見えないムササビ
「みみみみ、視えるってなんの事かな…ははは」
水越さんの予想外の一言に動揺して、酷くわざとらしい否定をしてしまう僕。
「い、いえ、その!糾弾しようだとか、追求しようとか言うことでは無いんです。」
あまりに動揺する僕に見かねた水越さんがとっさに言葉を続けた。
「芳員くんが教科書を貸してくれたその日から、私、その、芳員くんの事を時々見てたんですけど、何故か時々、何もいない空間を見つめていたり、リアクションをとっていたりして、それで…」
な、なるほど、水越さんにも浮世さんが見えていたわけでは無いのか…
「じ、実は私、実家が古くは陰陽師の家系だったみたいで、本当に時々なんですけど、視えるはずのないものが視えてしまったりすることがあったんです。それで、ーーー芳員くんの見てるものを見てみたいな、なんてーーーい、いえ、それでその、芳員くんの目線が気になって、その先を追っていたら、最近、その、常に視えるようになってしまって…おかっぱの女の子が…」
み、視えてたあああ!!浮世さんの姿が見られていたことに僕が心の中で絶叫をあげると、ちょうどタイミング良く学校内をうろついていた浮世さんが戻ってきた。
「ほう、興味深い事例じゃな…小娘、名はなんという。この坊主に会う以前はどの程度視えていたのかねえ?」
話を聞くなり浮世さんは不穏な笑い声を浮かべると水越さんに語りかけた。
「は、はじめまして、え、ええと」 「浮世じゃ」
「はじめまして、浮世さん、私は水越神奈と申します。物心ついた時から、時々見ることはあったのですが、今浮世さんを見てるようにはっきりと視えたことはなくて、時折視界の影に映り込むことがある、といった程度でした。」
水越さんの回答を聞いた浮世さんは興味深いとばかりに顎に手をあて頷いた。
「ふむ、ワシの姿を捉えよう捉えようとしたことが修行として作用したのかもしれぬ。しかしまあ普通そんな簡単なことが修行になるとも思えんが、うぬには特別才能があるのかもしれんな。まあ、あるいは…」
そう言って浮世さんは水越さんの耳元に手を添えると何かをつぶやいた。すると、水越さんはたちまち真っ赤になって両手をぶんぶんと振り回した。
「ち、違います…そ、その、そんな…ゴニョゴニョ…う、あああ…うう」
な、何を浮世さんは吹き込んだんだ…
「と、とにかく相談はここからなんです!」
ごまかすように息巻く水越さん。浮世さんのようなのが視えてしまうことが相談内容ではなかったのか。
「相談というのは…?」
聞き返したぼくにたいして神妙な顔を向け直す水越さん。
「はい、芳員くんはムササビっていう生き物を見たことがありますか?私は昔、本で読んだことはあったんですけど、実物を見たことはなかったんです」
ムササビっていうとあの、空を滑空して樹から樹へと飛び移るリスみたいな可愛らしい生き物のことだろうか。
「ムササビは知っているけど、見たことはないかなあ。というか、なかった、というのは?」
「最近この辺りでムササビを見かけるようになったんです。図書館で図鑑を調べたのでムササビであることは間違いないと思います、ただその、奇妙な事にそのムササビ、私以外には見えていないようでした」




