻んでおきます」


 教師の言葉で発動が早い理由がわかった。

 ノームはマンパワーを投入したんだろう。俺をわざわざ憑依させるくらいだしな。かなり協力的なようだ。


 発動の遅さが問題視される土属性の精霊魔法。

 どうやら俺はその欠点を補えているらしい。


 ま、わざわざ異世界で二度目の人生を歩んでいるんだ。

 それくらいの特典は許されてしかるべきだろう。







 世の中には懲りない奴がいる。

 目の前にいる侯爵の息子がそれにあたる。


「おい、ヴィルヘルム。さっきはよくも生意気な真似してくれたな?」


 あんなに情けなく謝らされたくせに、よくもまぁ自信満々で来れたもんだ。


 幼年学校の放課後。

 俺は校舎裏で数人に囲まれていた。


 この年齢でこういう場面に出くわすとはさすがに思いもよらなかった。

 貴族の息子たちってのは怖いもんだ。


「生意気な真似っていうのは?」

「俺を謝らせたことだよ! 恥をかかせやがって!」

「お前が俺の父親を馬鹿にするのがいけないんだろうが。俺だけを馬鹿にしてればあんなことにはならずに済んだんだぞ?」

「うるさい! ヴィルヘルムのくせに生意気なんだよ!」

「生意気ねぇ。それでどうする気だよ?」


 わざわざもう一度俺に絡んできた以上、なにか勝算があるんだろう。

 さすがにリンチはしないだろう。俺がだいぶ反撃するのはわかっているはずだ。あとで問題にされるのがオチだ。

 それくらいの頭は持っていると信じたいが。


「そうやって粋がっていられるのも今の内だ! ね! ダリウス君!」

「そうだね。田舎貴族がデカい顔するのは間違ってると思うんだよ。ボクは」


 そう言って前に出てきたのは七三分けの少年だ。見た目的には典型的な貴族のお坊ちゃんという感じだし、その印象は間違っていない。


 ダリウス・エルレバッハ。

 四大公爵家とよばれる名門貴族の一つ、エルレバッハ公爵家の息子だ。


 この幼年学校に王族は通わないため、父親の爵位という点では校内随一だ。

 多くの取り巻きを有しており、どうやら侯爵の息子もその仲間だったらしい。


「これはダリウス・エルレバッハ殿。わざわざ子分のためにご出陣とは。子分思いなことで」

「子分ではないよ。彼らは同士だ。将来、ボクと共に王国を支える上級貴族の出身だからね」


 選民思想に憑りつかれているな。こいつは。

 貴族であることを誇りに思うのはいい。


 どんな形であれ、彼らの地位は先祖の努力の賜物だ。誇っても問題はないだろう。

 だが過大な誇りは有害になる。ましてや、それで他者を蔑むようなら致命的だ。


「それで、だ。ヴィルヘルム君。君に立場を教えてあげようと思って今日は来たんだ」

「立場?」

「そうだ。田舎貴族とボクら上級貴族は同列じゃないんだ。そんな君が侯爵の息子である彼を謝らせるなんてあってはならないことだ。だから、君にチャンスをあげよう」

「というと?」

「跪くんだ。地面を舐めるようにして詫びたまえ。平民に毛が生えたような田舎貴族は身の程を知るべきだ」


 笑いながらダニエルは告げる。

 それが当然であるかのように。


 まいったなぁ。中世的な価値観をこうまでまざまざと見せつけられるとは思ってなかった。


「断ったら?」

「君の家はお終いだよ。ボクが一言、殴られたといえば父上は激怒なさって君の家を取り潰すだろうからね。いいのかい? それで?」


 うーん。

 結局、父親頼みかよ。

 まぁまだ十歳だしな。それは良いとしよう。


 しかし、その程度のことでこいつの父親は俺の家を潰すのか、甚だ疑問だ。

 たしかにエルネスト伯爵家は田舎貴族だし領地も大きくない。

 だが、知名度がある。潰そうと思って潰せるものじゃないだろ。


 王家がこいつ並みに馬鹿なら可能性はあるけれど。

 そんな王家なら貴族として生きるより、平民として生きたほうが楽な気がする。


「ほら? どうする?」

「どうすると言われても……選択肢は一つだけだろ」

「ほう? 意外に物分かりがいいようだね。さぁ、惨めに」

「お断りだ。頭を下げなきゃいけない理由がないからな」

「な、に……?」


 ダニエルの顔から一瞬、表情が消え去る。

 そして徐々に怒りの色が強くなる。


「ヴィルヘルム・エルネスト……君は没落したいのか?」

「そういうわけじゃないが、お前に頭を下げるくらいならそれでもいいな。その程度で失う爵位に興味はない」


 鬼の形相というべきか。

 ダニエルは我慢ならないという感情を表情に出した。


 そりゃあそうか。

 爵位を絶対視するこいつにとって、爵位に興味がないというのは許されることじゃない。


「は、はは……君はボクを怒らせたぞ。絶対に後悔させてやる! ボクが誰だかわかっているのか!? 四大公爵家のダニエル・エルレバッハだぞ!」

「知ってるよ。けど、偉いのはお前の父親であってお前じゃない。爵位を継いで、それ相応の権力を握ってから出直してこい」

「あああああ!! 許せない! 許せない!!」


 ヒステリーでも起こしたのか、ダニエルは頭を抱えて叫ぶ。

 甘やかされて育った我儘な子供はヒステリーを起こしやすい。自分の思い通りにならないという状況に慣れていないからだ。


 ダニエルは俺を睨むと、唐突に自分の頬を思いっきり殴った。


「ぐっ……みんな! ボクはこいつに殴られたぞ!」

「は?」

「そうだろ!? ヴィルヘルム・エルネストはボクを殴ったよな!?」


 ダニエルの狂言だ。

 しかし、ダニエルの血走った目を見て、周りにいた奴らは体を震わせながら首を縦に振った。


「ボクに手を出しておいてタダで済むと思うなよ! この件は陛下にも伝えてやる! お前は終わりだ!」

「そうかい。じゃあ俺はお前が自分で殴ったって証言させてもらうよ」

「はっ! 四大公爵家であるボクと田舎貴族のお前! どっちの意見が優先されると思っているんだ? もちろんボクだ!」


 勝ち誇ったようにダニエルは笑う。

 大した奴だ。子供の喧嘩程度に親が本気で動くと思っている。


 こいつの性格から察するに確かにこいつの親は甘いんだろう。

 けど、子供のために貴族を没落させたりすれば、とんでもない醜聞だ。周りからの信用もなくなる。

 四大公爵家ではなく、単独の権威を誇っているならそんなことは問題にしないだろうけど、四大とつく以上、こいつの家に匹敵する公爵家が残り三つもある。


 付け入る隙を与えるようなことを、まっとうな政治感覚を持つ人はやらないはずだ。

 そんなことを思っていると。


「じゃあ私はあなたが自分で自分の頬を殴ったって証言するわ。そうなると陛下はどっちを信用するかしら?」


 涼やかな声が響く。

 声の方向を見ると、一人の少女が立っていた。


 赤みがかった茶色のサイドポニーが特徴的で、髪と同色の瞳が俺を真っすぐ見つめている。

 肌は白く、容姿は整っている。

 あと四、五年もすれば男が放っておかない美少女になるだろう。


 だが、そんな可憐な容姿なのに腰には細い剣を差している。

 護身用なんだろうが、それはこの場でとんでもない存在感を発していた。


「き、君は……!?」

「ごきげんよう。ダニエル。なんだか面白いことをしてるのね。私も混ぜてくれない?」


 少女は笑みを浮かべたまま、俺の隣に立つ。

 ダニエルと向き合う形をとったわけだ。それだけで少女がどっち側かは察しがつく。


 彼女のことは知っている。というか、噂を聞いている。

 もっとも、本物のヴィルヘルムの記憶ではあるが。


 彼女の名はレオナ・ローゼンハイム。

 エルネスト伯爵家と同じく北部の貴族ではあるが、我が家よりはよっぽど中央に近いため田舎扱いはされない。

 まぁ、彼女の家を田舎扱いできる家なんてこの国にはどこにもないが。

 

「い、いやだなぁ。レオナ。ボクはちょっと彼に注意をしていただけさ。別に何も面白いことなんてないよ?」

「そう? 私にはあなたが彼を脅しているように見えたけれど? それに爵位を与えたり、取り上げたりできるのは国王陛下だけなのに、さも自分の家にはそれができるかのような物言いだったわよね? これって国王陛下の権利を侵犯しているってわかっている?」

「ち、違う! そんなつもりじゃない! ボクはただ……ええい! 全部、こいつが悪いんだ! こいつが!」

「はぁ……またいつもの他人のせい。だから跡継ぎにしてもらえないのよ?」

「う、うるさい! うるさい! ボクは四大公爵家の」

「私も四大公爵家の娘よ。その論法は私には通じないわよ?」


 レオナが登場してから、場の空気はすべてレオナのモノになってしまった。

 ダニエルもレオナには勝てないらしい。

 考えてみれば当然だが。


 ダニエルの強みは爵位の高さ。

 同格の者が出てきたとき、ダニエルには胸を張れるものがない。


 レオナのローゼンハイム家は四大公爵家の一つだ。それも王家からの信頼がとくに篤い。

 ダニエルにとっては天敵に近い存在といえる。


「くそっ! くそっ! 覚えていろ! ヴィルヘルム・エルネスト!!」


 そう言ってダニエルは走ってどこかへ行ってしまう。

 取り巻きの者たちもそれを慌てて追う。


 そうして、俺とレオナだけが残された。


「ありがとう。ローゼンハイムさん。助かったよ」

「ううん。気にしないで。たまたま通りかかっただけだから」


 レオナは快活そうな笑みを浮かべる。

 素の性格的に明るいんだろう。

 同じ四大公爵家の子供なのにダニエルとはえらい違いだ。


「どうかした?」

「いや……君は彼とは違うんだなって思ってね」

「エルレバッハ家は名門としての意識が特に高いから。四大公爵家でもあの家は特殊なの。だから四大公爵家がみんなあんな感じだなんて誤解しないでくれると嬉しいな」

「なるほど。覚えておくよ」

「うん、そうして。エルネスト伯爵家の人に誤解されたなんて知ったら、お父様がショックを受けちゃうから」


 そう言ってレオナは俺に右手を差し出してくる。

 そして。


「私はレオナ・ローゼンハイム。会えて光栄だわ。ヴィルヘルム・エルネスト君」

「こちらこそ。会えて光栄だよ。まさか一日に二人の四大公爵家と知り合うとは思わなかった」

「そうね。私もこんなタイミングで君と会うとは思わなかったわ。入学してからずっと会えたらいいなって思ったけど、今日までチャンスがなかったの」

「俺に会いたいってどういうこと?」

「北部の貴族にとってエルネスト伯爵家は特別なのよ。あなたのお父様が帝国軍を止めてくれたから、北部諸侯は領地を荒らされることがなかった。大きな借りがみんなあるの」

「だから助けてくれたの?」

「別にあなたじゃなくても助けたわ。それに本当に通りかかっただけだし。今回は偶然よ。けど、困ったことがあったら相談して。ダニエルが相手なら力になれると思うから」


 レオナはニッコリと笑うとじゃあね、と告げて軽やかに走っていく。

 揺れる髪がまるで動物の尻尾に見えて、思わず猫を連想してしまう。

 気まぐれに来て、気まぐれに去る。

 ピッタリかもしれない。


 けど、猫は猫でも彼女は強力な猫だ。

 ローゼンハイム家の家紋は獅子。その家紋からわかるとおり、ローゼンハイムは武門の家なのだ。

 おそらく彼女と戦えば俺なんか瞬殺だろう。


 腰に差している剣は絶対に飾りではないのだ。


「まいったなぁ。ラッキーと見るべきか、アンラッキーと見るべきか」


 強い味方を手に入れたことは確かだが、必要以上に上級貴族と親しくなると政争に巻き込まれかねない。

 そういうドロドロしたのとは無縁でいたいのだけど。


「ダニエルに目をつけられた時点で無理か」


 少なくとも幼年学校にいる間は平穏ではないだろうなと諦め、俺は自分の寮へと引きあげた。







「はぁ……やってくれるな」


 俺は開かないドアを何度か押したあと、そう呟いた。

 ダニエルと揉めてから一週間。


 その間、小さな嫌がらせはあったが今回はちょっと手が込んでいる。

 今、俺がいるのは幼年学校の書庫だ。


 そこにダニエルたちから呼び出され、見事に閉じ込められた。

 ノームたちに頼めばドアを破ることはできるだろうけど、ドアを壊すのは申し訳ない。

 上手いことドアを開ける方法はないものだろうか。


「……外から開けてもらうのを待つか」


 少し考えて諦めた。

 この状況だ。外に出れなくて怒られるってことはないだろう。


 ただ次の授業は体育館で行う特別授業。しかも王家の人間が見学に来るって言ってた。

 いないことで不興を買わないという保証はない。

 あんまりにも助けが遅い場合はドアを破るとしよう。


 いつもなら見回りの教師とかもいるんだろうけど、この時間は一年、二年、三年ともに特別授業で二、三年は校外に出ている。当然、教師の数も少ない。

 そこら辺を見越してダニエルたちも仕掛けてきたんだろう。迂闊だった。


「細かい作業も精霊魔法で出来ればいいんだけどなぁ」


 精霊魔法はイメージと命令が重要だ。

 精霊たちはそのイメージと命令を実行する。

 大雑把な命令では望む結果は得られない場合が多い。


 この場合、適当に障害物を退けろと命令すると障害物を破壊する恐れがある。

 脱出のためでも怒られるのはごめんだ。


「レオナがそのうち気づくだろ」


 レオナは出会った日に約束してくれたとおり、ダニエルから俺を守ってくれている。

 ありがたいことだ。

 そんなレオナなら俺がいないことには気づくはずだ。

 だから大人しく待つとしよう。


「今日来る第三王子が優しいと助かるんだけどなぁ」


 第三王子マティアス・ネウストリア。

 年齢は俺とほぼ変わらない。

 平民の母を持つが現在、最も王位に近い人間だ。


 どうしてそんなことになっているかというと、王は老齢であり、第一王子と第二王子は亡くなってしまっているからだ。

 王家に男子は第三王子ともう一人。第一王子の幼い息子、つまり現王の孫だけ。

 年齢の面から考えても第三王子が次の王となるだろう。


「平民を積極的に登用することを進言するくらいだからなぁ」


 第三王子は国王に対して、軍内の優秀な人材は平民でも上層部に抜擢するべきだと説いた。

 俺と年が大して変わらないのに、だ。


 ネウストリア王国には国土を守る王国軍と、貴族の領地を守る貴族軍がある。

 貴族軍は領主の私兵に近いところがあり、王よりも領主に忠誠を誓っている。

 一方、王国軍は国境守備を任務として、王国に仕えている。


 この王国軍は領地を持たない下級貴族や平民によって構成されているが、高位の士官となると上級貴族が増えてくる。

 爵位を継げるのは一人だけなため、軍の高官というのは多くの貴族の子弟にとって魅力な椅子なのだ。

 そして息子に良い椅子を与えたい貴族たちは権力を使い、結局は上層部は貴族によって固められる。


 つまり、第三王子はそれをやめさせたほうがいいと言ったわけだ。


 国王も四年前の帝国侵攻で、王国軍が手痛い敗北を喫したのを見ているため、それを受け入れたらしい。

 おかげで第三王子は大貴族たちからは忌み嫌われているそうだ。

 平民贔屓とも言われており、それには平民であった母親が影響しているとかなんとか。

 

「改革者は嫌われるってのはどこの世界でも同じなのかねぇ」


 そんなことを呟いていると、外で音がし始めた。

 何かを動かす音だ。


 意外に早かったな。

 この感じだとレオナが教師を動かしてくれたのか?


「おい、本当にここなのか?」

「どう見ても隠れてるだろ。とにかく中を調べようぜ」


 ん?

 隠れてる?

 俺が?


 おかしいぞ。その発言は。


「よいしょっと。じゃあ開けるか」

「ん? 鍵掛かってるな。壊すか」


 ドアに近づこうとして俺は足を止める。

 ヤバいな。どうやら教師ではないらしい。


 そこに思い至ったときにはドアは無理やり破られた。

 そして見たことない大人が二人入ってきた。


「ビンゴだ。やっぱりここに逃げたガキが隠れてやがったな」

「一人か? 逃げたのは複数のはずだが……」

「まぁ、一人見つけたんだ。よしとしようぜ。おいガキ。俺らと一緒に来てもらおうか? 良いところのお坊ちゃんなんだろ?」


 あー、まずい。

 なにがまずいって状況を正確に理解できてないのがまずい。


 こいつらは敵っぽいけどどういう敵なのかがわからない。

 情報がないとさすがに動けないし。


 逃げたガキって言葉を察するに、この幼年学校で貴族の子弟を狙いに来たんだろう。

 ただここは王都の幼年学校。警備の厳重さは半端じゃない。

 侵入なんてできるはずないんだけど。


 とりあえず敵さんがどれくらい残酷か情報を仕入れるとするか。


「どうした? ビビッて声もでないのか? ああん?」

「あんまり脅かすな。大事な人質だ。おい、抵抗するなよ?」

「……人質は無事ですか?」

「ああ、無事だ。体育館にお前のお友達と一緒に仲良く縛られてるよ」


 ふむ。

 なるほどなるほど。

 人質には手を出さないというのは立派だ。まぁ、手を出したら最後。どこまでも追われるしな。


 貴族の子弟+第三王子。

 これを人質にこいつらはなにかしようとしている。


 都合がいいことにほかの学年は校外に出ていて、教師も少ない。

 いやはや、出来すぎだな。

 そして出来すぎである以上、反抗する理由を俺は見つけられなかった。


 これだけ周到な奴らだ。人質に危害を加えるリスクも承知と見た。

 逃げる際に邪魔な人質は置いていくだろうし、俺みたいな田舎貴族は見向きもされないはず。


 それに第三王子が人質だ。下手に動くのもまずいだろう。

 貴族としての価値観なんて俺には存在しないわけだが、ヴィルヘルムの価値観にもとづけば貴族は王家に忠誠を誓うものだ。

 しかも第三王子は次期国王候補。危険にはさらせない。


「わかりました。抵抗はしません」


 そう言って俺は両手をあげる。

 そんな俺を見て、二人は満足そうに笑う。

 だが。


『エアリアル・ブレス!!』


 突風が吹き荒れる、

 それは男たちを襲い、一気に奥の壁まで吹き飛ばした。


 風系統の古代語魔法。

 中級の古代語魔法だが、幼年学校の生徒で使えるのはごく少数。

 俺の知り合いだと一人だけ。


「大丈夫!? ヴィル君!」


 魔法を放った生徒、レオナがそう言って書庫に入ってきた。

 どうやら逃げた生徒の一人はレオナだったらしい。


 はぁ。

 友達になる相手を間違えたな。完全に。


「たった今、大丈夫じゃなくなったよ……」

「どういうこと?」

「いや気にしないで」


 レオナが不思議そうに首をかしげる。そうだよな。いくら大人びていてもこの子はまだ十歳。

 相手の目的までは推察できないか。


「とりあえず逃げよう。身の安全を確保するのが先決だ」

「逃げるの? あいつらから情報を引き出してからのほうがいいんじゃない?」

「それも一つの手だけど逃げたほうが賢明だ。欲を出すと碌なことにならない」


 不意打ちで魔法を食らい、男たちは伸びているがいつ目を覚ますかわからない。

 それにこいつらがどれくらいの実力者なのかも不明だ。


 敵があいつらだけならまだしも、そうじゃない。

 音を聞きつけ、すぐに増援もくるはず。


 そこら辺を説明している暇もないため、俺はレオナの手を握って無理やり、書庫から出た。


「ところでヴィル君。どうしてあんなところにいたの?」


 走っている最中、そんなことをレオナが聞いてきた。

 度胸があるというか。鈍いというか。

 この状況でよく平然としていられるな。

 さすがは武門の家のお嬢様。鍛え方が違うらしい。


「閉じ込められてたんだ。ダニエルに。おかげで捕まらずに済んだけど」

「懲りないなぁ」

「逃げ出したのは君だけ?」

「ううん。あと一人、友達一緒に隙を見て逃げ出したわ。逃げてる途中ではぐれちゃったけど」

「つまり逃亡者は三人か……怒ってるだろうなぁ」


 綿密な計画が子供のせいで台無しにされたら、頭にくるはずだ。

 最悪、殺してもいいという指示が出るかもしれない。


 まいったなぁ。

 状況は一気に最悪な方向へ転がったぞ。


「このまま外に出る方法を考えよう。軍に出動してもらって、あとは彼らに任せよう」

「それだと何も変わらないわ。王子が人質になっているなら、軍だってどうしようもないもの」

「それをどうにかするのが軍の仕事だよ」

「貴族の仕事でもあるわ」


 そう言ってレオナは笑みを浮かべる。

 ひどく好戦的な笑みだ。

 獰猛な獅子の笑みを連想して、俺は思わず天を仰ぎたくなった。


「まさかとは思うけど……」

「私たちで助けましょ。殿下もみんなも」







「助けるってどうやって?」


 無策で突っ込むのは自殺行為だ。

 そもそも抵抗自体が自殺行為に思えるけど。


「とりあえず私の友達と合流しましょう。さすがに二人じゃ人手不足だし」

「で、もう一人の行方は?」

「……歩いて探せば見つかるわ。きっと」


 最後のほうは自信なさそうだ。

 俺が軽く目を細めると、レオナはむっとした表情を見せる。


「そういうヴィル君には策があるの?」

「このまま外に出て軍を呼ぶ。人手はそれで足りるだろ?」

「それ以外の手よ。私たちは貴族。裕福な暮らしをしている代わりに、国と王家と民を守る義務があるわ。もちろんヴィル君にもね。」

「はぁ……しょうがない」


 どうせ止めても一人でやるとか言い出すんだろうし、俺一人だけ外に逃げるのも忍びない。

 出来る限り穏便に解決する方向で協力するとしよう。


「なるべく戦闘は避ける。それが条件だ」

「わかったわ! それで策はあるの?」

「まぁ、ないこともないかな。ただ、その前に君の友達と合流を急ごう」


 そう言って俺は心の中でノームに呼び掛ける。


『どうしたの?』

『仕事か!』

『何をしますか?』


 いつもの声が聞こえてきた。

 それにホッとしつつ、俺はずっと考えてきたことを問いかけた。

 土で地図を作れるか、と。


『作れるよ!』

『余裕余裕!』

『問題ありません!』


 快活な返事に満足しつつ、俺はノームに命令を下す。


『大地の精霊よ。我が前に地図を現せ』


 命令を下すとすぐに床が変化して、立体的な学校の地図へと移り変わる。砂浜で作る砂の城みたいなもんだ。ジオラマといってもいいだろう。

 そこには小さな人形があり、学校にいる人々の立ち位置を示していた。


「すごい! これって学校の地図よね?」

「そのとおり。地に足がついているなら、大地の精霊で察知できると思ったけどビンゴだったね」


 やったことはなかったけど、できるだろうなとは思っていた。

 大地の精霊は大地そのものだ。

 そこに立っている以上、すべては精霊の影響下にある。


 そしてその精霊を俺は思いのままに操れる。

 つまり大地に立っている以上、俺の影響下にあるってことだ。


 ただし、これを見ながら遠隔攻撃というのは難しい。

 土人形が誰を示しているのかわからないからだ。


 なんとなくいる場所で想像はつくが、間違って第三王子を攻撃なんてしたら目も当てられない。

 それに攻撃にはイメージが必要だ。そして直接目で見たほうがイメージはしやすい。

 だから攻撃は目視してからということになる。

 

 もっと精霊魔法に慣れれば、色々なこともできるんだろうけど、今はこれが精いっぱい。

 ただしそれで充分でもある。


「どう見ても追われてるこれが生徒だろうし、合流しよう」


 ゆっくりとだが土人形は動いており、そのうちいくつかは止まっている。

 しかし、一体の土人形を数体の土人形が追っている。

 追われているのが生徒と見るのが常識的だろう。


「けど、私たちまで捕まる可能性があるわよ?」

「大丈夫。上手く誤魔化せると思うから」


 レオナは俺の言葉に納得したのか、小さく笑うと腰にある剣をたたく。


「もしも戦闘になっても任せて。私、魔法だけじゃなくて剣も自信あるから」

「そうならないことを祈るよ」

「なによー。信用してないの?」

「戦闘なんて起きないほうがいいって意味さ。信用はしてるよ」


 心の中である程度、と付け加える。

 どれだけ強かろうが所詮は十歳。

 体力面じゃ勝負にはならない。


 一時はいい勝負には持ち込めても、そこまでだ。

 戦闘というカードは極力使わないに越したことはない。


「じゃあ行こうか。友達の下へ」




■■■




 土の地図をA4用紙サイズまで縮小し、俺とレオナは学校を走る。

 土人形によって敵の位置は大体把握できているため捕まることはなかったが、その分、移動に時間がかかった。


「追い詰められ始めたな……」

「急がないと!」


 追われている生徒は、徐々に逃げ道がないほうに追い込まれている。

 相手のほうが人数が多いため、それは仕方ないことだろう。


 レオナはそういうが、俺は首を横に振る。

 別に考えがあるとかそういうんじゃなくて。


「疲れた……。もうちょっとゆっくり行こう……」

「もう……情けないわね」


 ヴィルヘルムは体力がない。

 そもそも小太りという動くには適さない体だ。身軽なレオナと同じペースじゃ走れない。


「あんまり走ると足音でバレるし、歩くべきだ」

「私の友達が捕まっちゃうわよ?」

「平気さ。もうすぐ近くだし」

「敵に迫られた状態で合流する気?」

「敵の位置は関係ないさ」


 そう言って俺は通路を右に曲がる。

 すると、遠目に逃げている少年が見えた。

 俺たちと同じ制服を着ている。

 ただし、顔には疲労が見える。体力の限界といったところか。


 少年は俺たちに気づいたのか、驚いたように目を見開く。

 だが驚いている暇はない。

 身振りでこっちに来るように伝えると、俺は床に手をつき下準備をする。


『大地の精霊よ。穴を開けろ』


 すると、俺とレオナの近くにぽっかりと穴ができる。子供が数人入るには十分な広さと深さがある。

 俺はそれに飛び込む。


「急いで!」

「見つかっちゃうわよ!」

「大丈夫だから!」

「ああもう! 失敗したら絶交だからね!」


 レオナはそんなことを言いながら、穴に飛び込む。

 そのあとに続いて、少年も飛び込んできた。

 思いっきりがよくて助かる。


 いくら偽装しようと、偽装しているところを見られたらバレてしまう。


『大地の精霊よ。蓋を作れ』


 簡易な命令だ。

 それに従って、元の床が上にできあがる。

 それによって俺たちは地下室に隠れる形となった。


 地下室は明かりを発する石によって、一定の明るさを保っている。


「どこだ!?」

「この近くにいるはずだ! 探せ!」

「くそっ! 見失うなんて!」


 上で追手が悪態をつきながら捜索を続ける。

 それを聞きつつ、俺は土の地図に集中する。


 まだまだ土人形は近くにある。

 それまではここで待機だろうな。


「あ、ありがとう……助かったよ……」

「どういたしまして。けどお礼なら彼女に言ってくれ」

「無事でよかったわ。ジーク」

「ああ、君も無事でよかったよ。レオナ」


 そう言って少年は爽やかな笑みを浮かべた。

 藍色の髪に同色の瞳を持つ美少年であり、おそらくこれから美男子に成長するだろう。

 容姿格差に思わずため息を吐きたくなる。それくらい良い男だ。


「紹介するわね。ヴィル君。彼はジークベルト・レイナルド。四大公爵家、レイナルド家の息子よ」

「はじめまして。ジークベルト・レイナルドです。大体の人はジークと呼ぶので、そう呼んでほしいな」

「はじめまして。ヴィルヘルム・エルネストだ。俺もヴィルでいいよ。レオナもそう呼ぶから」


 四大公爵家とは思えない気さくさで自己紹介するジークに、俺もそれなりに気さくな対応をする。

 イケメンで性格もいいとか、完璧だな。ジークは。

 まぁ俺は大人だから嫉妬なんてしないけど。


「逃げれたのは僕らだけみたいだけど、今後の方針は?」

「殿下もみんなも救い出すわ」

「策はあるのかい?」

「ヴィル君が考えてあるわ」

「自信満々に人を頼るのをやめてもらえないかなぁ。あんまり期待しないで。大した策じゃないから」

「英雄カール・エルネストの息子の策だ。それは無理な相談だよ」


 そう言ってジークは笑う。

 爽やかな奴だ。他のやつに言われたらイラっとしそうなのに、ジークに言われると嫌な気分にならない。

 これも持って生まれた才能というやつか。


 人に好かれやすいというのは上に立つ者にとって、大事な要素だ。

 それをジークは持っているらしい。

 けど、今はそういうジークの性格が邪魔だ。

 たぶん、反対するだろうから。俺の作戦に。


「先に言っておくけど、これが一番成功率の高い作戦だと思う。そのうえで言うんだけど……俺が囮になる。二人はその隙に人質を救出して。ルートは俺が作るから」


 そういうと二人はものの見事に渋い顔した。

 やっぱりな。

 二人ならそういう表情を見せると思ったよ。


 けど、誰かが囮になる必要がある。

 そうなると俺が適任だ。


 別にやりたいわけじゃないが、俺が適任ならやるしかない。

 さて、説得するとしますか。







 二人の猛反対を的確に封じ込め、囮役は俺ということを納得させた。

 さすがに二十代まで生きたのだ。十歳の子供に口じゃ負けない。


 すでに体育館と外のグラウンドを繋ぐトンネルを掘ってある。

 俺が敵の気を引いたところで、レオナとジークがそこから人質を救助する作戦だ。


 問題はどれくらい注意を引けるか。その一点だ。

 一年生は二クラス、約六十人くらいいるし、そこに第三王子の護衛や教師もいる。

 その人数が逃げるのを気づかせないようにするには、敵の目を完全に釘付けにしなければいけない。


 体育館にいる敵の数は最低でも十人。

 俺一人がいくら暴れたところで、数人は人質の傍にいるだろう。それではいけない。

 なので。


「土の騎士を作ってみました」

「ひぃぃぃぃ!!??」


 体育館の入り口。

 そこを守る二人の敵を二体の土の騎士が吹き飛ばす。


 ゴーレムの騎士バージョンだ。

 大きさは平均的な成人男性よりもやや大きい程度。

 ゴーレムほどの力強さはないが、滑らかな動きを可能にしている。


 この二体の土の騎士を付き従え、俺は真正面から体育館に侵入した。

 体育館の端に人質が集められている。手は縛られているようだが、足は平気そうだ。あれなら逃げるのに苦労はしないだろう。


「なんだ!?」

「襲撃だ!」

「軍がもう来たのか!?」


 別の場所を警戒していた敵がぞろぞろと集まってくる。

 一人、中年の男だけがまったく慌てていない。

 目元に傷があり、歴戦の戦士といった風貌だ。


 体も大きく、土の騎士よりも大きいかもしれない。

 その背には大きな剣が背負われている。


 おそらくあれが敵のリーダーだろうな。


「慌てるな。子供がはしゃいでいるだけだ」

「はしゃいでいるのはそちらでしょ? 子供を人質にして何をする気ですか?」

「お前には関係のないことだ」

「関係はありますよ。これでも貴族ですからね」


 俺とリーダーの視線が交錯する。

 互いに互いを見定めている状況だ。


 どうにか手ごわいと思わせないといけない。

 それができれば俺の勝ちだ。


「貴族か……子供がいっぱしの口を聞くもんだな。王子を守る騎士気分か? 俺たち平民にはわからない気分だな」

「そこまで自惚れてはいませんよ。ただ、貴族としての義務を果たさなければいけないと思っているだけです。父のように」

「父? ふっ、面白い。名を聞いてやろう」


 ゆっくりと俺は前に出る。

 それに従って土の騎士たちも一歩ずつ進む。


 なるべく目立つように俺ははっきりと大きな声で告げる。


「俺の名はヴィルヘルム・エルネスト。父の名はカール・エルネスト。その名に恐れを抱かないならかかってこい!」

「え、エルネスト!?」

「〝霧のネーベルヴァルトの悪魔〟の息子!?」


 おっと、だいぶこいつらの正体が見えたな。

 我が王国では〝霧の森の英雄〟と呼ぶ。悪魔と呼ぶ国は一つ。やられた側の帝国だ。


 つまりこいつらは帝国人。

 どうして帝国がこんなところに手を出してくるのか?

 たぶんだが第三王子を王位につけたくないんだろう。

 優秀な平民が軍上層部に来てしまえば、王国軍が強化される。それは帝国としては避けたいところだ。


 おそらく暗殺できなくとも、拉致もしくは平民に対する悪感情を植え付けたいと思っているんだろう。

 だから平民で構成された部隊を送り込んだ。そんなところだろう。


「うろたえるんじゃねぇ! 本人じゃねぇ! その息子だ! 英雄の息子が英雄とは限らねぇ! 見ろ! 強そうに見えるのか!?」

「で、ですが隊長……あいつの父親は十万の軍を相手に一歩も退かなかった男ですぜ?」

「ガキ相手になにを怯える!? そんなに怖いなら全員で掛かれ! 何か秘策があったとしても、数には勝てねぇよ!」


 そう言ってリーダーはその場にいた部下全員を俺に差し向けた。

 よしよし。いい展開だ。

 護衛は引きはがした。あとはこれを持続させるだけだ。


「始めろ!」


 土の騎士たちに前進を指示する。同時に、これはレオナたちへの合図でもある。


 土の騎士たちは自動で戦う。操作する必要はない。

 問題は土の騎士だけじゃ抑えきれない敵がいるということ。


 向かってきたのは十人。指示出しとしてリーダーは後ろに残っているから、敵の総勢は十一人ということになる。

 土の騎士は四人ずつ食い止めるが、二人の突破を許す。


 俺は床に手をつき、素早く精霊に命令を下す。


『大地の精霊よ。縛れ』


 すぐに床の一部がロープのようなものに変化して、向かってきた二人の足をからめとる。


「気をつけろ! 土の精霊魔法だ! 足を止めるな!」


 すぐにリーダーの指示が飛ぶ。

 戦い慣れているな。対策もばっちりってことか。


 土の精霊魔法は発動が遅いため、動いてる敵と戦うのには向いていない。

 さきほど縛った二人も、ロープを剣で切ってもう立ち上がっている。


 王都に侵入し、幼年学校を制圧しただけのことはある。

 掛け値なしに強いな。


 まだ人質の救出は禄に進んでない。

 もっと時間を稼がないとだな。


『大地の精霊よ。縛れ』


 土の騎士と戦っている奴らに狙いを定める。

 さすがに土の騎士と戦っている最中では下からの攻撃は避けられなかったのか、二人の敵がロープにからめとられ、土の騎士の一撃を食らってノックダウンする。


「ガキだ! ガキを狙え!」


 指示を受けた一人が、猛スピードで俺に迫る。

 相手は剣を持っている大人で、こっちは丸腰の子供。

 接近戦じゃ勝ち目はない。相手もそれがわかっているから突っ込んでくるんだろうが。


「さすがに甘い」


 俺は数歩下がる。

 すると、今まで俺がいた場所に男が達し、そのまま床が抜けて落とし穴に落ちていった。


「うわぁぁぁ!!??」

「子供の重さにギリギリ耐えられる程度の床だからな。大人が踏み込めばそうなるさ」


 事前に用意しておいた落とし穴だ。

 敵さんが突っ込んでくるのは目に見えていたし、それぐらいの準備はしている。


 深さは結構あるし、這い上がることは不可能だろう。

 これで残るはリーダーを含めて八人。


 まだ八人か。

 チラリと人質の方を見れば、ようやく半分程度が脱出したというところ。

 敵は気づいていないが、そろそろ気づかれてもおかしくはない。


 人質になっているのは子供たちだ。

 いくら静かにと言っても。


「早くしろ! ボクが逃げれないだろ!」


 感情を抑えられずに声を出してしまう奴もいる。

 だいたい想像はできていた。声を出すのはダニエルみたいなやつだろうな、と。


 声を聞き、リーダーが後ろを振り返る。

 そして人質の多くがいないことに気づく。


 その瞬間、俺は床に両手をついた。


『大地の精霊よ。壁を作れ』


 体育館を二つに区切る壁が現れ、俺たち側と人質側が完全に隔離される。

 とはいえ分厚い壁じゃない。こいつらが本気で壊しにかかれば、すぐに穴が開くだろう。

 けど、今はそれで充分だ。そもそもそんなことは相手にはわからない。


「バレちゃ仕方ない。しばらく俺と遊んでもらうぞ」

「クソガキが……! そいつを倒せ! そうすれば壁も消えるはずだ!」


 残念。

 俺を倒したところで壁は消えない。

 精霊が物質を変化させたものであって、無から作り出したものじゃないからだ。


 それを教えてやる必要はないし、教える気もない。

 せいぜい付き合ってもらうとしよう。


 リーダーは大剣を構えると、俺目掛けて突っ込んでくる。

 それを見て、また数歩下がる。


 しかし、リーダーは横に転がるようにして俺が仕掛けていた落とし穴を回避した。

 ガチだな。こいつ。

 十歳の子供に本気になるなよ。大人気ない。


 そんな他愛のないことを思っていると。

 思いっきり蹴られた。


 咄嗟に左手でガードするが、衝撃は殺せず吹っ飛ばされてゴロゴロと転がる。


「がっ……!」

「舐めた真似をしてくれる! 今すぐあの壁を消せ!」

「冗談言うなよ……誰がするか」


 とりあえず言い返してみるが、体が痛くて仕方ない。

 ああ、本当にこういうのが嫌だから戦闘なんてしたくないんだ。


 なにが楽しくて痛い思いをしなくちゃいけないってんだ。

 この土精霊魔法を使って、領地を豊かにして楽しく暮らす。それが俺のプランだったはずなのに、こんなところでテロリストと戦っている。


 まったく。

 友達選びを間違えたせいで、トラブルだらけだ。

 けど、だからといってここでこいつらに協力するわけにはいかない。


 自分で言いだしたんだ。最後までやり通してやる。


「もっと痛い目を見れば壁を壊す気になるか?」

「やってみろ。絶対に壊したりしない」


 そんな風に強がったとき、突風が壁を突き破って吹き荒れた。

 レオナの魔法だ。

 それが壁を壊した。


 俺が作った壁を、だ。

 なにをやってるんだ。あの子は。


「人質となっていた者たちはすべて解放された。あとはお前だけだ。ヴィルヘルム・エルネスト」


 壁の穴から入ってきたのは見慣れない少年だった。

 容姿は端麗で煌びやかな金髪にアイスブルーの瞳を持ち、その立ち姿には威厳と覇気が備わっている。

 着ている服も制服ではない。


 間違いなく彼が第三王子マティアスだろう。


「これはこれは。第三王子殿下。逃げれたのに戻ってくるとはどういった心境の変化だ?」

「貴族が王族を守る義務があるならば、王族には貴族を守る義務がある。見捨てて逃げれば、俺は臆病者として末代まで笑われる。そんなことには耐えられないのでな」

「ふん、プライドが許さなかったってことか。馬鹿な王子だ」

「なんとでも言え。我が王家はエルネスト伯爵家を一度見捨てている。二度は断じて見捨てん」


 マティアスがそういうと、後ろからレオナとジークが現れた。

 その周りにはマティアスの護衛と思わしき者たちもいる。


 まだこっちの土の騎士は健在だし、いい勝負になるかもしれない。

 けど、王子に万が一のことがあったら事だ。いや、王子だけじゃない。レオナもジークも四大公爵家。その身に何かあれば国の行く末に関わる。


「それで俺たちと戦うと? 俺たちの目的はあんただと知っているだろ?」

「知っている。お前たちが帝国か皇国に雇われ、俺のことが気にくわない大貴族の協力を得て侵入してきたということも、平民に悪感情を抱かせるためにわざわざ平民だけの部隊で来たということも承知の上だ」

「そこまで察していたか……聡いな。だが、その聡さが命取りだ。もはやあんたを殺す以外に道はないようだ」

「やれるものならやってみろ。王都はもちろん、この場からも逃がしはしない」

「それはこっちの台詞だ!」


 もはや俺への興味を失ったのか、誰も俺には目をくれない。

 だがそんな俺にも強力な味方がいた。


『僕らを使って』


 それは今までで一番大きな声だった。

 見れば、体育館のあちこちにノームの姿が見える。


『君の危機にみんな集まった。僕らを使って』

『俺らを使ってやっつけろ!』

『それでバランスが保たれます。大地は力を取り戻す』


 言っている意味がちょっとわからないが、使えと言われるなら使ってやる。

 正直、もう魔力も底をつきかけているが。

 あと一度くらいなら大丈夫だろう。


「全員、第三王子だけを狙え!」

「構えろ! 賊を討つぞ!」


 互いが身構え、戦闘準備を整えたとき。

 俺は大声でノームたちに命令した。


『大地の精霊よ! 我が前の敵を打ち倒せ!』


 大雑把な命令だ。

 ただイメージはあった。


 そしてそのイメージはしっかりと精霊によって具現化させられる。

 体育館の一部が変形し、巨人の腕へと変わる。

 そしてまるで埃を払うからのような仕草で、残る敵を一斉に弾き飛ばした。

 それで役目は終わりとばかりに、腕は元の体育館の一部へと戻る。


 あとに残ったのは唖然とする第三王子たちと、巨大な腕に吹き飛ばされて気絶した敵。

 そして満身創痍の俺だけだった。


「……見事だ。ヴィルヘルム・エルネスト伯爵公子」

「お褒めの言葉、ありがたく受け取ります……」


 左腕をさすりながら俺はマティアスに答える。

 そんな俺を見て、マティアスはフッと笑う。


 これが俺とマティアス王子の出会いだった。


 このときはまだ知らなかった。

 この人との縁がまだまだ続くということを……。 








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