脚にする?心臓にする?それとも、み・ぎ・て?
「絶対におかしい、いくらなんでも公共の場であんな事をしてくるなんて。明らかに何らかの妖怪が関わってる、間違いないですよ、浮世さん」
水越さんに人差し指を味わわれた後、そそくさとトイレに退散した僕は浮世さんへと話しかけた。もちろんここは男子トイレだが、幸いにも今男子トイレに居るのは、僕だけだったようなので、空中に向けてブツブツとひとりごとを言う異常者にはならずにすんでいる。
「それに、トイレに行くまでの間も水越さんはずっとこっちの事見てましたし、例の呪いの件もあります。これは早くなんとかしないと、僕も水越さんも本格的に不味いんじゃないですか?」
もし、水越さんが本心からでなく、何らかの妖怪の影響であのような状況にあるのだとしたら、それは彼女にとっても不幸なことだ。早めになんとかしないといよいよ取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
「ふむ、確かに少し急いだほうが良いかもしれんの、しかしそう来たか。ワシはてっきり………」
そう言うと浮世さんは俯いて何かを考えるような素振りをしつつ少しの間沈黙してしまう。
「てっきり?」
「いや、何でも無いわ。ちょっくらワシは取ってくるものがあるさね、直に戻ってくるとは思うがそれまでうまいこと一線を超えないよう、持ちこたえてみせいな」
「え、一人で持ちこたえるって―――」
突然の事に講義するまもなく浮世さんはどこかへと消えていってしまった。一人トイレに残された僕はもはや覚悟を決めて水越さんのところへと戻る他ないのであった。
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―――カーン―――無機質な金属音が響く。どうやらまた来てしまったようだ。前回同様空模様は優れず、まともな明かりのない夜の林の中では、一寸先すら見通すことが出来ない。それでも、前回の記憶を便りに白装束がいた広場の方へと向かってみる。すると程なくしてその姿を視界に捉えることができた。前回は、白装束を来ているという程度のことしか分からなかったが、よく見ればその頭には三本足の金輪が逆向きにはめられており、その足先には燃え盛る松明が燦々と輝いていた。暗闇の中唯一の光源となっている白装束は、周囲から浮き出すように完全な異物として目立って見えるのだが、不思議なことにどこか現実味を失わせるような滲みが感じられた。その滲みは、まるで水の上に垂らした水彩絵の具のように白装束の輪郭をぼかし、そのため、白装束はどのような体格の人物なのか、あるいは男か女なのかさえ定かではなかった。
――ーカーン――ー再び、金属音、金槌を打ち付ける音が響いた。僕は、その白装束の正体を確かめるつもりで、あわよくば儀式を止めるつもりで勢い良く白装束へと近づいていく。もはや隠れるつもりなど無く、ずんずんと進んで行っているにも関わらず、白装束がこちらに気がついた様子はない。好機と捉えた僕は一気に駆け寄り、白装束の両肩にそれぞれの手をおいて、振り向かせようとした。
ー――カーン――ー振り向かせようとした、のだが、肩に置かれるはずだったその手は白装束をすり抜け、相手にわずかばかりの影響すら与えなかったのだ。白装束は何事もなかったようにその金槌を振りおろし、釘を更に深く打ち込んだのみだった。ならばせめて相手の顔だけでも確認しようと前に回り込んだ僕だったが、白装束の顔をその輪郭同様酷く滲んでいて、もはや誰であるかを判別できるような状態ではなかった。所詮夢は夢、ということだろうか。干渉が出来なかった事に肩をおとして仕方なく藁人形の方を見れば、今日は、どうやら右足を攻め落としに来たらしい。それを見た途端、予期していたことではあるが、右足に鋭い痛みが走り、僕の意識は暗転するのだった。
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今日も鳥の鳴き声が聞こえる。夢見が悪かったせいか、あるいは、浮世さんがどこかへ行ってしまったため、今日から一人で日常をサバイバルしなければならないせいか、目を開けるのも億劫だが、学校を休むわけにも行かない。覚悟を決めて目を開くと、目の前にはこちらをみつめ微笑む顔があった。
「おはようございます、芳員君。朝ごはんも出来たしちょうど起こそうかな、と思ってたところだったんです、こんなぴったりなタイミングで目が覚めるなんて、まるで心がつながってるみたいですね」
僕の寝室には何故か、エプロン姿で微笑む水越さんがいた。