〔5〕
海のある方角から、灰色の雲が流れてくる。茜色に染まる空は徐々に暗さを増し、民家やビルの窓に点る明かりが増えてきた。
車が高速に乗ったところで、少し開いたドアウィンドウから冷たくなった風を受けていたアキラが窓を閉める。
「ところで、報道部に鷺ノ宮というカメラマンが居ただろう?」
それまで事件後の学園の様子を聞いていた神崎は、思いついてアキラに尋ねた。
「はぁ……会いましたよ」
「彼とは話をしなかったのかい?」
「別に、何も」
しかしアキラは、興味なさそうな返事を返す。
「残念だな、君とは話が合いそうだと思っていたんだが」
時折入る警察無線に耳を傾けながら、窓の外を見ているその表情は変わらない。
変わらないが故に、何かあったなと、神崎は思った。
署内で鷺ノ宮の話題と言えば、現場で警官と喧嘩したとか、立入禁止の場所を無許可で撮影したとか、あまり良い噂がない。神崎が機動隊にいた頃、勝手に制服を拝借して暴力団事務所の一斉検挙に紛れ込んだこともあった。
時間があれば県警内にある道場で柔道の稽古をしているその体格は、神崎よりも機動隊員の制服がむしろふさわしくさえあり、いつものだらしない格好よりはすらりとした長身とがっちりした体格を際だたせていた。
しかし常に危険に身をさらし、まるで死に急いでいるように見えるのだ。
相通じる所など何もないはずだった。
それでも鷺ノ宮とアキラは同じ匂いがするのだ。
喩えて言うならば、それは硝煙の匂い。生死を分かつ、現場の匂いだ。
その正体を神崎は、知りたいと思った。
「成田に迎えに行くのは、海外の友達かい?」
「ええキューバの友人で、何時もコーヒー豆を送ってくれている人ですよ。今度、日本の商社と取り引きすることになって商談に来るんです。今夜は成田にホテルを取ったから、泊まりに来いと言われて……久しぶりだから、ゆっくり話したいと言うんですよ」
神崎は、写真部で出してもらった美味しいコーヒーの甘い香りを思い出した。
「そうか、あのコーヒーは確かに旨かったな。店頭で手に入れられるようになるのか」
「神崎さんになら、いつでも俺が送ってあげますよ」
めずらしく、屈託のない笑顔だ。
その少年らしさに、神崎は今考えていた懸念は間違いなのかもしれないと思う。
「ところでその人はどういった友人なんだい?」
だがその笑顔は神崎の言葉にすっと、冷笑的なものに変化した。
「うーん、職務質問ですか?」
「まさか。からかうなよ、単に個人的な好奇心さ。話したくないならいいんだ」
暫く間をおいて、アキラは答えた。
「アメリカで、世話になった人です」
アメリカで半年間行方不明になり、戻って来た話を神崎も知っていた。
警察にも、両親にも、何処にいたか、何があったか決して語らないその理由に興味をそそられたが、敢えてその話題には触れずに、ふうん、と、神崎は相づちをうった。