その4
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女心は移ろい易く、と誰が言っていたか。
再び訪れたエイダムス家で、相も変わらずタクティカ盤を挟んで向かい合うゼノヴィアは始終困惑したような、まるで別人のような顔をしていた。
「あくまでエイダムス家を援助する為の形だけのものだからな?」
「ええ、存じております」
婚約の話が決まったときには随分と嬉しそうな顔をしていたので、図に乗るなよと続けるつもりだったが、こんな顔をされていたのではそもそも意味が無いだろう。
目の眩む装飾品は、今日は身に着けていなかった。
先日、帰りを見送られたときも最初に見たときと印象が違っていたような気がしていたが本来はあまり着飾らない性質なのではないかと思われた。髪を緩く纏めた大きめのリボンとペンダントを一つ。着ているドレスも随分さっぱりとしたものだった。
先日のあれは一体なんだったのだろうか。
「大公爵家の方がおいでになるなら失礼の無いように……でしょうか?」
それとなく聞いてみるとそんな答えが、疑問符交じりに返ったきた。
「……限度があるだろ」
「……ええ、本当に」
げんなりとした表情で目を逸らしたあたり自覚はあったらしい。
着飾っていなければゼノヴィアは線の細さが目立つ少女だった。あまり日に当たらないのか肌の白さが際立ち、髪の色と相まって触れただけで砕けそうな精巧な氷細工のように見える。
だが、儚げという印象はない。
あの煌びやかな装飾品にはもう一つ意味があったのだろう。
人の本質は目を見れば分かると父上が言っていた。
貴族の世界は腹の探り合いが常だ。言葉には裏が隠されており、心底いがみ合う相手とも笑顔を交わし、心中呪詛を吐きながらでも必要とあらば機嫌を伺い取り入る。 敵かそうでないのか、的確に選り分けなければつけ込まれ利用されるものだ。
それでも、目というのはなかなか誤魔化しの利かないものなのだそうだ。中にはそれすら隠し切る猛者もいるらしいがそれは別として。
そういう意味でゼノヴィアは正しく貴族的と言えるだろう。カップを持ち上げる動作一つとっても優雅に洗練された所作を見せ、いかにも淑やかに見せている。これなら社交界に入ってもうまくやるのではないだろうか。
にもかかわらず、その目には柔らかさの欠片も持ち合わせていないような硬質な輝きを宿している。煌びやかな装飾で誤魔化されていなければすぐに気づく程に眼光が強い。
(これが本質なのだろうか?)
動じず、物事を冷静に観測し、思案する老練された視線を少なくとも甘やかされているはずの令嬢が持ち合わせるものだろうか。
外見と中身がまるで別物のような―――
貴族令嬢とはこういうもの、という形をそのままなぞって誰かが演じているような錯覚を覚える。
このタクティカだってそうだ。
楽しい、それは偽りではない、偽りではないのだが。
まだ女性の扱いなんてものには不慣れだと自覚はしているが、果たして男女の逢瀬とはこんなだっただろうか。
「スコット様の番ですよ」
深みに入り込みかけていた思考の半ばで、促されるままに駒を進める。
瞬間、ゼノヴィアの目が、キラリなどという可愛らしいものではなくギラリと剣呑に閃き、獲物を捉える鷹のような手つきでこちらの駒に手を伸ばした。
「えっ!? あっ!!ちょ……ま、待った!!」
「……またですか」
致命的な失態をしでかしたことに気づき思わず静止をかけると、ゼノヴィアも特に食い下がることなく駒を戻した。今では殆ど腕に優劣は無くなり、指し直しを恥と思っていては負け越す程になりつつある。
浮かびあがった疑問を頭の中から追い出し、再び盤上に意識を集中させた。
◇
大公閣下達を見送り、安堵と疲労を抱え、デジャヴと“婚約”と言う言葉に若干のゲシュタルト崩壊を感じつつ、スコットとの婚約話の詳細を聞いたのはやはり夕食時だった。
大公閣下と『父様』が友人とは驚いたが、それでも何の大義名分もなく大公爵家がたかだか侯爵家に手を差し伸べるわけにはいかない。何故あそこの家にだけというやつだ、露骨な贔屓と他の貴族から思われればエイダムス家は一時的に立て直したとしても後に孤立することになるだろう。
しかし、将来の嫁の実家としてしまえば何の問題も無く援助することが出来る、その為の形だけのものだそうだ。
ついでに言えば、俺ことゼノヴィア嬢も次期大公に唾付けられ―――失礼、見初められているとなれば伯爵程度では手が出せなくなり万々歳と言うわけだ。
覚悟は決めたとはいえ、回避できるのならそれに越したことは無いだろう。誰が好き好んで身売りなどしたいものか。
思わず、小さくガッツポーズをとっても仕方ないだろう。本当は両拳を高く掲げたいところではあるが流石にそれはご令嬢“らしく”ないだろうと遠慮した。
「お嬢様が……笑った……」
給仕していたメイドさんにポツリとそんなことを言われ、周りを見れば『父様』ですら鳩が豆鉄砲くらったような呆然とした顔をこちらに向けていた。
俺だって嬉しければ笑うに決まっている。……いや、やはり少々はしたない真似だったのだろうか。視線がどうにも居た堪れなくなり部屋に戻ります、と言い置いて逃げるように食堂を後にした。
部屋に戻れば宣言通り、最後の役目を終えた無駄使いの山は綺麗さっぱり売り払われ、本来の広さを取り戻していた。
(……疲れた)
ベッドに飛び込むとどっと疲労が押し寄せてきた。いつもより濃い目に化粧を施されたこともあり、落とさずに眠るわけにはいかないだろうが、まぁメイドさんが呼びに来るまでなら良いだろう。
そうして、後日再びスコットはやって来た。
とはいえ、やることと言えばタクティカくらいしかないので挨拶もそこそこに盤上を挟んで向かい合う。
ちなみに財政がやばいとは知っていたものの、俺は初めて『父様』に物をねだった。
それが目の前に広げられているタクティカ盤である。いつまでも『兄様』のタクティカ盤を借りるわけにはいかないだろうし、万が一汚して更に溝が深まったら面倒事だ。
駒の色が何故か従来の赤と青ではなく、ピンクと水色なのは正直いらない配慮だと思うのだが一応はご令嬢だ、我慢することにしよう。遊ぶ分には何の問題も無い。
そうして、ふとスコットによく婚約受けたよな、と相変わらず“令嬢語”変換しつつ問いかける。この婚約は殆どエイダムス家にしか利の無いものだ。
親が決めたとはいえスコットには嫌なら突っぱねる権利くらいあっただろう。第一、身分不相応とまでは言わないが、間に公爵家らを差し置いてのものである。
少し時間を待ち、そして返ってきた答えに凍りつく羽目となった。
「すみません、……もう一度お願い出来ますか?」
「だから……、まだ決着がついてない」
「……冗談ですよね?」
「婚約者でもない女の家に足繁く通う訳にいかないだろ」
そう言ってスコットが憮然と視線を逸らした。タクティカの勝負がしたいから婚約したように聞こえるのは気のせいだろうか。
「おい、お前の番だぞ」
催促の言葉も余所に、鈍い痛みを訴える頭を抑え心中呻く。
(馬っ鹿じゃ……なかろうかっ!!!)
ゲームやりたさに婚約? 要するに何も助かっていないじゃないか。
俺なら三日でやっぱり気の迷いでしたと言い出す自信がある。前世の世界はどうだったのか知らないがこんな危なっかしい婚約話は前代未聞ではないだろうか。
正直、勘弁してもらいたい。
「……スコット様が次にいらっしゃるのはいつだったかしら」
「当分先ですよ。お嬢様、今日だけで四度目です」
次にきた時、即刻破棄されるのではないかと気が気でなかった俺にはメイドさんの声に若干の呆れと微笑ましげな色が含まれていることに気づく余裕は無かった。
ゼノヴィアお嬢様は婚約者と言う名のゲーム仲間を手に入れた!
スコットとの関係性はこんな感じですかね。やはり身分の高い人間となると人を見る目も養われているので薄々違和感は感じているようです。
・・・君のような勘の良い子供は嫌いだよ。




