〔1〕
日本の両親には、旅行中の事故で入院していると知らされていた。
恐らく捏造された情報だろうが、入院先の町で感染性の高い病気が流行していると、両親の渡米と面会は国の厚生省から禁じられていたらしい。
空港で涙を流す両親に迎えられたアキラは、複雑だが温かい気持ちに満たされた。
自分は変わったと思う。
いや、思いたかった。
鏡の前で長く伸びた前髪を掻き分け、眉間に残る三日月型の白い傷跡を事あるごとに確認する。
これは刻印だった、自らが犯した過ちの贖罪なのだ。
今まで見過ごしてきたことに怒りを持つようになった。己の無力を呪い、強くなりたいと願った。
だが、以前のように真っ直ぐな気持ちを持つことが出来なくなっていた。
ある日、暴力的な父親が些細なことで暴れ出し、母や弟を殴ろうとしたとき。アキラは自然に母の前に立ち振り下ろされた腕を掴んでいた。
今まで身体を抑えるだけだったアキラの、明らかに反意を持つ行動に父親は驚きアキラを罵ったが、昔のような畏怖の気持ちを持つことはなかった。腕を振り回す父をかわしながら、母と弟を守った。
息を切らせ敗北を悟った父親は、憮然として部屋を出て行くと数日家に戻らなかった。
その後、父親は留守がちになったが、やはり母は何も言わない。
時折アキラに向けられるもの言いたげな眼は、決して責めてはいなかったが寂しそうだった。
現状は簡単には変えられない。
しかし、変えるためにやらなくてはいけないことがある。
その為に踏み出す最初の一歩が、果てしなく遠い。
少しでも、進みたかった。それしか出来ることは、ないのだ。
あの少女のためにも……。
帰国して半年が経ったころ、一通のエアメールが届いた。
差出人の名に心当たりはなかったが、封を切り文面を読んだアキラの手が震える。懐かしい、ジェフ・ヘイワードからの手紙だった。
『日本に来る予定があるので会いたい。直接、渡したいものがある』
胸の奥、刺すような痛みを意識しながら、アキラはジェフが日本に来る日を確かめた。




