〔2〕
店内に向かうアキラに銃口を向けたコートの男は、肩口をかすった銃弾に狙いを外した。
「動くなと、言ったはずよ」
シンシアに向き直り、男は口元に冷たい笑みを浮かべる。
「思わぬ伏兵がいたな、腕もいい。どうやら甘く見すぎていたようだが、どのみち逃げられはせん」
「あんたの仲間は?」
質問には答えず男は、銃を上着の下のホルスターに収めると銃口を外さないシンシアに歩み寄る。
「キミは、どこの組織の者だね? 〈CIA〉か? 〈FBI〉か?」
「何の事かしら? 私は悪い奴に追われている子供を助けようとしている、善良なアメリカ人よ」
その時、入り口に回した車にアキラとキリアンが乗り込むのが見えて、運転席のジェフに「早く行け」とシンシアは手を振った。
男は目を細め、遠ざかる車を見る。
「あの子が何者か、わかっているのか? 早く我々に返すんだ」
「ただの、か弱い女の子でしょう? ちょっとした特技はあるようだけど」
「特技?」
男は苦々しい顔で、笑った。
「君達が、どの程度の情報を得ているかは知らんが……特技というほどのものなら我々も心配などしない。あの子の力は恐るべきものだ、奴らの手に渡ればグランド・ゼロの悲劇が全世界中で起こりかねない」
えっ、と、シンシアの銃口が下がった。
「手にした物の、情報が読めるというだけでしょう? そんな物騒な事になんか……」
「強者の名に甘んじて、危機管理が疎かになりつつあるようだな。その結果があの悲劇を生んだのだよ。情報が読めると言うことは、僅かな資料から全てがわかると言うことだ。目に見えない残留物から使用された爆発物、その化学組成、破壊規模、全てが読みとれる。爪の先ほどの金属片から兵器の概要が読みとれる。そして彼女を狙っているのは、史上最悪と言われている国際テロ組織だ。事の重大さが理解できたならば、キリアンの向かった先を教えてもらいたい」
「いやよ、彼らを殺すつもりでしょう? ニューヨークでの件は、知ってるのよ。私たちは彼らを守るように命令されているわ」
「殺すつもりはない、奴らの手に渡したくないだけだ。我々は彼女を守るため、ノルウェーに向かう所だった。だが同盟国権利を持ち出され、アメリカで彼女の危険性を立証しなくてはならなくなったのだよ。協力を得て、より安全に隠蔽するためにね……。彼女が我々から逃げられるように空軍基地からの移動中、大型トラックで事故を起こしたのは君達だな」
とぼけても無駄と判断したシンシアは、警戒を解いた。
男の言うように事故を装い、キリアンを拘束して情報を得るつもりだったのだ。
キリアンが危険な『素体』だということは知らされても、その実状までは証されないと懸念したアメリカ側の策である。
ジェフが保護したとわかった時点で、管理人の孫を装い近付いた。ナデイアの孫娘シンシアは麻薬中毒患者の施設に収容されており、その費用面で困っていたところに付け入ったのだ。
拘束が相手に知られないよう一度身を隠すために、ジェフとの行動が隠れ蓑になるはずだった。
「あんたの言う、テロ組織とやらは? ヨーロッパからアメリカに来た時点で、心配は無くなったんじゃないの?」
「馬鹿が…っ!」
男が吐き捨てた。
「奴等の本拠地はアメリカだ、とうにマークされているよ。あんな事故を起こさなければ、無事ノルウエーに連れて行くことが出来たものを。もし彼女が奴らの手に渡る危険があれば、抹殺せねばならん。わかったら行き先を教えるんだ」
シンシアの肩から力が抜ける。だが、直ぐに気を取り直して男を睨んだ。
「本部に応援を頼んで後を追うわ。彼らは我々が守る、あなた達からもテロ組織からもね。殺させはしない」
銃を収め、シンシアは駐車場に止まっていたランドローバーに乗り込んだ。
運転席の仲間は、窓から狙っていたライフル銃を下ろし車を出す。
ミラー越しに、コートの男が携帯で話す姿が遠ざかった。




