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深淵

 今日の授業がすべて終わると、恋川さんはやはりそそくさと教室を出て行ってしまった。どうしたものかと、それを見送っていると横から声がかかった。


 「あ、あの、芳員くん………良かったら一緒に帰りませんか?」


 声の方を見ると水越さんが僕の服の端をつまむように持ちつつ立っていた。そのどこか小動物的な可愛らしさを感じさせる姿に少しドキッとしながらも、平静を装って返答する。


 「あ、うん、大丈夫、帰ろうか?」


 少しかみ気味な返答をしてしまったことで顔の表面が熱を持つ。いつのまにやら水越さんの後ろに立っていた浮世さんはそんな僕の方を見ながらニヤニヤとしていた。


 「い、いきましょうか!」


 少し上ずり気味な声でそう告げると水越さんは、そのまま僕の左手を取ると、教室の出口へと引っ張って行こうとする。突然手を取られた事に驚いた僕は何をするまもなく引っ張られていく。浮世さんは相変わらずニヤニヤしながら、想像より大胆じゃのう、などと零しながら僕らの後ろをついていこうとするが、水越さんの机から僅かに除いた本を除いた途端動きが硬直してしまう。とはいえ、それも一瞬の事で、浮世さんは、私は何も見ていない、とばかりに首を振ると無表情になり、僕の後ろをついてきた。その後、妙に距離の近い水越さんにドギマギとしながらも、お互いの家路が別れる交差点まで無事たどり着くことが出来た。去っていく水越さんが見えなくなるまで手を振ると、ここまで無言と無表情を貫いていた浮世さんに話しかける。


 「浮世さん、水越さんの机の中を見て固まってたようでしたけど、何が入ってたんですか?」


 あんまり聞きたくは無いんだけど、聞かないのも恐ろしいような気がする。


 「坊主、世の中には聞かないほうが良いことというのも往々にしてあるものさね、一応忠告だけしておくけれども、まあ、今見えてるものをありのまま真実だと思わんほうが良い、ということだけじゃよ、ワシから言えるのは」


 そんな事を言ったかと思うと浮世さんはバツの悪そうな顔をしてあらぬ方向を向いてしまう。


 「ええ………そんな言い方をされたら余計に気になってしまうんですけども」


 好奇心は猫をも殺すとはいうものの、無知も人を殺しうるのではないだろうか?


 「いや、のう………なんというか、意外とあの小娘もなかなか腹黒いところがあるさなあ、なんて思ってなあ」


 ――ー気をつけんと、これは本当に刺した刺されたの事態になるかもわからんぞ坊主――ーなんて浮世さんの言葉に僕は頬が引きつるのを感じていた。


□□□


 「よう、芳員!一緒に帰ろうぜ………ってあれ?もう帰っちまったか?」


 人もまばらになり始めた教室に姿を表したのは、中学生離れした威圧感ある巨躯に金髪頭。芳員の友人でもある進藤だった。彼は友人である芳員の姿を探すが、見当たらない事に気がつくとため息をこぼした。


 「はあ、ちょっと遅かったか。恋川さんとは仲直りできてなかったみたいだし、水越さんあたりと帰ったのかなっと、ん、あれは?」


 水越さんの机からはみ出たナニかを発見した進藤はナニか惹かれるものを感じソレに近づいて行く。


 「優等生って感じの見た目してるし、机の中にも本なんかが沢山入ってたりするんだろうかね」


 そう言って机からはみ出たものが見える距離まで近づいた進藤は足を完全に止め、その場に硬直してしまう。その顔からは完全に血の気が失せており、唇は僅かに震えていた。そしてしばらくの逡巡の後、恐る恐る机の中身を更に深く覗きこんだ。


 「深遠を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ、だっけか………」


 ―ーー深淵に覗かれる前に退散するとしますか、しかしまあ、芳員の奴もマジで危ないかもしれんなあーーーそうつぶやくと青い顔をした進藤はそそくさとその場から離れていくのだった。彼が一体どのような深淵を覗いたのか、知るものは少ない。

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