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髭切

 「さて坊主、取ってくるものは取ってきたわけじゃが、その前に確認をしておくかの、今回はどこを持ってかれたかねえ」


 そう言って真剣な顔をする浮世さんに、僕は右腕を差し出した。そこには、左腕と同様、黒い穴、そしてその穴から這い出るかのようにして黒い痣が広がりうごめいていた。


 「ふむ、腕を先に持ってかれてしまったかいな、やや不都合じゃが………坊主、これを持ってみ」


 そう言って浮世さんが差し出したのは長い布製の袋であった。口を紐で縛られたその袋は、触れた感覚から中に細長いものが入っているということが分かった。口紐を解きその中身を取り出すとそれは一本の刀であった。その刀身は鞘の代わりに白いボロ布によって幾重にも包まれており、柄は余計な飾り気のないシンプルなもので、まさに実用するための刀である、ということを感じさせた。


 「浮世さん、これは………?」


 恐る恐る刀を眺めつつ尋ねた僕に浮世さんが答える。


 「刀工についてははっきりしておらんがの、髭切、あるいは鬼切などとも呼ばれる刀さね―――」


 髭切、筑前国三笠郡の出山というところに住む唐国の鉄細工によって八幡大菩薩の加護の元打たれたと言われる二尺七寸の太刀だそうだ。その名は、罪人で試し切りをした際にその髭まで切れた事に由来するという。その経緯や行方については諸説あるそうだが――ー


 「今回もっとも重要なのはのう、こいつが宇治の橋姫を切った太刀じゃということさね」


 浮世さんが言うには、武器や妖怪が別のある妖怪を打倒したというような伝説は、それらの武器や妖怪に相性のようなものを与えるという。髭切は源頼光の四天王が一人、源綱によって、振るわれ橋姫の腕を切り落としたこの刀は橋姫に対して考えうる限り最も有効な武器になるという。


 「ただまあ、坊主の腕の状態に関しては若干不安があったんじゃが、その様子だと刀を振るくらいなら問題なさそうかね」


 刀を軽く振ってみせる僕の様子を見て浮世さんがそういった。


 「はい、呪いのせいで、万全というわけにはいきませんし、若干思い通りに動かない様な感じはありますけど、とりあえず振り回す位なら問題はなさそうですね」


 ふむ、と頷いて浮世さんは口を開く。


 「呪いの様子を見る限り、呪いと坊主の異常な回復力とが拮抗してるようじゃのう。呪いを受けたのが坊主だったからこそ、刀を振り回せる状態にあるんじゃろうが、並の人間だったらその程度じゃすまんだろうだねえ」


 ぞっとしないはなしである。

 兎にも角にもヤるべきことは予想がついた。つまりこれであの白装束を切れば事件は解決というわけだろう。そういえば、どうやってこれをあの林に持ち込むのだろうか。


 「浮世さん、なんとなくやることの想像はついたんですが、これは、僕の夢の中に持ち込んだり出来るようなものなんですか?」


 そういうと、浮世さんは一瞬きょとんとした顔をしたあと、ああ、と一度頷いて答えた。


 「いやいや、そうではない。坊主の想像通り、それで橋姫を切れば良い訳じゃが、夢の中で切れというわけではない、あくまでも切るのは現実でじゃよ」


 現実で………って、まさか水越さんをこの刀で!?


 「何をいっとるか、たわけ。曰く付きの太刀とはいえ刃物は刃物、そんなもので斬りかかったら次の瞬間にはあの娘は刺し身になってしまうわ」


 水越さんの刺し身………そうじゃなくて、それじゃあ、一体どうやって橋姫だけを切るというのだろうか。


 「ふむ、まあ、まずは略式の魂振るいを行うとするかの。まあ、難しいことではないわ。あの娘の魂を震わすことで気力を満たし、魂についたケガレを、まあ今回の場合は橋姫の怨霊を追い出す」


 なるほど。でもそんな仰々しい感じの儀式の知識は僕には無いんだけど、そんな簡単に出来るものなのだろうか。


 「難しい儀式ではないと言ったろう。簡単な祝詞と、あとはそうじゃのう、公園の遊具、ぶらんこ、といったかの、それがあれば十分じゃ。儀式で橋姫が飛び出してくればあとはもうシンプルじゃ、その手のもので一太刀にしてやれば良い」


 そう言って浮世さんがニヤリと笑ったと同時に家の玄関のチャイムが鳴り響いた。


 「どうやら、娘が来たようじゃの、どれ、ワシが近所の公園で準備を整えておいてやるから、坊主はいつもどおり学び舎へ行ってくると良いさね。それでなるべく悟られないよううまいこと言いくるめて、帰りに公園に連れてくるさね、いいね?」

引用文献

wikipedia 橋姫

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E5%A7%AB

wikipedia 髭切

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%AD%E5%88%87

決定版知れば知るほど面白い!神道の本

http://www.seimeijinja.jp/archives/577

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