4 呪い学科
呪い学科こと、通称呪い学科。
ミニスカートの呪いを解くためとはいえ、この怪しげな門戸を叩くことになろうとは。
教科専門棟の中でも、一番奥まった所にある呪い学科準備室。
造りは皆同じはずなのに、何故かこの場所だけ明度が下がって見える気がしてならない。
防衛呪術科の専任教師は、解呪の専門家でもある。
本来なら彼を訪ねて質問をしてみたい所だけれど、そこには既にヒューが所属している。
同じ所を調べても効率が悪いし、何よりヒューと鉢合わせるのが照れくさい。
未だに毎朝蹴飛ばし継続中です。
だからあちらに比べると圧倒的マイナーで、しかも選択授業のせいで授業内容が、恋の花占いとか惚れ薬の研究とか、いまいち真剣味に欠ける呪い学科に来てみた。
何もしないよりはいい、はずだよね。
「…………まさかご同類ですか?」
「やっぱりっ。ようこそおいでませ転生仲間!」
邂逅三秒、呪い学科講師ミイアル先生は私の手を取って飛び跳ねている。
やったよ! この世界で初めてご同類を見つけたよ。
二人の共通点は一目瞭然。私は男子の制服。ミイアル先生はマントの下に、アオザイに似た男の魔法使いの専用服を身につけている。
つまり男装だった。
前世のゲームで、差異の一種として膝上丈設定というふざけたことを施されていたのは、一人だけじゃなかった。
攻略相手は数十人、お邪魔キャラも数十人。
その中には服装魔改造組が十人近くいるのだ。
ゲーム会社は手を抜きすぎじゃないのか。
他の前世も何も自覚のない方々は、頑迷なまでにそのスタイルを貫いているし、本人はそれをおかしいとは思っていない様子。子供の頃の私と一緒だ。
だから学園でもめっちゃ浮きまくっている。
そしてミイアル先生の本来の恰好を思い出して、私は心の涙が止まらなかった。
「セクシーボンテージ仕様でしたよね」
「言わないでっ! 常識を取り戻した時、出家しようかと思ったんだからあああああ」
全ての服がボンテージ仕様。
誕生日の度にリセット。
一般家庭の魔族として生まれたミイアル先生の家に、毎年買い替えるお金も無く。
でも修道院に入っても、シスターなのにボンテージという地獄が待っているはず、と涙を呑んで留まったらしい。
悲劇だ。喜劇っぽいけど絶対に悲劇だ。
ひとしきり二人で抱擁した後、ミイアル先生がぽつぽつと語り始める。
「気が付いたら呪い学科講師なんて選択しちゃってるし、自分の恰好だってままならないのに何を教えるのって感じなんだよね」
「ということは、やっぱりこのポンコツな呪いをどうにかする方法ってないのですね」
「何かしらの法則は帯びてるわけだから、方法はありそうなんだけど。でもここまで来ちゃったら、主人公が卒業してエンディングを迎えてくれるのを待つ方が、手っ取り早いかなって」
確かに主人公は王子と同じクラス設定だから、四回生。魔法学園は秋期始まりなので、今年の夏には卒業だ。
あと数カ月の辛抱!
いや、その前に。
「主人公、いるんですか?」
うちのお兄ちゃんの目はやっぱり節穴でしたかそうですか。
ついでにヒューも気付いてないってどういうこと。
ジゴロ的魅力の発動はどうしたの主人公。
「いるじゃない、主人公のデフォルト名そのままでしょ。ヒュー・フレイケイド」
……………………は?
お、落ち着こう。
主人公の特性その一:魔族王家の傍流に生まれる。
以前ヒューから聞きだした昔話によると、彼の両親は亡くなっている。親族のゴタゴタに巻き込まれて、家なき子になっちゃったらしい。バルタザールはうちに来てからの養い親だし。
主人公の特性その二:魔法学園に成り行きで入学。
兄の従者として、成り行きで入学……してますね。
主人公の特性その三:周りが自然と魅了されてしまう。
魅了かどうかは分からないけれど、私と兄はヒューのお蔭で普通の兄妹になれた。だから彼を特別だと思っている。
主人公の特性その四:実は主人公が最強というとんでも設定。
この魔法学園に入学して吃驚した。王子さえもぶっちぎって、うちの従者は定期試験不動の一位だった。ちなみに兄が二位。
王子様、もっと頑張れっ。
性別以外は見事に当てはまっている。
「知らなかったのね。数十人もキャラ用意して、勿体ないからって男性版も出たのよ。こっちの方が結構人気あったみたい。攻略キャラの見分けが難しくて、予期せずして二股が発生するクソゲーとして」
そこは名前を確認しようぜ。
唯でさえ学園の制服は基本作りは同じなんだし。
余りの衝撃に、一瞬世界が霞みかけた。
言われてみればあのモテ過ぎ感。主人公まんまじゃないか。
男でピンク髪は製作者も流石にやめておいたんだね。そこは英断、褒めましょう。
ヒューの青銀の髪と紫の瞳は、彼に合っているし。
でもそうすると私の抱えていた、妹の嫉妬なのか何なのか、訳のわからないモヤッと感はみんなゲームの現象ってこと……?
しかもヒュー自身は無自覚で、周りの好感度上げまくってるよね。
それってどこのジゴロだよ。
そういやこのゲームの女主人公のモテかた、刺されるエンドが無いのが不思議なくらいだったわ。
うわーうわー! 恥ずかしいっ。
自意識過剰にモヤッとしてた自分を殴りたい。
何より、妹としての嫉妬だとか言い訳をしながら、その実恋心を抱いていたことを自覚してしまったのが恥ずかしい。
そのまま真っ白に燃えつきそうだった所を、突然扉が乱暴に開けられて我に返った。
後ろから足音を鳴らして入ってきた彼女を見て、固まった。
「最悪よっ! またベルに、凍える様な冷たい眼で見られた! 姉の信頼だだ下がりしてるんだけど。このクソゲー早く終わってよもうっ」
罵声と共に呪い学科準備室に入ってきたのは、ササミラ姫だった。
「あ、彼女も転生仲間のササミラ姫。って、もう知ってる? 従姉妹設定だもんねー」
能天気なミイアル先生の声が浮いている。
今度こそ私は真っ白に燃え尽きた。
ササミラ姫が転生に気付いたのは魔法学園に入学した時だった。
私と同じく乙女ゲームバージョンしか知らなかった彼女は、現われるであろう主人公に戦々恐々としていたらしい。
主人公がもし彼女の兄の第一王子ルートを選んだら、自分は苛めといびりを繰り返す小姑へと変貌してしまう。
しかもその動機が一国の次期王と結ばれるに足る存在かどうか、見極めるためにあえて谷底に突き落とす気概で挑むという、訳の分からんスポ根プリンセスなのだ。
ササミラ姫はそれまで培ってきた、自らの王女としてのイメージをこよなく愛していた。ゲームになど左右されるものかと、持ち前の根性で耐え抜こうとした。
……やっぱり根性はあるんだな。
けれどミイアル先生と出会って、男主人公バージョンであると知り、更に自分の歩む道が茨の道であると知った。
男主人公バージョンにおいて、ササミラ姫は共通して学園に圧政を布く悪の王女という立ち位置だった。女主人公バージョンではほぼ無かった、物語性が重視された結果らしい。
悪役令嬢!! いや、悪役王女か。
彼女は哭いた。血の咆哮をあげた。
ポンコツゲームによって起こされる強制イベントや、ついつい悪女思考に流されそうになりながらも、何とか三回生まで辿り着いた。
彼女の評判は若干落ちたものの、何とか体裁を保っていた。
それが坂道を転がるように悪化したのは、私が入学してかららしい。
「テリアとか、呼びたくないのよ? 昔みたいにミラお従姉様って呼んで欲しいのよ。それに貴女とやりあった後は、ベルの視線と言葉が痛くて……」
流石はベル。おっとりと振舞いながら、裏で姉を締めていたとは。
両手で顔を覆い、ササミラ姫がさめざめと泣いている。
イベントっぽい場面になると、なかなか抑制が難しいらしい。
「でもね、本当はあの廊下でのイベントだと、ササミラちゃんはリアちゃんに「犬のように靴をお舐め」とかって言うんだよ。それをカットするんだからすごい努力だよ、うん」
ミイアル先生のフォローは有難いけれど、他人事だからかどこか悠長だ。
「それどこの女王様ですか。シナリオライター出てこい」
思わずツッコんでしまうよね。
「出てきたら確実にヒールで仕留める……」
ササミラ姫の声が、地獄の底から出てきたようで怖い。
ああ、やっぱり転生云々抜きにして、この人とも血の繋がりを感じるなぁ。
このやられたらやり返す感じは、兄もベルも王子さえも共通してる。
こうしてここに、転生同盟が結成されたわけですが。
だからと言って、結局呪いを解く術は見つからず、ササミラ姫の小姑いびりも完全には無くならず。
精神的にはだいぶ楽になったけど、結局本筋は解決してない。
とりあえず、毎朝蹴飛ばしてたヒューには謝ろう。
頑張ってくれてるんだから、労わないと。
あと出来ればハーレムエンドは避けて欲しいってやんわりと伝えてみる。
二人の話を聞いて、自分の勘違いの独占欲は良く理解したけれど、女の敵にはなって欲しくないからね。
――そう、私はヒューの事が好きだったのだ。
妹分だと自分自身の心に、安全圏の場所を確保して言い訳をして。
その実、みっともなく悋気を見せていた。
でもそれすらゲームの主人公に向ける仕組まれた感情だなんて。
好きだと自覚できたのはゲームのお蔭。でもその感情すら嘘だと気付かされたのもゲームだから。
強制力というか、自分の邪念を払う為、今日は剣の素振りを百回追加してから帰ろう。
そうすればきっと、支配された感情なんて吹っ切れる。
偽物の想いでジクジク痛む心だって、きっと忘れられるから。