#7
姫樺にサイトを教えたその日の夜、姫樺からメールが届いた。
その内容はサイトにあった話がとても面白かったというもの。丁寧に感想まで書いてあって、栞は嬉しくてベッドを転がりまわった。そして調子に乗って小説を遅くまで書いていたらすっかり寝不足になってしまった。
ふらふらとしながらもしっかりと登校し、ぼんやりと授業を受ける。
ぼんやりと過ごしていたらいつの間にか昼休みになっていて、栞は持参したお弁当を持って教室を出た。
前までは学食で食べていたのだが、最近は居心地が悪いのでお弁当を持ってくるようにし、人目につかない場所で食べていた。
今や栞にとって昼休みは学校にいる時間で一番ほっとする時間となった。
「……ねむ」
ふわあ…とあくびを噛み殺し、もぐもぐとお弁当を食べる。
あまりの眠たさに栞は食べながら寝そうになり、栞はお弁当を食べきるのを早々に諦めて寝ることにした。中庭のこの場所に人が来ることは滅多に来ない。ここは栞がようやく見つけた一人になれる場所なのだ。だから安心してお昼寝できる。
とはいえ、ゆっくり寝すぎて授業に遅れるわけにもいかないので、栞はスマホを操作しアラームをしっかりセットする。
その間すらうつらうつらとしていた栞はいつもの倍以上の時間を掛けてアラームをセットし、それが終わるとすぐにスマホの画面を閉じてごろんと寝転んだ。
桜丘学園の制服は白く汚れが目立つので、地べたにごろんと寝転がる生徒はいない。そもそも地べたに寝転がるという発想がある生徒自体が少ないのだが、それは置いておき。栞は制服の汚れを気にすることが些細なことに思えるくらい今は眠かった。
ふかふかの芝生に寝転がると、青臭い芝の匂いがし、お日様の日差しがぽかぽかと心地よく、まさに絶好のお昼寝日和だと栞は思った。芝の匂いも、日差しも何もかもが心地よく、栞はふにゃりと笑ってそのまま眠った。
「……さ……のは……」
「んん…?」
「葛葉さん!」
栞はぐらぐらと揺らされ、大きな声で名を呼ばれて瞼をゆっくりと上げた。
目を開けるとそこにいたのは心配そうな顔で栞を覗きこむ悠斗の姿がそこにあった。
「神楽木様…?」
「…まったく君は…こんなところで居眠りをするなんて、令嬢のすることじゃないってわかってるの?」
「……」
栞はぼんやりとした顔をして悠斗を見つめたあと、ふにゃりと笑った。
そんな栞に悠斗は怪訝そうな顔をする。
「ふふ…悠斗様の夢を見れてラッキー…! あれ…でも、私の夢なら凛花様もいるはずなのに…あれえ…? 凛花様はどこ…?」
「………あのね……」
寝ぼけているらしい栞に悠斗は呆れ顔をして、笑った。
「…君らしい」
「んん…? おかしいなあ…夢なのに、なんか悠斗様がリアル…」
「オレがリアルって……あのね、夢じゃないから。いい加減目を覚まして」
「ゆ、めじゃない…? ゆ、夢じゃないっ!?」
どこかぼんやりとしていた栞の目がカッと見開く。
そして悠斗の顔を見ると、顔をさあっと青ざめ、後ずさった。
「やっと目が覚めた?」
「な、なななんで神楽木様がここに…!?」
「なんでって…ここがオレの通う学校だからだけど」
「いや、それはわかりますけど! そうじゃなくて、なんで神楽木様がこのような場所にいるのですか!?」
「このような場所って…ここはオレが蓮見さんに教えて貰った場所なんだけど…」
「蓮見様に教えて貰った場所…? まさか、ここで蓮見様と凛花様は逢引を…!?」
「え…? うーん…その可能性は高いかな。オレは良く知らないけど」
「きゃあああ!! 私ってばなんて勘が冴えているの!? ここで蓮見様と凛花様が……うふふ、どんな風に過ごされたのかしら。ああ、想像するのが楽しい…」
「……君は、姉さんの相手は別にオレじゃなくてもいいんだね…」
「そんなことは! もちろん、一番は神楽木様ですっ!!」
疑わしい、という目で栞を見つめる悠斗に、栞は全力で自分の一番は凛花と悠斗だと訴えた。
悠斗はそれを半眼で見て聞いていたが、やがて堪えきれなくなったのか、ぷっと噴き出した。
「…あはは! 君って面白いね」
「そんなことはないと思いますけど…」
「……うん、やっぱり似ている」
「はい?」
栞が聞き返すと悠斗はなんでもないと首を横に振る。
そんな悠斗に栞は腑に落ちず、首を傾げた。
「そろそろ授業が始まるよ。ほら、起きて」
悠斗は栞に手を差し出す。栞はそれを辞退しようとするが、無理やり悠斗に手を掴まれて立たされた。
「ああ…服に芝がついている。こんなところで寝ているから…取ってあげるからじっとしていて」
栞を立たせると、悠斗は栞の姿を見て顔をしかめ、服に付いた芝などを掃う。
小言を言いながら栞の世話をする悠斗の姿はまるで母親のようで、栞は思わずくすりと笑いを零した。
「…なに」
「いえ…なんだか神楽木様が母親みたいだなあと思いまして」
「……オレはいつから君の母親になったの。というか、性別が違うんだけど」
父親ならまだ…と呟く悠斗に栞はさらに笑い声を大きくする。
そんな栞を悠斗はムッとした表情をして睨む。
「なんで笑うんだよ…」
「な、なんでも…ありませ…」
「声震わせながらなんでもないって言っても全然説得力がない」
「す、すみませ…ふふふっ」
「だから……ああっ、もう!」
悠斗は言うだけ栞の笑いのツボを刺激するだけだと気付き、忌々しそうに頭を掻く。
つい最近までイメージしていた悠斗とは違う、今の悠斗の姿。そんな悠斗の姿に栞はさらに好感を抱いた。
(悠斗様って、凛花様の前でもこんな感じで凛花様の世話を焼いているのかしら)
だとしたら、それはそれで微笑ましい。
そう思って悠斗を見ると目が合い、悠斗はギロリと栞を睨んで「いつまで笑っているんだよ…」と言う。
「私、今の神楽木様が結構好きです」
「…は!? な、なに言って…」
「オカン系男子の悠斗様と天然系女子の凛花様…うふふ、美味しいわ…!」
「………君って本当にブレないね……」
「オカン系男子ってなに」と悠斗は半眼で栞を見つめた。
しかし、そんな悠斗のことなど、妄想に夢中になっていた栞の眼中にはないのであった。
ちょっと補足。
前作で蓮見さんも良く昼寝をしていましたが、蓮見さんは地面に寝そべるようなことはしてません。良いとこのお坊ちゃんなので、地べたには寝ません。