A未満
「今の時代、野衾が自然とそんな力を持つ、ということは考えにくい。知恵のある妖ならともかく、野衾はほとんど野生動物の様な妖じゃからの。もしかすると、何者かの意図の働いた作為的なものやもしれぬ」
浮世さんの言ったことが気になった僕らは、放課後に集まって水越さんがムササビを見たという辺りをあたってみる事にした。水越さんは僕と違って部活に所属していたが、幸い彼女の所属する文学部は活動内容も帰宅時間も自由、というほとんど帰宅部同然の部活だったので、時間は取れるようだった。
「芳員君、遅れてごめんなさい!」
放課後の下駄箱前でぼうと立っていた僕に水越さんが駆け寄ってきた。
「遅れるもなにも、特に時間指定とかはしてなかったし、全然待ってもないから気にしないで」
測ってはいなかったが、実際10分も待っていなかったと思う。
「ほう、なにやら逢い引きの現場のようなやりとりに聞こえるのう、ヒヒヒッ」
茶化してくる浮世さんは無視する。
「それじゃあ、行こうか」
と、つい水越さんの手を引き、学校の外に出ようとしてしまった。
「あわわ…」
声にならないような音を漏らし、顔を赤らめた水越さんの反応でその事に気がついた僕は慌てて手を離す。
「ご、ごめん!」
「だ、大丈夫です、その、突然だったから驚いただけで…」
二人して顔を赤く染めながら立ち尽くしていると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「よう、芳員じゃねえか!」
声のした方を振り向くと、見覚えのある男子生徒、中学生離れした体格に見事な金髪の映える鋭い目をした男子が立っていた。
「あ、進藤くん、進藤くんも今帰るところ?」
進藤君が何か部活をやっているという話を聞いたことは無いが、ジャージに着替えていないところをみると帰宅部なのかもしれない。
「おうよ、オレは芳員と同じ帰宅部だから部活も無いしな」
予想はあたっていたようだ。僕は紹介をしようと隣の水越さんを見たが、汗をだらだらと流しながら、何やら慌てているようだった。
「あわわ…芳員君が不良に絡まれてる…」
どうやら、進藤くんの迫力ある見た目から、僕が絡まれていると判断したらしい。
「いやいや、水越さん。僕は絡まれてるわけじゃないよ。紹介するよ、彼は進ど…」
と、僕の言葉を遮るように、進藤君が僕の肩にその力強そうな腕を回し、耳元で囁いた。
「オレの紹介なんてどうでもいいだろ?それよりなんだ、芳員。お前、見た目可愛らしいくせにやることやってるじゃねえか。で、この彼女とはどこまでイッたんだよ?」
思わぬ発言に思わず飛び退くように腕を振り払い進藤くんの方を見る僕。
「いやいやいや、どこまでもなにも水越さんと僕は別にそういう関係では…!」
どもりながら言ったんじゃ余計怪しまれてしまう…。それにあえなくふられたとは言え、僕には恋川さんという心に決めた人が…!!
「なんだよ、なにマジで赤くなってるんだよ。冗談に決まってるだろ?え、それとももしかしてマジでそういう…」
うわあ、変な誤解を招いてるっ!
「あああああ、聞こえない聞こえない」
耳を塞ぎながら大声をだしてごまかそうする。
「おい、あんまり大声を出すな、みんな見てるぞ!」
進藤くんの声で我に変えると、同じく下校しようとしていた、あるいは部活に向かおうと下駄箱に集まっていた他の生徒たちの注目の的になっているという事に気がついた。あっという間にゆでダコの様な顔色になった僕は、さっき手をつないだだけで赤面していたことすら忘れて、水越さんを抱きかかえると、その場から全速力で離れたのだった。




