1章プロローグ
春。出会いの季節とも別れの季節とも呼ばれる一年の節目。ちょうど中学に上がったばかりの少年歌川 芳員 (うたがわ よしかず)は、今まさに、これまでの人生で最大の勇気を振り絞ろうとしていた。彼が小学生の頃から密かに憧れていた同級生の女子に告白をしようというのだ。女子の名前は恋川 春町。良く手入れされた黒の長髪は瑞々しく流れ、中学生ながら整った容姿の持ち主で、育ちの良さを思わせる穏やかな雰囲気は幼さと相まってどこか儚げでさえあった。花瓶に据えられた一本の白百合の様な雰囲気を持ちながらも、それでいて人当たりも良いため交友関係も良好、ある種の理想的な美少女であった。
では、そんな創作の中にしか存在を許されなさそうな美少女に対して告白を行おうという少年芳員は無謀な愚か者であろうか?
否である。彼、芳員は格好良い、というよりは可愛いという言葉の方が似合う容姿ではあったが、頭の出来も悪くなく、足の早さもボールの扱いも人より長けていた。要するに勉学良好、スポーツ万能の優等生だったのだ。頭の良さが災いしたか、性格的にはやや打算的な面はあったものの、それがまた同級生に比べ少し大人びた雰囲気を演出し、好印象を与えることもあったくらいであった。
やや古典的ではあるものの、学校の屋上へ恋川を呼び出した芳員は約束の時間の20分前から待機し、告白のための入念なシミュレーションを繰り返していた。芳員は狡猾な少年であった。4月、校庭に咲き乱れた桜すらも雰囲気作りに活用しようと、あえて風の強い日に、加えて、地上より風の強い屋上を舞台に選ぶことで、桜吹雪を発生させ、告白の成功率をあげようと、あわよくばハプニングを――ー
キィ、とやや錆びかけた屋上の、鉄製のドアが開く音が聞こえた。屋上に現れたのは待ち人、恋川その人であった。高鳴る胸を押さえつけ芳員は精一杯クールな表情を作った。
「芳員君、その、今朝、下駄箱に入っていた手紙の件なんだけど…」
風の音を縫うように、鈴を転がした様な音色の声が響く。しまった、相手に先に喋らせてしまった!これではこちらのペースが―――混乱した思考でそんな的はずれなことを考えながらも芳員は乾いた唇を力強く開く。
「恋川さ…いや、春町…僕とつ…いや、俺…お、俺の女になれ!」
混乱のあまり、用意していた段取りを全てふっ飛ばし、女性向け恋愛ゲームのオレ様系キャラの様なセリフを口走る芳員だった。
(あああああ!!やらかしたっ!こんな訳の分からないセリフで告白する意味もわからないし、僕のキャラにも合ってないいいっ!!)
恥ずかしすぎる失態に頭を抱えたくなる芳員だったが強靭な意志の力で踏みとどまり、告白の勢いでつぶってしまった両目をゆっくりと開いていく。目の前には蔑視、ないしは失望か困惑を浮かべた少女が立っているのだろうと予想した芳員だったが、以外にも目の前にはその薄く京都の銘菓なま八つ橋のような白い肌をうっすらと赤らめた少女の姿が合った。
「あ、あの…芳員くんっ…じ、実は私も――ー」
少女のその唇が、少年にとっての勝利を告げる笛の音を響かせようとしたまさにその時、一陣の風邪が二人の間を通り過ぎた。その強風は狙ったかのようなタイミングで桜吹雪を巻き上げ、少年の狙った演出を見事に実現した。透明な名演出家は、しかし、監督の予期せぬ演出をも無断で、導入した。
強い風邪が少年の顔を撫でたその時、顔が、いや、正確には
顔の皮膚が剥がれ落ちた。
垢が零れたとか、仮面がとれたとかそんなレベルの話ではない。ごっそりと、顔全体が剥がれ落ちた。その異様はまだ中学生の少女にはあまりにも、刺激が強すぎた。
新手のホラー映画の1シーンのような光景を直視してしまった少女は意識を手放したのだった。
どんどん話を進めるために、推敲ほぼ0のバージョンを投稿してます。
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