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2 二つ名

本日二話同時投稿となります。

「で? このふざけた呪いに何か心当たりはないのかリア」


 既に身内からも、事件じゃなくて呪い扱いになっているようです。


 図書室のソファにどかりと腰を下ろした兄は、焦げ茶の髪を手櫛で後ろへと撫でつけ、クラバットを緩める。

 気の強そうな切れ長の目は、凍える冬の湖に喩えられる。たまに微笑むと、ギャップ萌えで失神する女性が後を絶たない。まあ、乙女ゲームの攻略キャラですし。

 やや冷たく映る容姿も、次期侯爵としては好印象と取られるらしい。

 妹としては、ブリザードみたいな視線を寄こす兄よりも、普通に優しい人が良かったのですが。

 まあ、幼少の頃から迷惑を掛けまくったせいで気苦労が絶えず、齢十七歳にして眉間に皺を刻んでいるのだから、口が裂けても本人には言えません。

 両親はおっとり泣き上戸だし、妹は色々やらかす呪い付きのミニスカートだし。

 人って自ずと役割を見つけていくよね。


「ありませんってば」

 もちろんゲームの事なんて言えない。しらばっくれます。


「本当か? 間違えて呪いの剣を抜いたとか、魔女の壺を壊したとか、ドラゴンの子をペットに拾ってきたとか。俺の見ていないうちにやってないか」


 日頃の行いのせいで信用が足りてない!

 兄は不機嫌さを隠しもせずに目を細める。

 また私の誕生日に起きた悲劇(笑)に、両親を慰め、暴走しそうな執事親子を力技で止め、成り行きから犯人探しの陣頭指揮まで執る羽目になったからだ。

 ほんといつも貧乏くじですみません。

 謝って収めよう、そうしよう。


「ごめんね兄様。せっかく誕生日に学園から戻って来てくれたのに」


 兄シヴァーリは、全寮制の魔法学園に通っている。

 貴族や王族に加え、魔法に特に秀でた人なら一般人でも魔族でも、さらに獣人でも門戸を開く四年制の学園。その上に研究や学術魔法を志す者が進む大学のような上級機関も存在する。三回生の兄は、このまま上級機関に進むつもりらしい。魔術研究は、兄にとって夢中になれるものみたいだ。


 そう、ゲームの主人公が入学する魔法学園ですよ!

 恐ろしい、私は絶対に通いたくないって思っていたけれど、この頑ななまでのポンコツゲーム強制力だと、そういう訳にもいきそうにない。


「別にお前の為じゃない」

 あ、それは知ってる。

 私の誕生日だけど、お目当ては毎年必ず招待する、従姉妹のマリベル姫だもんね。

 マリベル姫はこの国の第二王女。私の上位互換である(言ってて悲しくなる)ササミラ姫の妹だ。

 彼女とは同じ歳で、ベル、リアと呼びあう仲だ。ベルも誰かのお邪魔キャラだったと思うんだけど、思い出せない。何せ攻略相手は数十人いたからなあ。


 私の兄はこう見えて、片思い歴七年のむっつり奥手野郎です。

 妹と思い人が遊ぶ庭に偶然を装って顔を出したり、不満な振りして保護者風を吹かせて王城までくっ付いてきたりと、いじましい。

 もちろん全寮制の魔法学園に入学してからは無理なので、私の誕生日は兄的には好きな子に絶対会えるボーナスイベントなのだ。

 それがここ三年潰れている。主に私のドレス丈のせいによって。

 そろそろお兄ちゃんがキレそうです。


「ところで、今年も転入生はいなかったの? 百年に一度の才女は登場しなかった?」

 無理に話題を変えてみた。

 ゲームの主人公が存在しているなら、兄とはクラスメイトのはずだし。

 メイン攻略キャラの王子も、兄と同じクラスだから。

 魔法学園への人間の入学は、十五歳から認められる。ある程度の教養と一般常識を身に付けてから、となるからだ。魔族や獣人は見た目も成長速度も人とは違う場合があるから、この枠には当てはまらないけど。


「それ、毎年聞くけど何なんだ? ピンク髪の魅了を振り撒く女って……淫魔の類か」

「そんな言い方してないでしょ。振り撒くじゃなくって、周りが自然と魅了されてしまう様なしゅじ……女性なんです。しかもすっごい才女」

「そんな女生徒は知らん」

「シヴァーリ様の目には、マリベル様しか映りませんからね。そもそも私達のクラスに転入生はおりませんし」

 ナイスアシストを決めたのは、この部屋に入ってからずっと私を膝に乗せているヒューだ。

 短くなったドレス丈の為にブランケットを掛けてくれる配慮があるなら、ついでに膝から下ろして欲しい。十四歳で膝抱っこは流石にそろそろ絵的に痛いのですが。


「ヒュー……俺の見てない所でやれよ。夏の最中に余計暑苦しい」

 兄的にも痛く見えたらしい。


「注意するところはそこですか兄様」

 兄は面倒臭そうに一つ息を吐いて、ひらひらと追い払うように手を振る。


「邸を離れてから、帰ると毎回こうだろうが。もう注意する気も失せた」


 兄の従者として同行する形で、ヒューも一緒に魔法学園に入学している。

 四半期の休みで戻る度に、こんな感じだ。妹分の成分が足りないらしい。

 私はブラコンに育たずに済んだけど、ヒューは確実にシスコンだ。




 父の子供は私達二人だけ。

 シヴァーリ兄様は、ジークハイド侯爵唯一の男子の跡継ぎとして、重い責務を背負っている。

 それは幼少の頃から兄の肩に圧し掛かっていた。

 昔の兄は決して笑わなかった。今も笑わないけれど、それとは違う。表情のない感じの子供で、手のかかる妹などには全く関心を示さない。だから幼い私も兄には殆ど近寄らなかった。

 こなさなければならない事がいっぱいで、兄には余裕が無かったのかもしれない。


 変わったのはヒューがやってきてからだ。

 兄と同じ歳ながら甘やかしてくれる少年に、私はすぐに懐いた。

 ある日、庭でヒューと二人で遊びながらふと顔を上げると、二階の窓越しに兄と目が合った。すぐに反らされたものの、そんな日が何日も続いた。

 兄が家庭教師の授業をさぼって一緒に遊んだのは、何日後だっただろう。

 日付なんて覚えていなくても、あの日三人で手を繋いで見た夕日も、満足感も忘れない。

 嫌そうにしながら、兄は手を振り払わなかった。

 ヒューは何故だか、夕日に目が潤んで見えた。


 兄とヒューはときどき一緒に羽目を外すようになり、私はいつも二人を追いかけた。

 兄は怒るし、私を叱った。

 その分ヒューが私を抱っこして慰める。

 叱る兄と、それを宥めるヒュー。

 漸く、ぴったりと丸く収まった気がした。


 相変わらず叱られるけれど、眉間に皺は寄ってるけれど、兄は冗談も言うしちゃんと笑う。

 それが偶然でも必然でも、彼は兄の心をほぐして、私の隙間を埋めてくれた。

 私達の歪さを整えて、円満な家族にしてくれたのはヒューだと信じている。

 だから私達兄妹は、根っこのところでヒューには弱いのだ。




「それにしても困りましたね。お嬢様の可愛らしいおみあしが、誰の目にも晒されてしまうなんて」

「足くらい良いだろ、別に減るもんじゃなし」

「ひどいよ兄様。確実に求婚者は減るじゃない」


「は?」

「……え」

 反論したら、二人同時に驚愕の表情で見つめられた。

 後ろに居るヒューの表情は分からないけれど、視線は確実に後頭部に刺さってる。きっと兄と同じように目を見開いている。


「……リア。その格好で結婚する気、あったのか」

「ちがうよ! これは私の意思じゃないんだからね!?」

 思わず素でツッコんだ。


「嫁ぐという事は、このお邸からいなくなってしまうということですか? お嬢様はまだこんなにお小さいのにっ」

「ちっさくて悪かったな! 二年後にはもっと育つんだからね!?」

 見られてもいないのに、何だか胸元を隠したくなる。何故だ。

 取り敢えず、私の上位互換(言ってて悲しくなる)のササミラ姫がプロポーション抜群なので、二年後はきっとあの身体になる……はず。


「それに一応こんな呪いがかかってても、侯爵家の娘として生まれたわけですし。それと兄様、自分が結婚したら絶対追い出しそうだし」

「よく分かったな」

「貴方の妹ですから」

 ここで無表情で親指立てる兄の笑いのセンスは、他人にはきっと伝わらない。

 私も無表情で親指を立てておく。


「という訳で、呪いをどうにかする作戦会議を始めます」

 考えてみて欲しい。

 例えばゲームのエンディングと共にこの呪いが解けるというなら、我慢も出来る。

 でもそんな保証はどこにもないし、これ以上のヌーディスト行為は年齢的にもきつ過ぎる。

 今はまだぎりぎり良いとして、三十年後とか……誰も見たくない悲劇です。

 財政的にもきつい。幾ら侯爵家とはいえ、娘のドレスを毎年新調し続けるなんて、現実的じゃない。このまま続くと、ドレスを新調し過ぎて家を傾けた悪徳令嬢とかっていう、別のオファーが来てしまう。

 だから、あまりにベタ過ぎて言えなかった提案をした。

 結果だけ言うと、この案はほぼ成功を収める事となる。





 私の二つ名は「呪いのドレス」から「呪いの男装令嬢」にモデルチェンジしました。

 膝上丈から男装へ。

 呪いの文字はこの先一生外してもらえないのでしょうか。


 どっちにしても求婚者は現れそうにありません。



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