視線
学校に行くため家を出た僕がソレに気がついたのは、学校に向けて歩き始めて5分ほどが経過した時のことだった。いつもどおりの変哲のない道を歩いているのだが、何やら落ち着かない。肌が泡立つような、むずむすとした感覚に襲われているのだ。肌がムズムズといっても、僕特有の体質からくる垢が剥がれるときのような感覚とは違う。誰かにじっと観察されているような、そんな感覚である。
「浮世さん、誰かにじっと見られているような感覚がして落ち着かないんだけど、何か感じたりとかしてませんか?」
耐え切れなくなった僕が隣を行く浮世さんの耳元で小声の相談をすると浮世さんは、もはや見慣れたオリジナルスマイルで口を開いた。
「ヒヒッ、さてのう………妖特有の気配は感じとらんしのぅ、坊主の熱烈なふあんとやらでも居るんじゃないかねえ」
ニヤニヤと笑う浮世さんは放っておくとして、しかしまあ一方的にじっと見られているのも気分が悪いので、ここは一つ行動に出てみることにした。ちょうど目の前にT字路がある。そこを曲がって直ぐにある電柱の影に隠れれば、追跡者はその姿を晒すのではないだろうか。
不審にならないよう、平静を装いつつ歩みを進める。そしてT字路に差し掛かったところで電柱の影にさっと身を隠す。幸いにも太陽は電柱をはさんで自分とは逆側に位置しており、追跡者が曲がり角に差し掛かればその影を持って接近を捉えることが出来そうだ。
息を潜め待つこと数十秒、追跡者のものらしき影が目の前に伸びてきた。相手に余裕を与えさせないために、僕は勢い良く電柱前へと躍り出た。
「きゃっ」
短い悲鳴とともに僕の前に現れたのはクラスメイトの水越神奈さんだった。視線の正体が知り合いだった事に安堵しつつも、どうして彼女が追跡じみた事をしていたのかが気になったので訊ねることにした。
「なんだ、水越さんだったのか、どうしてこんなところに?」
すると水越さんは、少し頬を赤らめ、手をもじもじとすり合わせながら口を開いた。
「その、芳員君と一緒に登校したいな、なんて思いまして、お家に伺ったんですけど、ちょうど出るところだったみたいで………なんというか、予定が狂ったので話しかけるタイミングを見失ってしまった、という感じでしょうか」
話しかけるのに予定や計画が必要だなんて難儀な性格をしてるなあ、とは思いつつも、まあ水越さんらしいと思えば納得できなくもないと頷くと改めて水越さんに声をかける。
「それなら、今からでも一緒に登校する?」
そういった途端水越さんは目を見開いてその瞳をキラキラと輝かせるとウンウンと何回も頷いて言った。
「はい!是非ご一緒させてください!完璧な登校プランを用意してありますので!!」
身を乗り出すように顔を近づけて、完璧な登校プラン(?)という謎の単語を口にする水越さんには若干引き気味ではあったが、喜んでくれているようなのでよしとしよう。
「それでは!ともに参りましょう!」
やけにハイテンションな水越さんは、自然な動きで僕の手をとるとどこかぎこちない動きでずんずんと前へと進んでいってしまう。当然僕はつないだ手に引きずられるようにして前へと向かうしか無いわけではあるが、ふと先程から喋らない浮世さんのことが気になって首だけで後ろへと振り返った。
視線の先にいた浮世さんはじっと道の先を見つめているようだったが、振り返った僕の視線に気がつくと、何でも無い、と言わんばかりに首を横にふり、僕の隣に並んだ。何か気になることでもあったのか、と言外に視線で問いかけると彼女は、少し、気になる気配がしての、とだけ僕の耳元で呟くといつの間にか姿をくらましてしまった。その不穏なつぶやきのせいか、湿り気を帯び始めた初夏の空気が、どこか不快な印象をまとったような、そんな気がした。