〔2〕
『叢雲学園高等部』写真部三年のアキラが同じ部の友人である佐野和紀と一緒に県警報道部を訪ねた理由は、在籍する佐野の叔父の同僚に来春受験する大学出身のカメラマンがいると聞いたからだ。
同じ大学を受けると知った佐野がアキラを誘ったのだが、アキラの興味は報道部のカメラマンよりどうやら県警本部の見学にあるようだった。
「お前も写真、続けるつもりなんだろう?」
受付で用件を述べ、叔父が来るのを待つためにロビーの長椅子に座った佐野は、当然のようにアキラに言った。
「うーん、そうだなぁ。」
しかしアキラは、曖昧な返事を返しただけだ。
一年生で佐野が写真部に入ったとき、アキラは活動熱心で後輩に好かれる二年生部員だった。
訳あってアキラが留年しなければ、友人関係を築いていなかったかもしれない。だが、この不思議な雰囲気を持つ友人を佐野は、誰よりも大事に思っていた。
飄々として達観した位置から他人に接していながら何処か不安定で、放っておけない。いつでも、ふらりと行方が解らなくなりそうな男だ。
「最近あまり、カメラを持たないんだな」
「デジタルカメラが、あまり好きじゃ無くてねぇ……。そうだなぁ、気に入ったカメラを手に入れたら熱意が湧くかも知れないけど、性能良いやつは手が届かないよ」
それだけか? と、佐野は疑念を抱いていた。
アキラが夏休みに撮影旅行の目的で訪れたアメリカで半年もの間行方がわからなくなり、翌年の春に帰ってきたことを誰もが知っている。
復学したアキラは少し変わった、変人になったと言う者もいたが、本質は変わっていないと信じたかった。
アキラの留年が決まり佐野と同じ学年になったとき、自分はもう先輩ではないから呼び捨ててくれと言った。しかし皆は、「さん」付けで呼び距離を取った。
四月生まれの自分と一月生まれのアキラを同年という意識でとらえ、同じクラスメイトとして付き合いたかった佐野だけが「須刈」と呼びすてたのだ。
アメリカでいったい何があったのだろうか?
いまのアキラは全てのことにおいて、一歩引いた関わり方しかしない。わざと興味のないふりをしているように、彼には思えた。
ところが秋本遼の関係した例の『叢雲石膏像事件』では、何故かアキラは積極的に関わってきたのだ。
以前の彼が戻ってきたようで正直、佐野は嬉しかった。
だが事件は結末を迎え、また無為に毎日を送っている。そしてその目は、何時も遠くを見ているように思えるのだ……。
さほど待たずして佐野の母方の叔父、石井が受け付け横のロビーにやってきた。
小柄で人の良さそうな三十代半ばの男性で、カジュアルだがきちんとジャケットとネクタイを付けていた。
事件記者に、むさ苦しいイメージを持っていたらしいアキラが意外そうな顔をした。
「やあ、君が須刈君だね。初めまして、こいつの叔父の石井武彦です」
その表情から自分に対しての印象を察したのか、石井はにこやかに右手を差し出した。
遠慮がちにアキラは、その手を握る。
「和紀から君のことは良く聞いているよ、一度会いたいと思っていたんだ」
おしゃべりな佐野が、どのような話をしているか予想がついたのだろう。アキラは苦笑した。
「自分はただの高校生です。ダブリですけどね」
石井は声を立てて笑った。
破顔の彼は、誰からも好感を持たれるようなタイプだった。