#11
「結局、あの二人は何をしに来たんだよ…?」
「はあ…やっぱり素敵だわ…」
悠斗と栞は同じタイミングで呟いた。
うっとりとして呟いた栞を悠斗がジト目で見つめる。
「どこが素敵なの?」
「どこがって…そうですねえ…素敵はところはいっぱいありますけれど…一番は視線ですね。お二人ともお互いを見つめる目が、もうなんていうか、愛おしそうで甘いと言いますか。あと雰囲気もお互い信頼しあっているっていう感じで。視線を交わすだけで以心伝心しているというか……」
「…ごめん、聞いたオレが間違っていた。もういいからやめて…」
身内が恋人といるときの表情を他人から分析されるのは気恥ずかしいし、色々複雑だ。自分で聞いておきながら、悠斗は精神的にぐったりとしてしまう。
そんな悠斗を栞はわかっている、と言わんばかりに慈愛に満ちた表情で見つめて頷く。
栞の考えていそうなこと──悠斗が嫉妬するとかそういう類のことだ──が容易に想像できた悠斗はげんなりとした。
「あのさ…君が考えているようなことなんて思ってないからね?」
「えっ!? な、なんのことでしょうかぁ…?」
何のことなのか私にはさっぱり…と視線をきょろきょろさせて言った栞に悠斗は呆れた視線を送ると、栞はてへっと笑った。
そんな栞に悠斗は訝しげな視線を送ると、栞は固まった。そして挙動不審になってもじもじとして「…やっぱり似てなかったかしら…」と呟いた。
その呟きで、悠斗はピンときた。
(姉さんの『笑って誤魔化す』を真似たんだ…そんなところなんて真似なくてもいいのに)
もっと違うところを真似てくれ、と悠斗は心から思う。
しかしどこを、と具体的に聞かれても答えられないのだが。
「それにしても、お二人は何しに来られたんでしょう?」
「…さあ? まあ、大体予想着くけど…」
「予想?」
悠斗の予想に興味を示し、わくわくとした顔で悠斗を見つめる栞に、悠斗は意地悪く笑う。
「教えない」
「ええー…! そんな、意地悪な…!」
「いけずって…君はいつの時代の人なの」
呆れて言っても栞はブーブーと文句をいうばかりだ。それを悠斗は受け流していると、突然ピタリと栞の文句が止まった。
それに嫌な予感を覚えて悠斗が身構える。
「…そうだわ…! 今度は異世界トリップなんてどうかしら!」
「は…?」
「ある日、異世界に召喚されてしまった凛花様…そこで悠斗様そっくりの人に出逢うの…しばらく一緒に過ごすうちに想い合う二人…だけど、凛花様は元の世界に帰らないといけなくなってしまうの。愛し合う二人の間に立ち塞がる試練…だけど二人はそれに負けずにお互いの愛を貫き通すの…! 「例え世界が違っていたとしても、オレは君だけを愛している」「私も…!」そう言って抱き締め合う二人! そして二人は一線を越」
「あー!!! はいはいストップストップ!!」
「はっ」
栞は我に返った顔をしたあと、恐々と悠斗を上目遣いで見つめた。
それにドキッと悠斗の胸が不覚にも高鳴ったが、それを完全に無視し、しらっとした顔でにっこりと微笑む。
「か、神楽木様…」
「白昼堂々と、すごい妄想をしているんだね、君は?」
「ひっ…!」
「まあ、頭の中だけで済ませるのならいいと思うよ? 誰にも迷惑は掛からないしね。だけどここは学校…いつ誰が聞いているかもわからない公共の場所…そのことはきちんと自覚している? それとも、それも自覚できないくらい君って頭弱いの?」
「ひぃ…! すみませんすみません…! つい我を忘れてしまって…!」
「我を忘れたって…君ってどこでもこんな風なの?」
「そんなことはありません! わたしがこうして妄想を口に出せるのは神楽木様の前だけです」
「……え」
不意打ちの言葉に悠斗は思わず言葉を失った。
そしてそれを誤魔化すようにごっほんと咳をし、栞はそれを不思議そうに見つめて首を傾げた。
なにかおかしなことを言っただろうか。そんな自覚はまったくないが。
「あー…うん、まあ、他でやらないならいい。出来ればオレの前でもやらないで欲しいけど」
「は、はい…善処します…」
「善処って……まあ、いいか…」
悠斗は何か言いたそうな顔をしたが、どうやら堪えたようだ。
そしてなぜかとても言いにくそうな顔をして視線を彷徨わせた。
「…あ、あの…神楽木様…?」
「あー…うん、それなんだけど」
「それ?」
それとはいったいどれのことだろう。栞は自分の会話を思い出すが、『あの』と『神楽木様』としか呟いていない。よって、『それ』とは『あの』か『神楽木様』のどちらかを指すのだと思うが、いったいどっちのことを言っているのか。
可能性としては『神楽木様』の方が高い気がする。なにか、呼び方に不満でもあるのだろうか。
「うん、そのオレの呼び方なんだけど…」
「な、なにか不満が!?」
「あー不満というか…まあ、似たようなものだけど…」
「直します、直しますからどうか、私から妄想だけは取りあげないで…!」
「…君はオレをなんだと思っているの…」
まったく…と半眼で栞を見る悠斗に、栞は肩を震わせた。
呼び方のなにが気に入らないというのだろう。皆と同じように呼んでいるだけなのに。
(ハッ。まさか、自分の妄想をして楽しむ変な女に名字で呼ばれるのも嫌だとか…!? だ、だとしたらこれから何てお呼びすれば…? 会長? 会長様と呼べばいいの?)
栞が内心で混乱していると、悠斗はとても言いにくそうに言う。
「あのさ…オレの呼び方の統一してくれない?」
「へ…?」
(呼び方を統一?)
栞がクエクションマークを頭の上にいっぱい浮かべて、ぽかんとした顔をしていると、悠斗は呆れたような顔をした。
悠斗は栞の前では呆れた顔をする率が異常に高い気がする。きっとこれは栞の気のせいではないはずだ。
悠斗が呆れた顔ばかり浮かべる原因が自分にあることを棚に上げて、栞はそう思った。
「自覚無かったの? 普段の呼び方と妄想を語る時の呼び方が違うんだよ」
「あ…そういえば、そうだったかもしれません…」
妄想内ではどっちも神楽木であるので下の名前で呼んでいた。
しかし普段では名字で呼んでいる。それは皆がそう呼んでいるからそれに倣っているだけだ。それに、悠斗のことを下の名前で呼ぶ勇気は栞にはない。
「だから呼び方を統一して欲しいんだけど」
「で、でも…妄想を語っている時はほぼ無意識なので…統一するのは難しいかと」
「…別に妄想している時の方を変える必要はないよ。普段の呼び方を変えればいい」
「と、言いますと…」
つまり、下の名前で呼べと。
そう考えて栞は顔を赤くした。そんな栞の様子に悠斗も気まずそうな顔をした。
「…嫌なの?」
「い、嫌と言いますか…嫌というわけじゃないんですけれど…」
「じゃあ、名前で呼んで」
逃げ道を塞がれた。
栞はそう思った。そう言われたら栞は悠斗の事を名前で呼ぶしかない。
栞が悠斗の事を名前で呼んでいることが周りにバレたら。そしたらきっと今以上に面倒なことになる。
そう名前を呼ばない言い訳を栞は考え連ねたが、結局それを口にすることなかった。
「…ゆ、悠斗様…」
妄想では滑らかに言っているくせに、通常で呼ぶととても気恥ずかしく思えるのはいったいなぜなのか。
栞はあまりの気恥ずかしさに顔を俯かせた。
悠斗は満足そうに「これからはそれでよろしく」と言った。
顔を俯かせていた栞は気付かない。
───悠斗の顔が、栞以上に赤くなっていたことに。




