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1 ドレスの丈

 


 私が正気に返ったのは十二歳の誕生日の朝だった。


 目の前にはピンクのレースと薔薇のコサージュをふんだんに使ったドレス。両親が誕生日パーティーの為に拵えたドレスを侍女が掲げた瞬間、自分でも驚くほどの早さでツッコミを入れていた。


「なんでミニスカートッ!?」


 この世界、女性は長いドレスが当たり前。風でなびいて足首が見えようものなら、パンチラくらいの恥ずかしさに分類していい。

 足首イコールパンチラ、これ重要。

 なのにミニスカートドレス。膝上二十センチはありそうな短さ。しかもクリノリンで膨らませているから、これじゃあ歩いただけで中が見える。下穿きが丸見えだ。

 この世界に換算すると、全裸で街を闊歩くらいの衝撃がある。

 私にヌーディストの趣味や思想は無い。


「ですがお嬢様、この丈以外はお召にはならないとおっしゃって……」


 戸惑った感じの侍女に言われて、寝間着姿の自分の足元に視線を下げると、太腿が出ていた。

 十二歳のお肌はつるつるすべすべ、O脚でもないすんなり伸びた脚。

 やったね! ……て、そうじゃない。

 寝間着まで膝小僧が見えている。

 どうりでよく風邪を引くわけだ。

 おろおろする侍女を放置して、震える手で衣装部屋の扉を開け放つと、そこには見渡す限りの膝上ドレス。部屋着も外出着も、みんなみんな丈が短い。


 私は、屋敷の外まで響くような悲鳴を上げた。

 うちのセコムこと愛犬マルロイとゾルホイが怯え、遠吠えを始めるほどの叫びだった。



 ・・・・・・・・・・



 ここは私が前世でプレイしたことのある、乙女ゲームそっくりの世界だ。


 魔族王家の傍流に生まれた主人公が、魔法の才能に恵まれた人々や、貴族、王族が通う魔法学園に成り行きで入学して、めきめきと頭角を現し、将来の伴侶を見つけて魔王まで登りつめちゃうゲームだった。

 王子よりも何よりも、実は主人公が最強というとんでも設定。

 だがそこが良い。

 前世の私はそう思ってた。


 こんな立場にならなければ……。


 攻略相手は数十人。クラスメイト全員(女性除く)と、教師に上級生、果ては学園に棲みつく神獣まで。「どんなニーズにもお答えします!」そんな開発者のコメントを記事で読んだ気がする。

 今生きる現実に当てはめてみると恐ろしい魅了力。そして守備範囲の広さ。人外設定とはいえ、ほんと主人公最強だな!

 このゲーム、攻略相手ごとにそれぞれライバル兼お邪魔キャラが設定されていた。

 その意欲は買おう。毎回同じライバル出てきたら、その子も主人公並のジゴロだし。

 ただ数が多かったせいか髪の色と服装で判別を付けようにも追いつかず、メーカーは途中で投げた。

 姉妹なら見た目ほぼ一緒でもよくない? この際縁戚関係は色で括って分かりやすくしてみようか! とでも言わんばかりの手抜きキャラ造形が横行した。

 攻略キャラの絵姿を手抜きした訳じゃないから、まあ、みんなそんなに気にならないっていう、上手い所を突いてきた。



 ――私には容姿がそっくりの従姉妹がいる。

 この国の王女ササミラ姫だ。メイン攻略相手の一人である第一王子の時に出てくる、ブラコンお邪魔キャラ。

 もうお分かりでしょう。


 手抜きで生まれたライバルキャラ、膝上ドレスしか着ない侯爵令嬢ヒステリア・ジークハイド、それが今の私。

 第一王子の学友である兄、シヴァーリ・ジークハイドを攻略する時に現れるブラコンキャラ。

 目の色髪の色、顔の造りだけじゃなく、設定立ち姿もほぼ一緒。違うのはドレスの丈の長さのみ。

 つまり膝出しが私の個性。


 ……泣いても、いいですか。



 ・・・・・・・・・・



 侍女を部屋から締め出して、取り敢えず頭を五回くらい壁に打ち付けて落ち着こうとした。

 後悔と行き場のないこの慟哭を、体で表した結果です。

 残念ながら一回打ち付けた所で、扉に体当たりをかまして開けた執事のバルタザールに止められたけど。

 そんなことしなくても鍵、持ってるよね? とは思ったものの、ツッコめる状況じゃない。


「お嬢様ああああっ~! ご自分を傷付けるなんていけません。そんな事をなさるくらいなら、このバルタザールめを打ってくださいっ! さあっ」

 ぎゅうぎゅう抱きつき、頭を擦り付けてくるのやめてください。筋肉質な胸板が痛いです、バルタザールさん。


「父上、お嬢様が削れます。やめてください」

「いたっ」

 バルタザールの息子のヒューが、華麗なローキックで父親の脛を蹴りあげた。

 相変わらずヒューはバルタザールに容赦ない。


「大丈夫ですかお嬢様。削れてませんか?」

「削れるってなに。チーズじゃないんだから」

 バルタザールの腕の中から私を掻っ攫ったヒューは、真面目な顔をして変な冗談を言う。

 両脇に手を差し込んで、私をぶらんと吊るようにして怪我のチェックに余念がない。


「削れてるっ」

「それは壁に頭突きをお見舞いした成果です」

 おでこのすり傷に目をとめてバルタザールに殺気を送りはじめたので、そっと壁を指差した。そうしたら今度は壁に向けて呪詛っぽい何かを呟きだした。

 気付かない振りを決め込む。いつもの事だからね。

 これは、ヒューなりの冗談だと信じてる。例え壁の頭突き部分がぶすぶすと黒く焦げてきていても、私は見ていません。気付かないったら、気付かない。

 ……そろそろ子供っぽい柄にも飽きてきたし、母に壁紙の張り替えをおねだりしよう。


 兄の従者を務めるヒューは、紳士付きの紳士と言っていい所作を身に付けているのに、たまに行動が過激だ。見ている分には面白いけれど。


 両親には泣いて心配され、誕生日パーティー中止で一人招待客への説明に追われた兄にはほっぺたを抓られた。痛い。

 今更膝上丈のドレスが嫌だと言いはじめた事に、周囲は大いに戸惑っていた。


 私は物心ついてからの人生を、しっかりと覚えている。

 三つ歳の離れた兄とヒューと一緒に遊びたくて、二人の後をいつも付いて回っていた。

 二人が木に登れば、真似をして降りられなくなり、兄が両親に怒られた。街に出かけると聞けばこっそり座席の物入れに潜んで付いて行き、馬車酔いをして昼食を吐いて、やっぱり兄が叱られた。

 あれ、もしかしてうちのお兄ちゃんって不憫?

 だから私が何かする度に、目を吊り上げて怒るのね。

 とにかく、ゲームの事と前世を思い出せてはいなかっただけで、私は私だった。


 しかし思い返すと、幼少の頃初めて単語を繋げて話した言葉は「ドレス丈短くして」だ。


 ゲームの強制力って半端ないな。


 そんなこんなで十二歳の誕生日を迎えてしまったわけですが。

 今からでも遅くない! もうゲームの事を思い出してるんだから、強制力なんて関係ない。

 これからはスカート丈くらい伸ばしても良いよね。

 主人公の邪魔なんてしませんし、うちの兄が欲しいなら熨し付けて差し上げます。寧ろ貰ってくださいませんか。ゲームと違って、程よく意地と目つきが悪いけど。



 ・・・・・・・・・・



「なんでまたドレス膝上なの!」


 衣裳部屋の中の服は全部普通の丈の長さに作り替えた。

 寝間着だって長くなったから、あれ以来風邪だって引かなくなったし、お腹も壊さなかった。非常に穏やかな令嬢ライフを満喫してました。


 一年後、十三歳の誕生日の朝、侍女が用意したドレスが膝上丈で登場するまでは。


 空色のドレスは、母と一緒に生地から選んだ特注品。

 昨年の誕生日パーティー不発を取り戻すために、母お気に入りの仕立て屋が腕によりをかけた一品。光沢のある絹を使った刺繍には、お針子の本気が感じられる素晴らしい出来だった。

 その刺繍の施された裾のラインが、そっくりそのまま膝上に魔改造されている。

 え? 刺繍は残しつつ膝上に丈を上げるって、どんな神業? ……いや、実際神業なんでしょうけども。説明のつかない感じで奇跡おこさないで欲しいな。

 あの素敵ふんわりラインを返して。お針子達がこれを見たら卒倒するからっ。


 衣裳部屋のドレスもみんなミニスカートドレスに変わっている。それもただナイフや鋏で切り取られたという風じゃない。みんな綺麗に仕立て直されてる。

 まるで最初から膝上でしたといわんばかりに、整然と並ぶドレスたち。


 ほんの少しだけ伸びた身長で、自分の姿を見下ろせば……前の晩までくるぶしを覆っていたはずの寝間着から見える膝小僧。

 腿を撫でる朝の風は、初夏だというのに爽やかだ。ああ、私の誕生日冬じゃなくて良かった。冬だったら確実にお腹壊してるよね。


「……て、ちがーう!!」


 私の苛立ちを含んだ一人ツッコミは、また犬たちを怯えさせた。


 ゲーム怖いよ、どんな縛りだよ。

 ドレスの丈だけ物理的にリセットとか、ホラーだからやめて。


 侯爵家の威信をかけた犯人探しが始まったものの、もちろん犯人は見つからず。

 わかってる、犯人はいわば世界そのもの。

 だからと言ってそれを素直に周りに打ち明ける訳にもいかない。

 前世のゲームが~とか打ち明けたら最後、両親は泣き、兄には残念な目で見られ、ヒューが怪しげな独り言をつぶやき、バルタザールは全力で背骨を折りに(抱きしめて)くる未来しか見えない。

 私は口をつぐんだ。どっかにいる、はた迷惑な何か(・・)が諦めてくれないかなって祈りながら。

 前世の記憶を取り戻した所で、十三歳の小娘に何が出来ると言うのか。



 また一年後の十四歳の朝、同じ悲劇が起こった。


「もういい加減にしろやー!」

 私のあげた声は、悲鳴と言うより怒号だった。


 この年、私に「呪いのドレス」と云う二つ名が付けられた。

 勇者で言うなら名声レベルアップかもだけど、令嬢でこれはいかん。




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