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ルーズフォーカス(「叢雲」番外・須刈アキラ 編)  作者: 来栖らいか
【第2章 キリアン】
8/25

〔2〕

 マジソン・スクエアガーデン方面を目指して三ブロックほど走り、周辺の好ましくない状況に気が付いたアキラは足を止めた。

 もとよりニューヨークの町並みに詳しいはずもなく、夜のとばりと雨の暗さが行きたいと思った方向への正常な判断を誤らせてしまったようだ。見回せば華やかなネオンと明るい人の話し声は絶え、暗く明滅する怪しげなネオンと饐えた匂いの充満する人気のない路地へと迷い込んでいた。

「何だか、ヤバそうな所だな」

 どう見ても旅行者を歓迎しそうもない空気を察し、周りを見回す。

 表通りに出るためには、どの方向に行けばいいのだろうか? 闇雲に歩いては、ことさら悪い状況を招く事になりかねない。

 夢中で走ってきた為に話し掛ける事もしなかった少年を改めて見ると、蒼白な顔をして小刻みに震えている。

 右手はアキラの手を握りしめ、左手は頼るようにシャツを強く掴んでいた。

「心配すんなよ、置いてきゃしないからさ。君、名前は?」

「キリアン」

「年は?」

「十四」

 聞く方もおぼつかない英語だが、答える方もどうやら英語圏の人間ではない気がする。

 かぼそい声には生気がなく、かなりの疲労が見て取れた。

 夜になって、雨に煽られた風が身体を冷やし始めている。せめてタクシーの拾えるところへ出なければと、アキラが来た道を探ろうとしたとき石畳を蹴る甲高い靴音が近づいてきた。

「嘘だろ? おい!」

 一人の男の姿が派手なピンク色のネオンに浮かび上がった。

 ターミナルで床に払い倒した男……。

 無線らしき物に向かって何かを叫んでいるが、やはり英語には聞こえない。どこの言葉だろうか?

 ふと頭をよぎった考えに、捕らわれている暇はなかった。方向などかまわず路地の隙間に滑り込む。

 距離を離す方が、先だ。

 それにしてもと、アキラは疑問を抱いた。なんと鮮やかに、あの男達は後を追ってくる事が出来るのだろうか? 逃走する者は無意識に一定の行動を取ると、聞いたことがある。もしそれを踏まえ、後を追い、先回りしているとしたら? 

 つまりは追跡のプロ……逃げおおせる訳がない。

 逃走者の心理を知っていれば裏をかくことも出来るかも知れないが、いかんせん自分は素人なのだ。

 狭い路地が切れそうなところに、表通りらしき明かりが見えてきた。ほっと息を付いたのも束の間、明かりは人影に遮られる。

 やられた、と、アキラは立ち止まった。

 素人にはこれが限界か? 後ろからの追っ手に挟まれ、申し訳ない気持ちで少年を見た。

 すがるような瞳。

「ここまで来たんだ、もう一頑張りしてみるか」

 前後を挟まれ立ちつくす二人に追っ手の男達は走るのを止め、ゆっくりと歩きながら近付いてくる。

 アキラは一メートルほど後に下がった。

 横目でとらえた小さなネオン、『ドラゴン・テイル』。

 酒場だろうか、アパートメントらしき建物の半地下に隠れ頑丈そうな木の扉が見える……。

 一か八か、願わくば誰か助けてくれと祈るような気持ちで地下に飛び込み、勢いよく扉をたたいた。

 小さな覗き窓が開き、いぶかしそうに目を細めた男が顔を出した。視線の先が少し下を向き、意外な訪問客に眉をひそめる。

「場違いだ、帰れ」といわんばかりに覗き窓を閉じる前に、アキラが叫んだ。

「キッド・ナップ(児童誘拐犯)だ! 捕まったら売り飛ばされる!」

 男の目が見開かれ、パーカーの少年とアキラを交互に見た。

 咄嗟に思いついた、助けを求める理由は無理があったか? 

 無念の息を飲んだその時、扉が少し開いた。

「奥に入れ!」

 低いだみ声に安堵する間もなく、毛深い太い腕が二人を中に引きずり込み扉を再び固く閉じる。

 暗い照明と、つんと鼻につく、きついタバコの匂い。

 まとわりつくアルコールと体臭が混じり合った空気に、路地裏にある汚物のような嫌悪感を感じた。

 手狭なバーといったところか? 妖しい雰囲気ではあるが、この場は安全を確保してくれるつもりのようだ。中で物憂げにグラスを傾けているのは五人ほど。皆、体格の良い一癖ありそうな強面をしている。

 ただ、カウンターの中にいる人物だけは、かなり年輩の品の良い紳士だった。

 アキラは腕を引いた男に促されるまま奥のボックス席に身を隠した。間髪を入れず扉を激しく叩く音が響き、その男は覗き窓の扉を持ち上げる。

「その子達を、渡してもらおう」

「いやだね」

 黒服の男の、居丈高な物言いに冷静な声で答える。

「武力行使も示さんぞ」

 はっはっは、と、酒場の男が笑った。

「やってみな、ここは海兵隊崩れの溜まり場だ。みんな腕にはそれなりに自信があるし、武器もある。おまえさん達が、まっとうな連中でないなら死んじまっても誰も文句は言わないだろうしなぁ」

 男と話していた追っ手の一人は、振り向いて何事かを外国の言葉で後ろに伝えているようだ。

 しばらくして、「わかった、引き上げよう」と、扉の向こうから声がした。

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