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3 魔法学園

 


 ごきげんよう、ヒステリア・ジークハイドです。

 十五歳の秋、魔法学園の一回生となりました。


 入学式の朝までベッドの支柱にしがみ付いて抵抗したものの、もちろん抗う事は出来なかった。そりゃもう、家庭内に誰も味方がいない孤立無援状態。


 両親と兄は勿論賛成。我が家は、女性にも教育は積極的に推進する派です。

 バルタザールも「お嬢様の見識を広めるためには涙をのんで……」とか、わりとまともな事を言ってきて、ほんとゲームの強制力が怖くなってきた。いつもは超過保護なのに。


 妹成分に飢えていたヒューは、荷詰めを頼まれてもいないのに手伝いはじめる始末。

「毎朝起こしに伺いますね」とか、人の枕を鞄に勝手に詰めながら鼻歌まじりだった。

 女子寮と男子寮は離れているけれど、規則とか距離とかその他もろもろを軽く乗り越えて、本当に毎朝起こしに来る。

 ところで、鞄に詰めていた枕は何処に行ったの。あれ以来寮でも邸でも見かけないんだけど。


 愛犬のマルロイとゾルホイさえ引き留めてくれなかった。嬉しそうに尻尾を振りおってからに!

 どうやら三年続けて誕生日に悲鳴をあげたのがいけないらしい。私を見ると耳を伏せる癖が付いた。私の声はそんなに公害か。尻尾は振るくせに耳は伏せてるなんて、複雑な気分で邸を後にした。



 ・・・・・・・・・・・



 嫌々ながら入った魔法学園だけれど、楽しいことの方が多い。


 ベルとは同じクラスになれたし、級友にも恵まれている。

 男装をするようになってから覚えた剣術も、ここでは授業があるので続けられるから嬉しい。男子の制服だって慣れてしまえば色も女子と同系色だし、そこまで違和感ないような気がしてくる。みんな普通に声を掛けてくれるしね。


 私の剣の師はバルタザールだ。兄もヒューも彼に師事しているので、兄弟弟子ということになる。

 いつもは筋肉で人を押しつぶそうとしてくるべた甘執事なのに、剣の腕は確かで驚いた。昔は冒険者だったという噂も、本当かもしれない。

 剣に関しては一切妥協しない人なので、しっかり稽古を付けてもらった。

 お蔭で、今では「マリベル姫の呪いの騎士」なんて渾名が増えた。「の」が多い。

 この世界は渾名や二つ名を付けるのが好きらしい。但し私とベルの関係は本物の騎士が見たら青筋ものの馴れ合い仲良しなので、あくまで渾名です。


 ……呪いが当たり前に入ってくる件はもう諦めた。人の噂も七十五日って諺は、この世界には適用しないようです。ちょっとRPGとかの副題みたいで格好いいとか思うくらいには、私も調教されました。



 魔法学や薬草学の授業は面白いし、幅広い種族の人々と交流できるのはすごく新鮮で楽しい。貴族の中には上流社会の人間以外とは口もきかないという者もいるけれど、絶対に損してると思う。兄曰く「学園に在籍する意義を忘れた馬鹿者」である。

 このあたりの、人間貴族の派閥対立は面倒なので割愛します。

 だって単純に、モフモフしたウサギ獣人の同級生は全身撫でまわしちゃうくらい可愛いし、魔族の友達は独特の価値観を持っていて勉強になる。

 ファンタジー世界の中でも更に無国籍なこの場所を楽しまないなんて、つまらない。



 楽しいことが多いと言ったけれど、楽しくない事も中にはある。

 そのひとつがこれ。


 侍女と騎士見習いの生徒を引き連れて、どこかの教授の回診かと思う一団がやってくる。

「まあ」

 今し方気付きましたと言わんばかりの反応で、パチンと彼女は扇を閉じる。

 金糸の髪に灰青の瞳。

 毎朝鏡の前で見るのと、そっくりな彼女。


「ごきげんよう、姉上」

「ごきげんよう、ササミラ様」

 微笑み礼を取ったベルに合わせて、私も頭を下げる。


「ごきげんよう。ベルにテリア(・・・)


 にっこり笑んだその人は、ササミラ第一王女。

 二つ年上の従姉のお姫様は、口角を上げて今日もいたぶる目をしている。



 テリアって呼ぶな!



 前世のゲームの攻略サイトでは、私達お邪魔キャラにも渾名が付いていた。横文字カタカナ名よりも覚えやすいからっていうのもあるけれど、邪魔ばっかりしてくるキャラへの苛立ちもぶつけられていたのかもしれない。


 私はヒステリアだから、テリア。転じて犬とか一文字で書かれていた気がする。

 ササミラ姫はササミなので鳥。因みにベルは鈴だった。鈴って!

 テリアって呼ばれると、どうしても頭をもふっとしたワンコがよぎるから、周りにはリアって呼んでもらっている。たとえこの世界にテリア種がいなくても。

 な の に!

 この鳥ササミ姫はテリア呼びを止めやしない。昔は違っていた。普通にリアって呼んでくれてたのに、この学園に通うようになってから急にだ。

 ちょっとだけゲームのせいかなとも思うけれど、私はゲームの主人公じゃないんだし、変な感じだ。



「まったく姉上にも困ったものね。…………便秘かしら」

 ベルの言葉にずっこけそうになる。

「プリンセスが便秘とか言わないでください。周りのみんなの夢が壊れますから」

 あとうちの兄の初恋幻想フィルターも多分壊れる。いや、このくらいじゃ壊れないか。何せ片思い歴八年目突入だしね。


「じゃあ()……」

「それ以上はいかん!」

 何故(しも)関係から離れてくれないのか。

 ベルも立派に踏み外し系の姫だよ。

 まあ、私の親友って時点で普通ではない。ロイヤルプリンセススマイルは、営業用かつ有料らしいですから。


 ササミラ姫はここ最近、評判を下げている。

 第一王子も、第二王女のベルも、分け隔てなく生徒たちと交流をしているのに対し、彼女の交友関係が偏ってきているのだ。

 話しかけられても、興味のある人間以外はスパッと無視をするだとか。男子生徒をヒールで踏んで高笑いしてた、なんて恐ろしい噂まで出回っている。

 興味のない人間がその場に存在しない風に振る舞うとか、権力を持つ者としてはありがちな対応とも言える。けれど、上と下の兄妹がフランクなだけに、彼女一人が浮いている。

 こんな方じゃなかったと思うんだけどな。

 それを言ったら、私もベルもこんなキャラじゃなかったか。




 あとひとつ、私としては非常にもやっとする件がある。


 ヒューだ。

 最近のヒューはちょっと調子に乗っている。


 同級生から下級生、女教師に至るまで、あらゆる女性から秋波を送られているのだ。

 そりゃあね、一回生の時からずっと座学も実技も主席で、王子と次期侯爵さえぶっちぎる魔術の素養を持っているってなったら、モテますよね。しかも手の届きそうな侯爵家令息の従者。身分的にもお手軽!

 貴族令嬢からは、学園の中だけのささやかな恋を味わうお相手として。その他の女性からは、手の届く優良物件として。


 しかもヒューは優しい。

 立場もあるのだろうけれど、彼が誰かを無碍にした所を私は見たことがない。だから、いつも周りには女性が鈴なりだ。


 いや、良いんですよ。

 うちの実兄と違って親しみやすく人気だなんて、妹分としては鼻が高い。

 ちなみにシヴァーリ兄様の方は、見えないバリアを張ってる系なので、観賞用として重宝されているようです。


 でもさ、ちょっとだけ、自分は妹枠として特別扱いだと高を括っていた鼻柱を折られて、胸の奥がもやっとする。

 そんな自分が恥ずかしいやら、やっぱりムカつくやらで、毎朝起こしに来てくれるヒューを無言で蹴飛ばす日が続いている。


 憂さ晴らしに、ベルへの告白にやってくる男子生徒に難癖を付けて、決闘でけちょんけちょんにする毎日だ。

 そもそもいくらフランクだからって、一国の王女に告白に来るのもどうかと思うんだけど。私がやらないと、本物の護衛騎士に半殺されるよ?


「さすが(わたくし)の騎士様ですわっ」

「愛する姫の為ならば、どんな屈強な戦士でも倒してみせましょう」


 ベルお気に入りの恋愛小説の一節を二人で諳んじながら、熱い抱擁をする。ベタさ増量でお送りしております。

 足元には決闘相手がいい感じにのびてて、背景になっている。

 面白がる友人が私たちの周りに風魔法で薔薇を散らし、別の友人は光魔法を操って天使の梯子をかける。……みんな無駄に本気である。

 そろそろ音楽担当をうちの劇団に加えたいなあ。


 で、駆け付けた兄がギリギリ臍を噛むって所までがワンセット。

 お決まりとして、生徒会長特権という強権を私的に振るった兄に、騒ぎを起こしたという理由で拳骨を貰って終わります。私のみ。


 あれ、結局はけっこう楽しいみたい。




「お前がそんな恰好にならなければ、こんな苦労は……」

 一緒に寮まで戻る道すがら、こめかみを押さえる兄の今更な発言に苦笑いをする。


 兄とベルと私。

 三人の影が背の夕日に照らされて、足長に伸びている。

 兄は一応紳士なので、拳骨をお見舞いした憎き妹だって寮まで送ってくれる。

 本音はきっと、ベルと少しでも一緒に居たい、だけど。


 確かに男装しなければ、ドレスが邪魔だし剣術を習おうとはしなかったはず。

 でも決闘をしなかったかと言うと、そこは確約できない。性格はそうそう変えられないしね。

 隣でベルがくすくすと笑っている。


「兄様だって男装に賛成したじゃない。珍しく反対するヒューと対立までしてくれたのに」

 並んで歩く影は、男子制服のズボン姿二人と、女生徒の制服が一人。

 ひとり足りない。


 ヒューは、ドレスの呪いのせいで膝小僧丸出しになるのは看過できないと嘆いていた。そのくせ男性の恰好にも難色を示した。はっきり言って面倒臭い。


 そんなこと言われても他に方法は無いんだし、実験した十五歳の誕生日は滞りなく過ごせたのだから、問題ないのに。寝間着は相変わらず膝上丈になってしまったけれど、これは買い替えればいい。最悪ミニでも誰も困らないし、私がお腹を壊すだけ。


「だが剣の才能が開花するなんて誰が思った? お前の上達速度はおかしい。なんで男装した一年余りで俺に追いつこうとしているんだ。放課後剣術教師に秘密の特訓を受けるとか、その努力いらないだろ! 母上からは、このまま将来お前のウエディングドレスが男物になったらどうしようとかいう、本当にどうでもいい手紙が届くし」


「えーー。それなら学園に入れなきゃ良かったのに……」

 入学式の朝までずっと、抵抗してたじゃないですかー。


「逆だ。家に置いておいたらそのまま武者修行にでも出るのかと心配だったらしい」

 父母の認識がおかしい。

 品行方正な侯爵令嬢として人生を歩んできたはずなのになぁ。なんで?


「そうなったら正式に私の騎士になってくださいね、リア」

 ベルがにこにこと楽しそうに会話に加わった。

 合いの手として最悪のチョイスをみせるのは、絶対わざとだよね。うちの兄で遊んでない?

 ベル相手で強くも出られず、「煽らないでください」と慌てて眉を八の字にする兄は、確かにちょっと可愛いかも。


「まあとにかく、今は俺とヒューの総意としてお前の呪い……というか男装を止めさせるために、奮闘している訳だ」

 つまりここに来て、二人の思惑が男装廃止の方向で一致した、と。

 そりゃあ私だって、通常丈のドレスが着られるならそれに越したことはないですよ。

 これは応急処置ですし。

 ちょっぴり男装に嵌り始めた気もしないでもないけども。

 おっと、これ以上は兄に拳骨二発目落とされそうなので自粛します。


 ヒューは、呪いを解く為にずっと奮闘してくれているらしい。


 呪いやまじないの専門学科を専攻して、毎日遅くまで研究書物を漁ったり。

 交友関係を広げて、獣人や魔族の識者にも繋ぎを付けてもらい、口伝や伝承の類まで調べてまわったりと、忙しくしている。

 本来は従者のはずなのに、あろうことかシヴァーリ兄様は、ヒューに側を離れる許しまで与えてしまった。

「そもそも学園に入ってまで、四六時中従者を使う程厚顔じゃない」なんて、兄は言っていたけれど。


「……この状況、バルタザールにバレたら、ただでは済まないんじゃない?」

「そこは黙っておけ」

「あ、はい」

 目がマジだったのですぐに頷いた。

 従者として仕える主家の子供達を放って調べものなんて、確実にバルタザールの雷が落ちそう。

 あそこの父子の本気の喧嘩は激しいからな……。もしばれたら外でやってもらおう。


 ヒューに会えるのは、寮の部屋まで起こしに来る時くらい。

 でもそれも、私が子供じみた癇癪を起しているから一瞬だ。

 目が合った瞬間には、ヒューは蹴飛ばされて二階の窓から落ちている。蹴飛ばすのは私だけれど。

 王族もいる女子寮二階に、いつもどうやって入ってくるのかは謎だ。

 鍵は二重だし、防御魔法も張ってみたのにな。


 二人が学園に通い始めた頃に比べたら、一日一回会えるのだから贅沢な悩み。

 でも邸に居た頃の様に、声を掛ければすぐ来てくれる訳じゃない。

 子供の頃と違って、遠く離れてしまった気がする。


 ――ああ、当たり前か。

 こんなに視野の広がる場所に何年も居たら、小さな箱庭の兄妹ごっこなんて霞んでしまうに決まっている。

 彼は成長しているのだ。もう痩せっぽちで汚れた少年なんて、どこにもいない。

 私だって一年くらい経ったら、もうちょっと上手い距離をつかめるようになるのかも。

 でも、今はまだ。


「何だかちょっと寂しい」

 ぽつりと独り言のように口にすると、左腕にベルが抱きついてくる。

「こんな可愛い私のリアを放っておくなんて、お馬鹿な人ね」

「ヒューは頭いいんですよ? それに、呪いの為に頑張ってくれてるらしいし。だからこれは情けない妹の愚痴なんです」

「でもフォローも出来ない大馬鹿者だわ」

 少しむくれたベルは、殺人的に可愛かった。これは兄も今頃右隣で鼻の下を伸ばしてるはず。

 そう思っていたら、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられた。

 後ろで一つに纏めていた髪が絡む。


「我慢しろ」

 しかめっ面の兄は不機嫌そうに見えて、実は心配してくれているのだろうか。




 原因が分かっているからって、対処療法しか考えてこなかった。



 もう少し足掻いてみるべきなのかな。

 夕日に照らされた、一人足りない影を見ながら思う。




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