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丑の刻

 ―――カーン―――滲んだ意識を引き裂くような鋭く高い音が、僕の意識を浮上させた。辺り一面は真っ暗で、おおよその形を把握することすら困難だったが、足裏に感じる土の感触が、ここが外であるという事を僕にわからせた。外ならばと、光を求め空を仰いだが、どうやら厚い雲がかかっているらしく、月の光はおろか、わずかばかりの星の光すらも視界に捉えることが出来なかった。


 ―――カーン―――再び響いた鋭い音。不純物のない透明な空気を伝わって聞こえるその音に、僕は吸い寄せられるように向かっていく。視界が不自由な為に時折なにかにぶつかるが、ザラザラとした表面の手触りを感じたり、あるいは地面に張られた根の隆起したものにつまずいたりとしていく内に、そこが森、ないしは林の様な場所ではないかという事に思い当たった。


 ーーーカーンーーー規則正しく、周期的に響くその音の根本に近づく内に、目が慣れたのか、あるいは雲が流れて切れ目に差し掛かったのか、少しづつ、完全な闇の内にあったはずの視界が光を取り戻してきた。先ほどまでの予想通り、どうやらここはどこかの雑木林の様な場所らしく、鬱蒼と生い茂る木々の周りには無数の羽虫が飛び交っていた。


 ーーーカーンーーー再び響いた音に、思わず音のした方に目をやると、暗闇の中に、木々の切れ目に一箇所、白く目立つなにかがあることに気がついた。慎重にその白いものへと近づいて行く。すると、それは人間程の大きさを持つ、いや、おそらくは人間であろうということが分かった。全身に白装束をまとったその人影は目の前のやや開けた空間で、一本の大きな木に向かってなにかをしているようだ。白い人影は大きくその腕を振り上げると、すぐさまその腕を振り下ろした。


 ――ーカーン―ー―間違いなく、先程から聞こえている音だった。夏だというのに空気は冷たく、頬を撫でた僅かな風に背筋がぞくぞくと震えた。嫌な予感がする。距離が近づいた事で、その白装束の振り下ろしていたものがなんであったか見ることができた。それは、至って普通の金槌のようであったが、この異常な空気と状況が、その人影が単に、こんな暗い林の中で日曜大工をしていたわけではないという想像を抱かせた。僕はその人影が、一体その金槌で何をしているのかが気になり、気づかれないように、慎重にその人影と巨木との間を覗ける位置へと移動した。これ以上近づくのは気が付かれそうな気がして気が引けるが、明かりが足りないせいで、何をやっているのかを見ることは出来ないという微妙な位置取りだった。人影は先ほどと同じように腕を振り上げ、再度金槌を何かへと振り下ろそうとした。ちょうどその時、タイミングを見計らったかのように月が雲の切れ間からその顔を覗かせ、辺りが静謐な明かりに満たされる。人影が金槌を振り下ろすのと、月がその正体を暴くのとは全くの同時であった。


 ―――カーン―――人影が金槌を振り下ろした先にあったのは五寸釘、そして丁寧に編み込まれた藁人形だった。釘は藁人形の左腕へと打ち込まれており、今まさに金槌によってさらに深々とめり込んでいった。藁人形にはさらに白い紙が貼り付けられており、そこには赤黒い文字で ―――歌川 芳員――ーと書き込まれていた。


 それを見た瞬間、芳員の、僕の左腕に強烈な痛みが走り、立っていることができなくなってしまう。あまりの痛みにフラつき倒れこんだ僕は近くの木に強かに頭を打ち付けでもしたのだろうか、そのまま意識が深い闇の中へと沈んで行き―――


□□□

 鳥の鳴き声が聞こえる。気がつけばそこはいつもの自室、もっと言えば布団の中であった。あまりの夢見の悪さに、布団は冷や汗でぐっしょりと湿っており、あまりにもリアリティの高い夢だったせいか、今なお、左腕が痛み続けている様な気さえしてしまう。


 「なんだ、ただの夢かあ」


 そうひとりごちて、額の汗を拭う。そのとき、わすかにずれたパジャマの裾から左腕が覗いた。そのとき、一瞬覗いた手首に異常を感じた僕は、急いでパジャマを脱いで左腕を確認する。そして直ぐに覗いたことを後悔したのだった。

 

 覗いた左腕は手首から下が、真っ黒に変色しており、そればかりか、今まさにグズグズと、まるでうごめく蟲のように、その変色範囲の拡大と縮小とを繰り返していた。そのおぞましい勢力争いの中心地はおおよそ、夢の中で藁人形が釘を打たれていた辺りであるように思え、そしてそれを裏付けるかのように、そこにはちょうど五寸釘程のサイズのひと際目立つ黒い穴が空いていたのだった。

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