カケタココロ
評価、お気に入り登録ありがとうございます!
とても励みになります!
「ひ…ひいああああ!」
叫び声にすらならないような情けない声を漏らしながら、思わず壁まで飛び退いた僕。
「ヒヒヒッ!そこまで驚いてもらえるとはのう、妖冥利に尽きるというもんさね。」
そういうとそのおかっぱの少女は心底愉快であるといった風に、意地の悪そうな笑顔を更に歪めた。
「だ、あ…あなたは、だれ…ですか…?」
出会いこそ不気味ではあったものの、会話の通じる相手のように思えた僕は、絞りだすような声でなんとか、少女の正体を尋ねる。すると少女は少し驚いたような、あるいは感心したような表情を浮かべた。
「ほほぅ!坊主、悪くない順応速度じゃな。妖にその名を尋ねるか、悪くない悪くないぞ。坊主の割に、なかなかどうして、賢しい頭をもってるじゃあないか。久方ぶりの話し相手には相応しい。ワシの名は浮世、俗に言う妖怪あかなめ、あかなめの浮世と申す。」
ややドヤ顔で、赤い着物が良く映えるその平たい胸を堂々と張りながら、自らを浮世と名乗ったその少女は、ゆっくりと一歩踏み出し、その整った顔を近づけてきた。
「で、坊主、目上のものに先に名乗らせたお前さんからは何かないのかい?」
見た目は可愛らしい少女そのものだというのに、その堂々たる雰囲気と表情、そして仁と義を大事にする方々のごときドスを聞かせた声色で尋ねられ、少し漏らしそうになった。
「よ…芳員、ぼ、僕は歌川芳員、です。」
声を震わせながらもなんとか発した僕の名乗りに、一瞬きょとんとしたような顔を浮かべる、浮世…さん。
「うたがわ、よしかず…ほう、なんとも因果な名前じゃのう。まあ、存外悪くないじゃないか。で、坊主、お前どこぞの寺社仏閣の跡取り息子かなにかなのかい?あるいは親戚とかにそういう、ほれ霊的な、なんといったか、そう!すぴりちある、な職の人間とかがおるのか?」
「え…?」
唐突な話題転換についていけず間抜けな声を漏らしてしまう。
「いや、なんでワシが見えとるのか、という話しよ。そういう血筋かとも思ったが、その様子じゃどうやらワシのようなのは見慣れておらぬようじゃし、何か最近ショックな出来事でもあったか?」
目を細めながら尋ねる浮世さん。
「あ…」
僕の脳裏にはひと月前の告白の風景、目の前で気絶する恋川さんの姿がよぎる。
「ほう、その様子だと心当たりはあるようじゃな。皆まで言わんで良い。ワシとて余計なしがらみなど背負いとうないからな。普通、儂らの様な”モノ”は特別な血筋の人間や修行をつんだものにしか見えんのじゃ。まあ、まれに坊主のように、心や頭の病などで”視え”るようになってしまうものもおるがな。」
怪しげな笑みを浮かべながら説明する浮世さん。呆然とその説明を聞く僕だったが、浮世さんは唐突に声を切ったかと思うと、始終浮かべていたその笑みを消し、まじめな顔で正面に向き直った。
「で、本題なんじゃが…坊主、ワシの、餌にならんか?」
にやけていない浮世さんの真剣な顔は、その赤い着物や髪型も相まって、まるで、日本人形のように見えた。それも恐ろさを感じるほどに美しく出来の良い日本人形。少女とは相容れないはずの妖艶さを秘めたその陶器のような白い肌に浮かんだ、ガラス球の様で不気味な2つの黒い瞳に見据えられ、僕は動くことできなくなってしまったのだった。