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5 毎朝の日課 (ヒュー視点)

ヒュー視点です(変態注意)




 今朝も縄を一本、寮の屋根から垂らして二階の窓にそっと触れる。

 内側に張り巡らされた魔術防壁に干渉しないように、慎重に魔力を染みこませる。

 日を追うごとに複雑になっていく防壁に、彼女の成長を感じて嬉しくもあり、巣立ちを見守る親鳥のように寂しくもある。

 とはいっても、こちらも解呪に関しては既に本職並なので、ものの数秒で窓の鍵は音もせずに開いた。


 リアお嬢様を起こす為に、寮の部屋まで顔を出すのが俺の日課だ。

 その幸せそうな寝顔を、ゆっくりと堪能してから彼女を起こす。

 大抵起床と同時に蹴りが飛んでくるので、起こす前に楽しんでおく。


 今日は何故か様子が違った。


「ごめんねヒュー。今まで蹴飛ばして」

 そう、目を覚ましたリアお嬢様に声を掛けられて、久しぶりに一秒以上その目を見つめる時間が与えられて、自然と口元が緩んでしまった。


「いえいえそんな」とか、「気にしておりませんよ」なんて、当たり障りのない従者らしい受け答えをしながらも、脳内では両拳を突き上げて歓喜していた。

 何せ彼女と二言以上話すのは、実に数か月ぶりなのだ。


 入学してひと月もしないうちに、彼女は憮然とし、そっけない態度になった。

 彼女の兄であり、俺の親友でもあるシヴァーリには、環境が変わって癇癪を起してるだけだと言われたが、数ヵ月も続いている。

 しかも俺に対してだけ。

 もしかして屋敷から持ってきた枕を、ついうっかり自室に持って帰ったのがばれたのか! とびくびくしていたが、糾弾してこない所を見るとそうでもないらしい。

 ……枕の件は、故意じゃない、ついうっかり(・・・・・・)だ。一応。



 この学園に通うようになって四年目。

 それまで毎日一緒に居たリアお嬢様と会えなくなり、三年の歳の差を思い知った。

 会えない日々は辛い。悪い虫でもつかないかと不安で、口約束が反故にされないかと気が気じゃなかった。

 彼女にかかった呪いにまで、感謝をしてしまったくらいだ。


 幼い頃は、決して膝上丈しか穿かないと強固な意志を与え、彼女が恥ずかしがる歳になると、毎年ドレスの裾が短くなる呪い。

 ふざけた呪いもあったものだ。


 そんな「ドレスの呪い」には、彼女の美しい脚が自分の以外の目に晒される度に苛立ちを感じる。けれども同時に、呪い付きの二つ名は彼女を邸に閉じ込めておける枷だと感じて、昏い喜びを覚えた。

 自分が傍を離れてから、初めて迎えた彼女の誕生日に発動した呪いに、もしかしてこの呪いは無意識に俺がかけてしまったのではと思ったくらいだ。

 実際シヴァーリやジークハイド侯爵、養父も疑ったらしく、随分厳重に審問を受けた。


 彼女が男装を思いついてしまった時、もっと強固に反対すれば良かったと、今でも後悔している。

 あっという間に剣技を身に付け、見習い騎士など足元にも及ばなくなってしまった。このままでは呪いがあっても、手の届かない場所へ飛び立ってしまうのではと、一日千秋の想いで彼女の入学を待った。


 俺の必修リストに、主席卒業と共に、リアお嬢様の呪いの解呪が加わった。




 拾われた時、明らかに堅気には見えない筋肉をしたバルタザールという執事に、自らの身分を素直に明かした。あそこで隠匿でもすれば、すぐさま侯爵家からは叩き出されていただろう。


 魔族王家の傍流の出であること。母が家督争いに巻き込まれ、父母共に謀殺されたこと。


 大陸が違うとはいえ、人の国と魔の国は、海で繋がっている。

 血の気の多い魔の国の情勢は、人の国にとっても頭の痛い問題だったらしい。

 未だ混乱する魔国の内紛への保険として、ジークハイド侯爵は俺を保護した。


 政治的に利用したいのなら、俺を存分に利用してくれて構わない。

 衣食住と教育を与えられ、何より彼女と引き離されなかったことに感謝しているのだから。

 リアお嬢様とシヴァーリ、そして養父のバルタザール。彼らに出会えていなかったならば、きっと俺は生きてはいないだろう。

 もし運よく生き長らえたとしても、魔王候補になど興味を示しはしなかった筈だ。


 この学園への入学が決まった時期、国を通じて魔族側から接触があった。

 家督争いで人が死に過ぎて、魔国内は酷い有様だった。現魔王を引きずり降ろし、他の候補を立てようとする魔族たちが出てくるのも、無理からぬ事情だ。

『学園で頭角を現し、魔王候補へと名を連ねて欲しい。あとはこちらで後押しをする』

 魔族社会は実力主義とはいえ、元人の従者が魔王になる。その道が険しくない筈はない。

 それでも俺は飛びついた。

 ジークハイド侯爵にその場で約束を取り付けた。


 魔王となった暁には、リアお嬢様を妃に、と。


 今のままでは決して手に入らない、身分違いの彼女が正当に手に入れられるのだ。

 主席でも何でも取ってみせよう。敵対勢力は返り討ちにしてみせる。


 まだこの約束は有効だ。

 その為に彼女は十五歳になっても、誰とも婚約をしていない。

 あと少しで卒業。

 既に地ならしは済んでいる。必要な伝手と実力も、この学園で手に入れた。

 あと少しなんだ。


 だから彼女の言葉に凍りついた。


「今までありがとう。もう起こしに来なくて大丈夫だから」


 それは誰にとっての『大丈夫』なのか。

 貴女に会えるこのほんの一時が、俺にとっての毎日の癒しなのに。

 唯でさえ狙われてしまう位置にいるリアお嬢様が、敵対勢力に目を付けられてしまわないように。学園内では無闇に近づくなと、シヴァーリに釘を刺されている。


「え? あれっ。何で泣くのヒュー!?」

 耐える隙間もなく、一粒涙が零れてしまった。

 彼女の言葉は、幼い彼女とその家族が作り上げてくれた心の中心部分に、まっすぐ届いてしまうから。そこは柔らかい肉が出来上がったばかりで、鎧を纏えていない部分だから。

 確かにシヴァーリの言う通り、ここ(リアお嬢様)を狙われたら俺はおしまいだ。

 慌てた彼女は拭く物を探して右往左往し、結局ベッドのシーツで俺の目元を拭う。

 取り乱す姿と、久しぶりの剣ダコのある指の感触に、自然と心が緩む。


「そんな事をおっしゃらないでください。それに私が毎朝伺いませんと、全てを遮断する魔術防壁の中で、寝坊したお嬢様を一体誰が起こすのです?」

「……ヒューが来なければ張らないもの」

 彼女は少し憮然としている。


「そんなの駄目に決まっているでしょう」

「なぜよ」

「私が安眠できません」

「だから何でよっ」


 今こそ本当の気持ちを伝えて、その手を取って腕の中に閉じ込めてしまいたい。だがまだ、俺はただの従者なんだ。


 シヴァーリとの約束が過る。

 リアお嬢様を妃にと願い出た晩、久々に本気の殴り合いをした。

 こういうのは、普通父親の役目じゃないのか? いつもはリアお嬢様をからかってばかりの癖に、肝心な時だけ本気でくる。

 俺の正体をその時初めて知ったにも関わらず、シヴァーリは変わらずいい男だった。


『正体を明かす瞬間まで、けじめと立場は忘れるなよ。魔王になれそうだからって、みなしで手を出すとか、許さないからな』

『もちろん』

『あと今のお前じゃ、リアは怯えて二度と近寄らない。鏡見てみろ。……あいつの中身も手に入れたいならちゃんと隠せ』

 この時俺はどんな目の色をしていたのか。本気の殴り合いと、彼女を手に出来るかもしれない興奮で、素が出ていたのかもしれない。

『わかってる』

 欲しいのは、彼女の全てだ。


『……もし途中で失敗なんてしたら、次は本気で殴るからな』

『今も本気で殴って勝てなかったくせに』


 口の中が切れて痛い。草の上に仰向けで倒れるシヴァーリはもっと痛いだろう。

 俺も隣に寝転がった。本当は足にきてて、立っているのがやっとだった。


『うるさい。お前に魔王候補になれなんていう父上も、調子よく声かけてくる魔族も、ついでに嬉々としてリアを手に入れようとするお前も、みんな嫌いだ』


 そう言ってシヴァーリは背を向けてしまった。

 やっぱり俺の親友は、いい男だ。


 だから、まだ想いを口には出来ない。


「お嬢様は命の恩人で、とても大切な方ですから。毎日一度はご様子を確認しませんと」

 これが、今言葉に出来る限界。

「じゃあ夜にすれば? 寝起きの寝ぼけ顔見られるのは微妙なんだけど」

「それはちょっと……」

 寝起きだって結構ぐらぐらくるのに、夜の寝室はさすがにまずい。

 シヴァーリだって、朝のように黙認はしてくれないだろう。


「何だか、こっちばかり折れてる気がする」

 溜息を吐く彼女は諦め顔だ。

「申し訳ありません」

「いいよ。じゃあ代わりに私の小言も聞いてね。好きな人はちゃんと一人に絞ること! 複数の子にいい顔してると後で刺されるよ。そんなヒューなんて、見たくないから」



「俺は十年前から貴女一筋です!」と、喉の奥まで出かかった。


 そんなつもりは全く無かったが、彼女の目には俺が浮気性に映っているらしい。

 兄代わりとして扱われるのをこれ幸いと、彼女に触れる隠れ蓑にしていたのが仇となったようだ。


 ――とりあえず他の女性には、距離を一歩も二歩も引いて接しようと、固く誓った。




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