友達大作戦
幸い、本鈴がなる前には学校につくことが出来た。隣のクラスの進藤くんとは別れ、自分のクラスへと入る。僕がクラスに入ると同時に、さっきまで騒がしかった教室が一瞬静かになるが、誰もが僕と目を合わせないようにしつつ、元のグループ内での会話をはじめ、元の喧騒が戻った。
「ふむふむ、予想以上に避けられとる…いや、畏れられとるのう」
渋い顔をする浮世さん。
「予想以上…ってことは、僕が避けられていることに気がついていたの?」
浮世さんには、告白の話などはしていないはず。やはり、妖怪特有の力とかそういうあれだろうか?
「いやなに、坊主からはいわゆるぼっち特有の雰囲気が感じられたのでな、ヒヒッ、大方心の傷もそれに関連したものじゃろうとアタリをつけとったのよ」
妖怪の力ではなく、年長者の経験則、というものだったらしい。
「しかし、少し妙じゃの。ふつう、坊主くらいの年の童が排斥するのはもっと明確な弱者の筈じゃ。足が遅い、口が下手、頭が悪い、あとは見た目が悪いとかかのう。ワシの見たところ坊主は能力という意味で言えば極めて恵まれている。排斥対象どころか、中心人物であってもおかしくないくらいじゃ。」
僕は浮世さんから目をそらすようにうつむく。
「それに、雰囲気もおかしい。坊主を庇うことにより、自らが排斥される事を恐れている、というよりは全員が全員坊主そのものを畏れておる。まるで祟りを起こす神かなにかのような扱い…一体何をどうすればこんな状況になるのじゃ…?」
困惑したような様子の浮世さん。僕の体質が原因で、避けられているであろうことを説明しようかと思ったが、告白の事をからかわれるのではと思い、躊躇ってしまう。
「坊主には、心当たりがあるんじゃろ?それがどんな話でも笑ったりせんから話してみい、言ったじゃろ、坊主のめんたるけあをしてやると」
そう言って笑いかけた浮世さんの顔はとても大人びて見えた。僕は体質のことを、そしてそのせいでクラスの女の子を怖がらせてしまったかもしれないことを浮世さんに話した。
「なるほどのう、坊主の垢の量はたしかに尋常じゃないと思っておったが…感情に呼応して垢の量も増える…ふむ、そういうことか。」
納得したように頷く浮世さん。
「何がわかったの?」
ふむ、と頷くと、浮世さんは口を開く。
「人は己と違うものを、恐れる…そして、恐れるが故に排斥する。それは間違ったことではない。世界はもとより、無の暗闇じゃ。暗闇の中に松明をおけば辺りはが照らされ、境界ができる。そのように、無を何らかの基準で切り分ける事によって初めて、集団は集団足りえるのじゃ。」
抽象的な話だがなんとか意味はわかる。
「坊主はその境界の外側にあぶれてしまったのじゃ。境界の外側にあるものは、集団に対して有益な場合もあれば害をなすこともある。それ故に、集団は境界の外側のものに対して、交流を持つこと程度は許容できても、それを内側に抱えようとは思わん。交流を持つ程の価値を持たぬ弱者、あるいは害をなすものであれば敵となるだろうが、坊主は害をなすようなものではないし、そして優秀すぎた。触らぬ神に祟りなし、というやつじゃ。」
つまり、僕はもう同じクラスの一員としてすら見られていない、ということか…
「坊主がクラスのみんなと仲良くするためには、ある種の通過儀礼をこなす他ない。さながら、閉鎖的な村に新たに加わったよそ者のようにの」
近所の家々に大根を持って挨拶に行くとか、そういうやつだろうか…?いや、流石に大根は、等と考え渋い顔をしている僕に向かって、浮世さんはいつもの意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ヒヒヒッ!安心せい、このワシの全面バックアップ付きじゃ。さっそく始めようかの、友達大作戦を」
浮世さんが語った集団に対する考察は、数年前に読んだ
「異人論序説 (ちくま学芸文庫) 著 赤坂 憲雄」
なんかを参考にしています。
大変おもしろい本で、また創作のタネとしても非常に有用と思われる考察やエピソードを多く含んでいるので、皆さんも是非ご一読ください。