魂振い
その日の学校帰り、僕は話したいことがある、という理由で水越さんを公園へと誘った。二人での下校中妙な空気の中でその話しを切り出したせいで、なにやら勘違いをしたらしい水越さんの間違いを正すのには苦労したが、なんとか無事予定通りに進めることが出来た。
「よう、坊主予定通り連れてきたようじゃの、ヒヒッ」
僕らが公園に入ると、既に公園のブランコ前で何か準備をしていたらしい浮世さんが振り返ってそう言った。
「芳員君………?その、話っていうのは浮世さんも関係するような話なんですか?」
当たり前といえば当たり前だが、水越さんは事態が良く飲み込めていないようで、きょとんとした顔で僕に事態を確認した。
「その、なんというか、説明し辛いんだけど、水越さんがちょっと厄介な妖怪に憑かれているかもしれないんだ」
そう言って僕は、橋姫についての詳細は避けつつ、水越さんに妖怪が憑いているかもしれないという事、その妖怪が僕の命を脅かしているということ、そしてその妖怪を払うためにはちょっとした儀式が必要だという事を告げた。一連の話を聞いた水越さんは納得したように頷くと口を開いた。
「なるほど、自分では全然分かっていなかったのですが、そんな事になっていたんですね………でも、芳員君が危険な目にあっているというのなら、直ぐにでもその儀式というのをやりましょう、浮世さんおねがいします」
そんな風に決意を秘めた眼差しを向ける水越さんをみて、浮世さんが少し首をかしげながら口を開いた。
「ん………?もうすこし抵抗があるのを予想していたんじゃが、これは、もしかすると………ふむ」
なにやら気になる点があるようで悩みの表情を浮かべる浮世さんだったが、まあ、儀式をすれば自ずとわかるかと言うと、僕らをブランコまで手招いた。
「それじゃあ、坊主はこれを抜いて構えて、そこのブランコの前に立ってくんろ、小娘は、特に持つものは必要ないが、そこのブランコに腰掛けるといい」
そう言って浮世さんは、僕に例の刀が入った包みを渡してきた。僕は中から例の刀を取り出すと、その刀身を包むボロ布を丁寧に剥ぎとっていった。初めて見るその刀身は、とても古くからある歴史的な刀とは思えないほどに美しく磨かれており、銀色に光り輝くそれは、僕の顔を歪みなく映していた。刀身に写る僕の顔は心なしか緊張しているようにも見えた。
「それじゃあ、ワシが祝詞を唱えるから、坊主はそこでしっかりと構えておくんじゃ。儀式が成功すればおそらく鬼が飛び出してくる、鬼と真っ向勝負になってしまうとやや大変な話になってしまうが、飛び出してきた瞬間はやつも無防備じゃろうから、そこを一太刀にしてやるのさ、わかったね?」
再度手順を確認してくる浮世さんの方を向いて僕は頷いた。
「はい、僕の方は準備が出来ました、いつでも始めてください」
そう答えた僕から目線を外すと浮世さんは一度だけブランコに座った水越さんに目をやるとそのまぶたを閉じて、その口を開いた。
「高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て。皇御祖神伊邪那岐大神―――」
祝詞を唱える浮世さんの姿は、その堂々とした佇まいに、人間離れした美しさが合わさり、どこか犯し得ぬ神聖さを思わせる。その口から紡がれていく言葉は鈴のように響き、一つ、また一つと溢れる度に、辺りの空気が清浄なものになっていくようにさえ感じる。その言葉の連なりに聞きいりそうになる自分を押さえつけ、構えた刀の柄の感触に集中する。
「―――八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」
祝詞を唱え終えたのだろうか、浮世さんは目を開くと、目の前の水越さんを再びみつめた。すると、それに呼応するかのように、一陣の風がふき、公園に僅かな砂嵐が舞った。
………舞ったのだが、以降特になにも起きる様子がない。
「ええと、儀式っていうのは終わったんでしょうか………?なにやら、いつもより力が湧いてくるような気はしますけど………?」
公園には困惑した様子でブランコに座る少女と、その前に立つ古風な姿の少女、そして、日本の公園で抜身の刀を構えて立ち尽くす少年が居るのみだった。
参考文献(祝詞)
http://www.geocities.jp/sizen_junnosuke/index.html




