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あかなめっ! 〜ぼろぼろおばけとあかなめ少女〜  作者: 天浮橋 蛭子
ぼろぼろおばけとあかなめ少女
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嘘?

 ーーーこれでもう、ワシがいなくても大丈夫かね。


 「浮世さん………!?」


 浮世さんがそんな事を言ったような気がした僕は、慌てて曲がり角を引き返した。しかしそこには、ほんの数瞬前まで笑いながら立っていたはずの浮世さんの姿は無く、なんの変哲もない路地が広がっていた。


 「ん、どうかしたかね?」


 慌てた様子の僕をみた警察官が何事かと問いかけた。まさか、自分にしか見えない少女の姿が見えなくなった、などという説明をするわけにもいかないので、知り合いの声が聞こえた気がして、とだけ答えた。


□□□


 事情聴取が終わった頃には太陽はすっかりと沈み、街灯の明かりのせいで微妙に見えにくい星空が広がっていた。水越さんは病み上がりであることを考慮され、僕より早めに開放されたそうで、今はもう病院に戻されたとのことだった。深夜というほど遅くはないが、未成年であるということを考慮された僕は、両親に警察署まで迎えに来てもらうという、悪いことはしていないのだが、なんだか非行少年のような気持ちになるイベントを経由し、帰宅した。


 僕の隣に浮世さんはいない。先に家に帰っているのかも、などという希望的な予測も抱いたが打ち砕かれた。浮世さんが最後に言った、不穏な言葉は聞き間違いなどではなかったのだろうか。一体どこへいってしまったんだ。母さんが台所で包丁を振るう音が聞こえる。リズミカルにトントンという音がなるのに合わせるように、浮世さんとの思い出が蘇る。ふと、浮世さんと初めて出会った、風呂場での言葉を思い出した。


 ーーー普通、儂らの様な”モノ”は特別な血筋の人間や修行をつんだものにしか見えんのじゃ。まあ、まれに坊主のように、心や頭の病などで”視え”るようになってしまうものもおるがなーーー


 そうだ、浮世さんは言っていた。浮世さんの様な存在は、普通は目にすることができない。僕が浮世さんを見ることができるようになったのは、心に傷を負ったからだと。僕は、告白のトラウマを乗り越えた、乗り越えてしまった。だから、浮世さんを見ることが出来なくなってしまったというのか、そんな簡単に、見えなくなってしまうというのか………?そんなことっ!


 「母さん、ちょっと忘れ物をしたので、探しに行ってきます!」


 ちょっと、という母さんの静止の声は聞こえないふりをして、家の外へと駆け出した。そうだ、僕はまだ浮世さんからもらったものを何一つ返してなんかいない。認めない。そんな簡単にいなくなってしまうなんて………!


 勢い良く家を飛び出したものの、浮世さんがいそうな場所に心当たりなんてない。走った。ただただ我武者羅に走った。浮世さんと来たことのある場所をすべて周るつもりで。家にはいなかった、学校にもいなかった。病院の前にも、進藤君を助けた路地裏にも、野衾から水越さんを助けた路地裏にも、浮世さんはいなかった。どのくらいそうして走っていたのだろうか。もうきっと夕食はとっくに出来上がって、冷めてしまったかもしれない。母さんには申し訳ないことをした。本当は、わかっていた。きっと浮世さんを見つけることは出来ないと、ただ内から湧きでたどうしようもない衝動に突き動かされただけだ。行き場のない思いの、そのやり場を探して、ただただ、闇雲に走っていただけだった。


 「どうして………あの日浮世さんは言ってくれたのに………これから先、僕がやらかしそうな時はいつでもそばにいて僕の垢をなめてやるって」


 浮世さんは、意地悪な時もあるけど、僕に嘘をついたことはなかった。こんな悲しい嘘が、初めての、そして最後の嘘なのだろうか。


 いや、待て。本当に、浮世さんは嘘をついたのだろうか………?直感があった。浮世さんはきっと嘘をついていない、いや、嘘をつけない。そういう存在なのだ。概念そのものに近しい存在が、嘘をつく、なんてことが、果たしてできるのだろうか。浮世さんが嘘をついていない、もしそうだとすれば、浮世さんはいなくなったのではない。僕から見えなくなってしまっただけなのではないだろうか。もし、僕が浮世さんを見ることができなくなって、それでもなお、僕の近くに浮世さんがいてくれているのだとしたら、それは酷く残酷なことなのではないだろうか。認識されずに、それでもなお義理堅く約束を守り続ける、そんな彼女の姿が脳裏をかすめた。


 そんなのは、ダメだ。僕は、もう一度浮世さんに会いたい。ならどうすれば良いか。浮世さんは言っていた、霊的な存在に関連した血筋であれば、視える、と。僕の知る限り、僕の親戚や先祖にそういう存在がいるという心当たりはない。ならば、もう一度大きな心の傷を作るべきだろうか?いや、これは違う気がする。浮世さんはきっとそんなことは望まないだろう。自身が知覚されなくなることすら承知の上で、僕の傷を癒やそうとしてくれたのだから。手詰まり、なのだろうか?


 頭を抱える僕の脳裏にふと、浮世さんと水越さんとの会話が蘇った。

 ーーー芳員くんの目線が気になって、その先を追っていたら、最近、その、常に視えるようになってしまって…おかっぱの女の子がーーー


 ーーーワシの姿を捉えよう捉えようとしたことが修行として作用したのかもしれぬーーー


 まだ、諦めるには早いかもしれない。

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