〔4〕
報道部を後にしたアキラは、ふと立ち止まり考えた。
署内に捜査一課の刑事である神崎が居る確証は、何もない。だが、あのカメラマンにこれ以上絡まれるのも面倒だった。
灰色の長く暗い廊下を歩きながら、漠然とした苛立ちを頭から拭い去ろうとする。
しかし、鷺ノ宮の言葉が小さな棘のように神経を逆撫で、その存在に対する腹立だしさが抑えられなかった。
馬鹿馬鹿しい、と、アキラは自嘲気味に笑う。
どうでも良い、深く考えるな。それ以外に自分を保つ方法はないのだから……。
報道部のゲストプレートを付けているとはいえ、一人でうろうろと歩き回るわけにも行かない。取り敢えず受付に戻り神崎を捜してみようと、アキラは踵を返した。
受付の婦警が、にこやかに刑事課に問い合わせてくれたので、幸いにも署内にいた神崎が直ぐにやってきた。
「やあ、アキラ君。俺に何か用かい?」
神崎は親しみを込めた笑顔で、アキラを名前で呼んだ。
「お忙しいところ、申し訳ありません。先日頼まれた事件資料を纏めてきましたから、直接お渡ししたくて」
そうだった、と、神崎は頭をかく。『叢雲』の事件でアキラが手に入れた情報を、経緯を含め文書にしてくれるように頼んであったのだ。
「わざわざ、来てくれたのか……所轄署に取りに行ってもらうか、俺が出向いて受け取るかするつもりだったんだ」
「ついでがあったんですよ。今日は報道部にいる佐野の叔父さんに、会いに来たんです」
「ああそうか、石井さんだね。そちらの用は、もう済んだのかい?」
アキラはメモリースティックを、神崎に手渡す。
「佐野は、まだ報道部にいますけど俺の用は済んだので……先に帰るつもりです」
佐野と石井氏には申し訳ないが、鷺ノ宮と顔を合わせたくない。報道部に戻らずにアキラは、帰ろうと思っていた。
「何だか悪かったなぁ。俺に時間があれば署内を案内してあげるんだけど、生憎これから成田空港までアメリカに研修に行ってた先輩を迎えに行かなくてはならないんだ」
「成田に? 俺も友人を迎えに夕方、成田に行くんですよ」
「何時の便だい?」
「十八時三十分着です。」
神崎は「なあんだ」と言って、笑った。
「俺の迎えの便と、そう時間が変わらないな。良かったら送っていくよ。都合、悪いかい?」
「神崎さんの車ですか? それとも警察車両ですか?」
「パトカーに乗りたいのかい? 残念ながら、警察車両だがパトカーではないよ」
からかうような口調に、アキラは肩をすくめる。
「小学生じゃないんですから、パトカーに乗せてくれなんて言いませんよ。パンダカラーの車でないなら是非お願いします」
渋滞を見越し、すぐに出るから外で待つようにと言って、神崎は刑事課に戻っていった。
アキラは受付で報道部に連絡を取ってもらい、電話口に出た石井に事情を説明してから 正面入り口の前で神崎を待った。
時間的には余裕があるが、見上げた空の雲行きが怪しい。
成田空港まで、渋滞に巻き込まれない限りここから二時間もあれば着けるはずだ。しかし雨ともなれば、順調にはいかない。
運転席の窓から手を挙げ合図した神崎の車に近づき、アキラは窓越しに尋ねた。
「助手席に座っても良いですか?」
「いいとも」
警察車両の助手席に座れるのは、ちょっと嬉しい。
わずかな高揚感は、すぐに見抜かれ神崎が微笑んだ。少し居心地の悪さを覚えが、不思議と悪い気分では無かった。