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酔っ払いとキス

同級生と同級生。

大酒飲みの女と下戸の男。

藍原と私は中学高校の同級生だ。大学も同じ沿線沿いだったものだから、時々一緒の電車で通っていた。そして社会人となった今でも連絡を取り合っている仲でもある。

それだけ長い間一緒に過ごしているから、お互いの人間関係や恋愛遍歴、ひいては黒歴史まで知っていて、今更隠すことがないくらい全てが筒抜けになっている。

気の合う友達であり、苦楽を共にした仲間でもある。

それが私たちの関係。

男女間に友情は存在しないという人もいるけど、私たちが15年間かけて積み上げたものは間違いなく友情だと思う。少なくとも私はそうだと信じてる。



「お疲れさん。栗田、先にオーダーしておいたから。ドリンク、何にする?」

藍原の向かいに座った私に差し出されたのは店のメニュー。私はありがとうと告げて、それを受け取った。

間もなく店員が軟骨の唐揚げとシーザーサラダを持ってきたので、ついでにソルティ・ドッグを頼む。藍原は梅酒のロックを注文していた。

基本的に私たちの間には「最初の一杯はビール」みたいな決まり事はない。好きなものを好きなように飲み食いする。気が向けば互いの注文したものを食べ比べたりするけど、あれをしろ、これをしろは無い。

だからこそ、これほどに気楽な関係で且つ長続きしているのだと思う。

「今日は遅くなってごめん。帰り間際に仕事が入って」

「いいよ。俺もそういうのあるから分かるし。お疲れさん」

人好きのする微笑みを浮かべる藍原。その表情に私は肩の力を抜いた。

「お疲れ様。そういえば、会うの久しぶりだよね」

前に会ったのは2ヶ月くらい前のこと。仕事でミスをした直後で落ち込んでいた藍原を、私が慰めて飲み明かした日だ。藍原はぐでんぐでんに酔って、次の日

『頭、痛い…』

と可愛らしい電話が来たのは何とも微笑ましい記憶だ。

そのことを思い出したのか、藍原は眉をしかめている。

「そろそろ会いたいな〜って思ってたから、藍原の誘いはタイミング良かったんだよね」

「それなら良かった。急だったから、さすがに迷惑かなって思ってて。…先週、同僚と飲み会した時にこの店に来てさ。酒の種類がべらぼうにあって、なんとなく栗田と飲みたくなったんだ。ほら、栗田って酒強いし、カクテル好きだろ?」

私はこくんと頷いた。

私はお酒が大好きだ。そしてザルだ。よほど大量に無理な飲み方をしない限りは酔わない。

一方、藍原はあまりお酒に強くない。好きだから飲みたがるけど、何杯か飲むと酔っ払う。笑い上戸になるだけだから、別に良いんだけど。

会話が途切れたと同時にドリンクが運ばれてきた。

「「かんぱい」」

グラスを軽く当て、カクテルを半分くらい飲む。さっぱりとした風味が空きっ腹に染み渡っていった。

そこからはしばらく黙々と食べる作業に入り、お腹が満たされるまでは会話は一時中断した。



4杯目にモスコミュールを頼んだ私は、机に頬杖を付いた。

目の前には潤んだ目と赤い顔の藍原がいる。まだそんなに飲んでいないはずなのに、既に酔っているらしい。

「ところでさ、栗田。彼氏とはどうなったの」

心なしか滑舌が悪い。

私はふっと息を吐くと、ジントニックを呷った。

「別れた。あんな男、もう知らん」

友達の紹介で付き合い始めた男性。紳士で高学歴、高収入、イケメンというハイスペックな人で、私も彼を好意的に見ていた。危うく好きになる所だった。

なのに、何だ。

付き合い始めて1ヶ月経った頃、神妙な顔をした彼から告げられたのは別れの言葉。理由は至極簡単だった。

「実はゲイでしたなんてカミングアウト、いらないっつうの。てか、付き合う前に言え、この馬鹿男!」

努力したけど恋人としているのは辛いとか、しかも好きな男ができたなんて…馬鹿にするにも程がある。

話を聞けば、友達どころか親すら知らない秘密だったらしい。本人も「もしかしたら女の子も恋愛対象に見れるかも」なんて期待があって私と付き合ったのだとか。結局、それは期待外れに終わったらしい。

期待外れは私の方だ。そもそも三十路のくせに自分がバイかゲイか理解してなかったってどうよ、と言いたかったが、あまりにしょげているのが可哀想で口をつぐんでしまった。

「ハイスペックでもゲイじゃあ、むりだよねぇ。そっか〜栗田、また独り身」

ぶつぶつと文句を言う私に、藍原は能天気にヘラヘラと笑った。

「うるさい!今度こそは絶対ものにするんだから!」

飲み物を運んできた店員からグラスを受け取ると、一気に飲み干した。それでも足りずにスクリュードライバーを注文すると、若干引き気味に店員が返事をして、そそくさと去っていった。

向かい側では、ちびちびと日本酒を飲んでいる。

「そういいながら、ながつづきしないよねぇ」

口調が幼くなり、呂律も怪しい藍原がコテンと首を傾けた。27にもなるガタイの良い男が首を傾げても、全然可愛くない。

「う〜…確かにそれはそうだけど…。そういう藍原はどうなのよ?」

「おれ?おれはぜんぜんだなぁ。だって、しょくば…であいないし」

藍原は自動車部品メーカーの研究員だ。出張はほぼ無いようだし、出会いは確かに無いだろう。

「はぁ…出会い、どこかに落ちてないかなぁ」

「おちてるといいのにねぇ」

私のため息と間延びした藍原の声が重なる。

それが面白かったのか、藍原がクスクス笑い出した。釣られて私も笑い出す。

「仕方ない、今日は飲むぞ!」

「くりた、いつものんでる」

右手を突き上げた私に、ごもっともなツッコミをした藍原は、幸せそうに後ろの壁に凭れかかったのだった。




酔っ払いを連れて帰るのは、なかなか大変だったりする。

覚束ない足取りの藍原を無理矢理タクシーに押し込み、私もその隣に乗った。私と藍原の住むマンションは近い。歩いて5分もない。だから、こうして藍原を家に送り届けてから歩いて自宅に帰るのは当たり前のことだ。

「くりた〜」

「はいはい、何でしょう」

「きょう、たのしかった」

「そうだね」

「またいきたい」

「うん。また行こう」

そんな無為な会話を交わし、しばらくするとマンションに到着した。

藍原の部屋は1階、エントランスを入ってすぐだ。私はまだほろ酔いの藍原を支え、部屋に向かった。

「ねぇ、藍原。鍵は?」

玄関の壁に藍原を凭れかけさせ、鞄やらポケットやらを探る。

「ん〜…、ジャケットの」

「ジャケット?あ、あった」

見つけた鍵で玄関を開けると、ふらふらと藍原が入っていった。

「じゃ、おやすみ…」

ドタン!

盛大に何かが倒れる音がして、私は慌てて閉めかけていた玄関の扉を開けた。

「藍原!」

そこには片方だけ靴を脱いだ藍原がごろんと丸まっていた。

すぅすぅと寝息が聞こえるから、生きているらしい。怪我も無さそうで安心した。でもここで寝たら風邪を引いてしまう。

「藍原、ベッド行くよ」

「ん〜…」

「起きて」

背中を叩くと、むくりと起き上がる。その体を支え、私も部屋に入った。部屋は真っ暗だったが、電気のスイッチが見当たらないからそのまま進んでいく。

藍原も行き先を分かっているらしく、動きに迷いはない。

やっとベッドに寝かせると、今度こそ私は退散することにした。

「じゃあね」

藍原に背を向けたその時

「!!!?」

右手首を強い力で引っ張られ、私は後ろに倒れ込んだ。体がバウンドする感覚に、自分がベッドに倒れたことを認識する。

「藍原…っ!なにやってるの」

離してよ!

言おうとした私を、こともあろうに藍原はぎゅっと抱き寄せた。

自分より高い体温を感じて、目眩がしそうになる。

かあっと全身が沸騰したみたいに火照って、熱い。

今まで、こんなことなかった。

いつだって、友達の境界線を越えてくることなんてなかったはずなのに。

なのに、何で?

私たち、友達じゃないの?

「あいはら…なんで」

ぼんやりと呟いた私の頬に、


チュ


柔らかい感触。

「う、あ…」

なに、これ。

心臓が恐ろしく速く強く鳴り始める。

あたふたする私に聞こえてきたのは穏やかな寝息。

「寝てる…」

思わず脱力してしまった。

同時に、自分の中で一気に藍原が異性として認識されていくのを感じる。

無意識とはいえ、頬にキスまでされたのにも関わらず、嫌だとは思わなかった。寧ろ、ドキドキした。

藍原は、どうなんだろう?

このことを知ったら、どう思うのかな?

事故みたいなものだけど、そこに藍原の本音が一欠片でも入っているとしたら。

「まぁ…真意は朝になってからで良いかぁ」

どれだけ体を捩っても、藍原の腕は弛まない。逃げるのは諦めるしかないだろう。

さて、素面の藍原はどんなリアクションを取るのだろうか。

慌てて謝り倒すか、はたまた意外な言葉が飛んでくるのか。

想像すると少し楽しくなって、私はクスリと笑った。そして藍原に身を寄せると目を閉じた。


次の日、目覚めた藍原が現状に慌てふためきベッドから落ちることも、実はずっと好きでしたという告白をもらうことも、その告白に私も自分の気持ちを自覚することも、今の私は何も知らない。


大柄だけど穏やかで草食系男子と見た目可愛いけどがっつり肉食系女子の恋の始まりでした。藍原のなよなよヘタレ感は出たかなぁと思いましたが、栗田の肉食系具合はイマイチ…。

お読みいただきありがとうございました。

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