よろず屋芳員
鐘がなり、授業が始まる。一時間目は国語だった。今日のテーマは「坊っちゃん」という小説で、どうやら音読から始めるようだった。クラスメイトたちが一人、また一人と当てられ、分節毎に声に出して読んでいく。すると、突然浮世さんが僕の肩を叩いた。浮世さんが指差していたのは、僕の隣の席のメガネをかけた三つ編みの女子生徒だった。彼女を良くみると、どうやら教科書を忘れてきてしまったようで慌てている。確かに音読をするのに教科書がないのは厳しかろう。順番から行くと、次の次くらいが彼女の番だろうか、そんな風に考えていると浮世さんが口を開く。
「何をぼさっとしておるのじゃ坊主。早くその教科書を隣のこやつに貸さんか」
ええ、唐突に何を…と呆けていると、焦れたように浮世さんは、ええい、と僕の教科書を隣に放り投げてしまう。あ、と声を出す間もなく飛んでいく教科書。それは見事に隣の彼女の机の上に着地した。僕はとっさに、僕じゃないよとばかりに顔をそらす。それがまずかった。モーションが大きすぎたせいか目立ってしまった僕に、先生の目が向く。先生は僕の手元を一瞥するとーーーおそらくはーーー教科書がない事を確認した。
「順番だと、次は水越の番だったが…まっすぐ進むのも面白くないなあ。それじゃ、次の分節は斜め後ろに進んで芳員!お前が読んでみろ!」
隣の彼女は水越さんって言うのかあ、そんなどうでも良い事を考えていた僕に、浮世さんにも劣らないのではないかというほどに意地の悪い笑みを浮かべた先生から残酷な裁定が下されたのだった。
それからというもの浮世さんは、僕の学校生活の中、事あるごとにちょっかいを出すようになった。水越さんの時のように、教科書やその他の持ち物を忘れた学友に自分の持ち物を貸し出すのは当たり前、授業についていけない同級生に勉強を教えたり、ゴミ捨てに向かう生徒からゴミを奪うような過激なこともやった。果ては、ゲームセンターで不良に絡まれている同級生の前に突き出されたりもした。そんな生活が続くうちに、はじめは、浮世さんにやらされてばかりだった僕も、いつの間にか自ら厄介事を引き受けるようになっていった。気づけばいつの間にかぼろぼろおばけ、などという不名誉なアダ名で呼ばれることはなくなり、代わりによろず屋、あるいはおせっかいおばけ、等と呼ばれるようになっていた。
「よう、よろず屋!」
と、声をかけてきたのは隣のクラスの進藤くんだった。進藤君とは、あの件以降良く話すようになり、今では一番の友人的なポジションになっていた。
「となりのクラスまでそのあだ名が広がってるのか…」
少し顔を赤らめながら言う僕に進藤くんは笑いながら答える。
「オレのクラスどころか、既に学校中に広がってるさ。なにやらボランティア精神旺盛な一年坊が居るってな。まあ、ぼろぼろおばけよりはずっと良いじゃねえか」
そう言って、励ますように肩を叩いた進藤君。と、そこに女子の声がかかる。
「あの、すみません…芳員君に、その、そ…相談があるんですけど…今、お時間大丈夫でしょうか…」
そう声をかけてきたのは、ついこの間教科書を貸した少女、クラスメイトの水越さんだった。
「相談?」
聞き返した僕に彼女は神妙な面持ちで口を開いた。
「はい、その、少し話し辛いお話なので、その…」
申し訳無さそうにそう言いよどむ彼女の様子を見た進藤君は、やれやれとばかりに手を振りながら僕らの前を離れた。はは、進藤君優しいし、機微にも鋭いし、ホント見た目とのギャップが…
「で、相談、っていうのは?」
改めて聞き返した僕は彼女の次の一言に自分の耳を疑うことになった。
「はい、その…芳員君には、なにか、その、”視え”て居るんじゃないでしょうか…?その、普通では視えないような…何かが」
いつもご覧いただき有り難うございます。
続けて読んでくださっている方も多いようで感謝の至であります。