おかえり+1章エピローグ
僕の代謝能力は、僕の抱いた感情に呼応する。極度の緊張や興奮、平静時とは違う感情の強い働きがあると、普段から人並み外れて高い代謝能力がさらに活性化するのだ。それこそ顔の形がはっきりとわかるほどの分厚さの立派な垢をまとめて排出するほどに。僕にとってはそれはコンプレックスで、だからこそそれが告白の時に、意中の相手にバレるなんていう出来事は、大きなトラウマとなって僕の心に深い傷を刻んだ。
トラウマを抱え、自信を喪失した僕は浮世さんと出会った。浮世さんは、いつでも僕の味方だった。初めは取引、なんて言い方もしていた。僕の人より多い垢を摂取する、という打算もあったのかもしれない。けれど浮世さんが僕を支えてくれた理由は決してそれだけではなかったのではないかと思う。正直、どうして浮世さんがここまで僕を支えてくれたのかは分からない。けれど彼女は言っていた。
ーーー坊主がこれから先、動揺したり、あるいは緊張したりして、恥、もとい垢を晒すようなハメになりそうな時は、ワシが必ずそばにいてその垢を舐めとってやるわいーーー
その言葉が嘘ではないというのなら、まだ浮世さんがここにいると言うのなら!僕は、もう一度浮世さんに、会いたい!
全身が熱くなる。体中の血管を血潮が駆け巡るのを感じる。今まさに、僕の身体がその古い皮を脱ぎ捨て、新しく生まれ変わろうとしていた。皮膚の表面がふやけたようになり、厚さを増したそれが剥がれ落ちようかというそのとき、ペロリ、と頬を湿ったナメクジが這うかのような感触を感じた。
「おかえり、浮世さん。さっきぶりですね」
「ヒヒヒッ!勝手に盲になった坊主が何をいっておるか、ワシはずっと坊主のそばにいたというに」
僕が振り向くと、その長い舌を伸ばした浮世さんが、いつものあの意地の悪い笑顔を浮かべていた。
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家に帰った僕は、まさかいなくなった大恩ある妖怪あかなめを探しに行った、等と言うわけにもいかず、冷め切った夕食の前で両親にこってりと怒られた。ひとしきり怒られた後に気がついたのだが、冷め切った食事は一切手を付けられておらず、本当に両親に大事に思われているのだな、という事を再確認した。家を出た本当の理由は話せなかったので、落し物を探しに言ったとだけぼかして説明すると、訝しげな顔はされたものの、見つかったのか、と問われ、うん、と答えれば、そんなに大事なものならもう無くさないように、とだけたしなめられた。本当に、良い両親の元に生まれたものだ。
水越さんは、その後順調に快復し、また元気に学校に通っている。野衾を倒した日に発生した、その………キスを、してしまった事故については気にしていないのか意図的に避けているのか、話題にも上がらなかった。ただ、その………なんだか授業中、彼女の視線を強く感じることが多くなったような気がする。時折、僕の方を流し見て、唇を指でなぞるような仕草をしているのがわざとなのか、無意識のうちの行動なのかわからないけど、その度、言葉にできないドキドキした気持ちになってしまって、危うく垢をばらまいてしまいそうになる。浮世さんがいなかったら危なかったかもしれない。
恋川さんとは、実はあの日以降また、口を聞くことができなくなってしまった。浮世さんのおかげで少し自分に自信を取り戻した僕は、恋川さんと話そうと試みることはできるようになったのだが、肝心の彼女のほうが僕を視界に捉える度に逃げ出すようになってしまった。それでも、彼女の方も時折僕の方に視線を向けていたりもするので、すっかり嫌われてしまった、というわけでもなさそうなので、そのうち話すことができるようになる日が来るだろうとは思う、たぶん。
あ、忘れるところだった。僕の今の生活に欠かせないもう一人が進藤くん。高校生に絡まれているのを助けて以降一番良く話す男友達になった彼は、その後なにやら思うところがあったらしく、僕と一緒に学校の何でも屋をやることになった。お前だけ、ずるい、というのは一体なんの話だろうか。
最後に浮世さんと僕の話だ。無事に再び浮世さんを見ることができるようになった僕。浮世さんが言うには、妖を見ることが出来るようになるまで修行をつもうと思えば、本当はもっと長い時間と厳しい修行が必要なはずだが、浮世さんと取引をしたり、行動を共にしていたりしたことが、ある種の陰陽師の修行のような効果を産んだのではないか、ということだった。あとは、そもそも心に深い傷を負っていたとはいえ、初めに浮世さんを見ることが出来た時点で、ある程度才能があったのではないか、とのこと。
ところで実は、僕は一つ勘違い、というかど忘れをしていた。僕の心の傷が治って浮世さんを見ることができなくなっても、僕には浮世さんを見ることが出来る水越さんがいたのだ。浮世さんがいなくなっていないかどうかの確認は、翌日にでも彼女に見てもらえば良かったし、その上で日々じっくりと浮世さんの言う修行とやらを積むことで、やがては再び彼女を捉えられるようになっただろう、ということだった。何もあの日、あんな風にいきなり飛び出して浮世さんを探しに行く必要もなかったし、浮世さんもそのことはわかっていたようだったのだ。
「まあ、そうなった場合あの娘が坊主に真実を伝えるかどうかは、怪しかったかもしれんがの、ヒヒヒッ」
まあ、浮世さんはそんなよくわからない事を言っていたけれども。何はともあれ、野衾の件は一段落ついて、僕らの日常が戻ってきたのだった。春は終わり、もうすぐ、夏が来る。
これにて、あかなめっ1章は完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
1章細部の修正や、描写不足の箇所を埋めた後に2章の連載を開始します。
この小説に続けて書いていく予定ですが、少し時間が開くと思われるので、
ブックマーク登録等していただけると、更新があった際にスムーズに続きを読めると思われます。
1章は主人公が心の傷を埋めるお話でした。2章以降はもっと戦闘シーンとかが増えていくと思います。
さながらジャンプマンガのように………。