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豹変

 学校についた僕は、今日使う教科書等の荷物を机の中にしまうと、恋川さんの姿を探した。春先、告白をしようとした相手を気絶させるというとんでもない醜態を晒してしまった僕だったが、ついこの間の事件で、また別のややこしい誤解を抱かせてしまったせいで、相変わらず恋川さんとはろくに会話も出来ない状態になってしまっていた。もちろん同じクラスである以上、授業の間などは机に着席するその姿を確認することが出来るのだが、朝は必ず僕より遅く来るし、休み時間になるとそそくさとどこかへ消えてしまうせいで、誤解を解くことすらままならないのだ。案の定姿の見えない恋川さんを探すことを諦めた辺りで、教室の入り口で軽く手招きをする進藤くんの姿が目に入った。


 「よう、芳員元気にしてるか?」


 威勢よく肩を叩きながらそう告げた進藤君はやや神妙な表情をしていた。


 「なんか神妙な感じの表情をしてるけど、どうしたの?」


 そう返した僕の方を見つめると進藤君はおもむろにその口を開いた。


 「実はな、最近ニュースとかで痴情の縺れ的な話を良く見るだろ、それも不自然な位この街に集中している一連の事件を」


 うん、と僕が頷いたのを確認して進藤君は話を続ける。


 「実はあの内の一件、ちょっとした知り合いが被害者だったんだわ、それで入ってきた情報なんだけどな、ちょっと妙な話になってるんだよ―――」


 進藤君の話では、加害者の女性は普段から精神を病んでいたり、歪んだ恋愛観を持っていたりするような人物ではなく、むしろ極めて明るい性格の常識人といった人物だったようだ。被害者との関係も極めて良好だったようで、刺した刺されたなんて過激な事態に発展するような理由もなく、事件を聞いた周囲は中々そのことが信じられなかったという。普段からそういう傾向のあった人物の凶行ならともかく、温厚な人物が急に、というのは確かにいささか妙な話にも聞こえる。


 「でもなんで進藤君は急にそんな話を僕に?」


 進藤君は別にゴシップ好き、という感じでもなさそうだしわざわざ身内の事件なんて話に来たのは何か理由があるのだろうか?問いかけた僕から目をそらして頭を軽く掻きながら進藤君はバツが悪そうにぼそぼそとしゃべりだした。


 「いやあ、怒るなよ………?なんていうか、身の回りで一番刺されそうな人物のイメージがあるのがお前だったっていう感じ?」


 刺されそうな人物ってどんなイメージだよ!


 「ふむ、なかなかどうしてしっくりくるいめえじかもしれんのう、ヒヒヒッ」


 いつの間にか隣に立っていた浮世さんまでそんな事を言ってくる。


 「いやいや、痴情の縺れで刺されるどころか、告白した相手にすら未だ避けられてる始末なんだけど………」


 すると、落ち込み気味につぶやく僕の顔を見てなぜか進藤君は意外そうな顔をした。


 「え、そうなのか?芳員が告白したのって確か恋川さんだよな、恋川さん、良く芳員の事を見てるような気がするけどなあ、それに水越さんだっけ、彼女もお前のことばっかり見てる気がするしなあ………」


 ええ?


 「水越さんはともかく恋川さんが僕の事を見てる………?」


 てっきり避けられているとばかり思っていたのだが、向こうもこちらに接触したいという意志があるのだろうか?


 「ああ、どういう訳か直接近づかないから、芳員含め煮え切らない奴らだなあと思ってこっちがやきもきしてるぜ。とっととヤることやっちまえばいいのになあ」


 いやいやいや、ヤることって。


 「でも、僕が話しかけようとするといつも逃げるようにいなくなってしまうからなあ………どうすればいいんだろう」


 そんな僕の返答に少し苛立った様子で進藤君は口を開く。 


 「いや、知るかよ。芳員の恋路を手伝っても特に俺に利点はねえしな、自分でうまいことやれよ。いいなあ、芳員はモテて、ホントに刺されちまえ、ついでにもげろ」


 大分辛辣な進藤君の言に苦笑いしているとどこかから誰かに見られているような感覚を受けた。弾かれるようにその視線の元を探すとそこには恋川さんの姿があった。


 「あ、恋川さ―――」


 そういって僕が声をかけようとした瞬間、恋川さんは慌てたようにそそくさと廊下の方へと飛び出していってしまった。ちょうどそのタイミングでホームルームの開始を告げるベルがなり始める。


 「お、チャイムか、それじゃあ、俺はもう自分の教室に戻るけど、芳員もせいぜい刺されないようにがんばれよ」


 そういって去っていく進藤君に軽く手を振りながら僕も自分の席に着席する。数瞬おくれて、廊下の方からそそくさと戻ってきた恋川さんが自分の席に着席したが、それからすぐ先生が入ってきてホームルームが始まってしまったため、結局恋川さんと話す機会は得られないままになってしまったのだった。

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