トラウマ
「さ、さっきはごめん、水越さん。ちょっと取り乱しちゃって…」
学校の校門をでて、数メートルほど行ったところで、水越さんを両腕に抱えていた事に気がついた僕は慌てて彼女をおろした。
「い、いえ…それより芳員くん、見た目よりずっと力持ちなんですね、驚いちゃいました」
状況のせいか、あるいは褒められたせいか、そう言って微笑んだ水越さんがなぜだかとても魅力的にみえて、不覚にも心臓が高鳴ってしまった。
「はは、昔から何故か力はあってね…」
そういって照れ隠しに頬を掻いた瞬間、ぺり、と嫌な音が聞こえた。その瞬間、桜吹雪が、学校の屋上が、そして失神する恋川さんの顔がフラッシュバックした。
「うわああああ…み、水越さん僕、顔、向こう、あ、あああああああ!!」
突然の事に動揺して、自分でも何を言っているのかわからなくなりながら駆け出していく。
「どうしたんですか、芳員くん!」
急に走りだした僕を追いかけるようにして、水越さんが声をかけてくるが、今の僕の頭はそれどころでは、なかった。見られる、また顔が剥がれるところを見られてしまう!そしたらきっと水越さんも気絶してしまうだろう。せっかく最近快復しつつあった評判も台無し。恋川さんの幽霊でも見たかの様な顔。化け物。ボロボロオバケ
………取り留めのない思考が次から次へと溢れだして止まらない。
気がつけば僕は自分の家の中にいた。水越さんを道においてきてしまった事に気がついたが、元来た道を戻る気力が沸かなかった。そして何より、恐ろしくて仕方がなかった。また自分の顔が剥がれるところを人に見られるかもしれない、ということが。
「なるほどのう、これが、坊主の心の傷の中心、か」
そういうと、はあ、とため息をつく浮世さん。
「坊主、大方くだらんことで悩んどるだろうことは想像に難くないがのう、一応話してみい。今のように取り乱すきっかけになった出来事があったのじゃろう。笑ったりせんからワシに話してみるさね」
その、年端もいかぬ少女の姿とは不釣り合いな、酸いも甘いも噛み分けた年長者としてみせる、どこか暖かささえ錯覚させるような雰囲気の前に、僕はあの告白の出来事を洗いざらいぶちまけたのだった。
「なるほどのう、以前坊主が言っておった、怖がらせてしまったかもしれない女の子、というのは坊主の意中の娘で、それも、告白の最中に顔が剥がれて相手を気絶させてしまった、とな。ワシはてっきり、クラスの除け者にされている事自体が坊主の心の傷の原因かと思っておったが本命はそっちじゃったか。ならば、ふむ、そうじゃな」
座りながら話を聞いていた浮世さんは、納得したように何度か頷くと勢い良く立ち上がり、自信の着物の帯に手をかけた。そして、何をするかと思えば、勢いのまま一気に自信の帯を引っ張り、解いてしまった。
「わわわ、う、浮世さん…な、何を!」
はらり、と帯が地面に落ちる。浮世さんは落ちた帯をそのまま捨ておくと、着物を豪快にはだけ、その傷ひとつ無い白く美しい肢体を惜しげもなく晒した。
「どうじゃ坊主、鼓動は高鳴るか?ワシのこの神々しいまでの造形美を目にして、よもやいきり立つどころか、鼓動の一つも早くならぬことなどあるわけもあるまい!」
そういってニヤリといつもの笑みを浮かべる浮世さん。彼女の言うとおり、その、幼さにも関わらずどこか妖艶さを秘めた白い肌やなだらかな曲線は確かに僕の鼓動を早めた。思わず顔を両手で覆った僕。すると、その顔の皮膚に触れた指から自身の肌の感触が伝わってきた。力を込めると、少しずれるような感触。早まった鼓動は僕の新陳代謝を高め、今まさにその肌を新たなものへと更新しようとしていた。
「ヒヒッ、良い塩梅じゃの」
そう一言こぼすと浮世さんはその瑞々しい唇を開き、長い舌をこちらへと伸ばしてきた。浮世さんの口から伸びた艶かしい舌は、僕の頬の辺りにたどり着くと、顔を覆う両手の隙間を縫うようにして顔全体を丁寧に舐めとり始めた。その筆舌に尽くしがたい感覚に鳥肌が立つのを感じながらも、少女の姿をしたものに顔をなめられているという事態に、むしろ僕の鼓動はますます早くなっていった。
どのくらい、そうされていたのだろうか。僕の顔をひとしきりなめ終わり満足したかのように、浮世さんの舌が離れていく。なぜだか、僕はその事に少し名残惜しさのようなものを感じていた。
「ヒヒヒッ、美味しゅうございました………で、どうじゃ、もう顔が剥がれそうな感覚はないじゃろうて」
浮世さんにそう言われ、我に帰った僕は顔を指でそっとなぞる。確かにもう剥がれそうな感覚は無い。
「はじめに言ったろう、わしはあかなめじゃ。まあ、本来は水場に溜まった垢をなめこそぐ妖じゃがの。坊主の垢も中々美味なようじゃしの。坊主がこれから先、動揺したり、あるいは緊張したりして、恥、もとい垢を晒すようなハメになりそうな時は、ワシが必ずそばにいてその垢を舐めとってやるわい」
「じゃからの坊主、自信を持て。垢の事抜きにすればこんなに出来の良い人間他におらんぞ?垢のことさえ、ワシの様なものから見れば長所じゃしの、ヒヒッ」
1ページあたりの文字数を無理の無い範囲で揃えようとしたらページの区切りがいまいちになってしまった気がします。新規読者が増えないのでどっかのタイミングで時間ずらして、2話投稿する日を入れても良いかもしれませんね。




