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その2

※ブックマーク、評価ありがとうございます。

※3/30加筆微修正しました。手探りで書いているので、割と頻繁に微修正しますがご容赦ください。

 馬車の窓から脇を流れるレンテ川を眺める。

 八歳になり、父上に付いて他の領地を回ることが多くなった。

 古くから王国に仕え、農耕に欠かせないこの豊かな水を護ってきたエイダムス侯爵領を訪れることになったのもその折だ。

 

「家格は下だが、失礼の無いようにな」

 

 不意に父上にそう言われ頷く。

 なんでもエイダムス侯爵とは学生時代から身分の関わりなく親しくしていた友人なのだそうだ。今までそんな話を聞いたことが無かったのは平時であれば、身分に応じた付き合いをしていたからであるらしい。


 平時であれば、今はそうでないということだ。

 エイダムス侯爵家の一人娘が我儘の限りを尽くして家を傾かせた。その果てに財政の立ちいかなくなり、その援助の申し出た、というのが今回の訪問の理由だった。

 とはいえ、大公爵家であるオーリバス家が諸侯であるエイダムス家を訪問するということは普通では有り得ないため、あくまでも非公式なものだ。 


「ゼノヴィアで御座います。大公様、ご子息様、お目にかかれて光栄ですわ」


 そう言って、優雅にお辞儀する淡い水色の髪の少女を見て思わず顔を顰めた。

 一目見ただけでそれが『例の令嬢』だと分かった。

 同時に理解した。これでは家が傾くはずだ、と。   

 

 宝石をあしらった派手な青いドレスに身を包み、それでもまだ足りないのか見せびらかすように煌びやかな装飾品をいくつも身に着けていた。

 エイダムス家の屋敷の室内は全体的に落ち着いた色合いで統一されているせいもあって彼女の姿はひどく浮いていた。


「……スコット・オーリバスです、宜しく。」


 これは近づきたくないな、本能的にそんなことを思ったが、父上に促され挨拶すると少女はニコリと微笑んだ。無垢と言えば聞こえは良いが、家を傾かせておきながら自分が何をしでかしているのかまるで理解していないようにも見えた。


「ゼノヴィア、大公閣下とお話があるからスコット様を案内してあげなさい」


「はいお父様。さ、スコット様どうぞこちらへ」


 そう言って客間に招かれる。


「スコット様、普段は何をされておりますの?」


「スコット様は何がお好きなのかしら?」


「わたくし、最近は歴史に嵌っておりまして……」


 女がおしゃべりとは勿論知っていたがゼノヴィアも例外ではなく、いや他の令嬢以上によくしゃべった。

 余程気を引きたいのか、こちらの冷めた視線にも殆ど聞き流されていることにも気付かず延々と一人しゃべり続ける姿は滑稽を通り越していっそ哀れでさえある。

 

 そうしていい加減甲高い声に頭痛を覚え始めた頃、ようやく話題が尽きたのか所在なさげに紅茶を口に運んだ。

 これでようやく静かになったと安堵しているとゼノヴィアはすっと立ち上がり、少々席を外します、と言って足早に客間から出て行った。

 二度と戻ってくるな、と心中で毒づきながらその願い空しく戻ってきたゼノヴィアが腕に抱えていたのは意外な、しかし自分には見慣れたものだった。


「それ、『タクティカ』?」


 それは最近、よく遊んでいる9×9マスの駒を取り合う『タクティカ』と呼ばれる盤上遊戯だった。

 勉強の合間に子弟達と遊ぶのが密やかな楽しみだった。

 珍しいお菓子や花ではなく、なんだ少しは面白そうなものを持ってくるじゃないか、そう思いほんの少し感心したところで、次の瞬間怒りに変わった。


「教えてくださる?」


 そう言って、ゼノヴィアがはにかんだ様に笑う。

 そんな物までご機嫌取りに使うのかと眩暈を覚えて、分からないなら持って来るなと怒鳴りつけたい気持ちを飲み込んで笑みを形作った。


「いいよ、やろうか」


 一つ一つ、丁寧に駒の名前と動かし方を教えて並べる。そして、決着はあっけないほど早くついた。


「はい、お前の負け」


 そう言って最後に残った駒をわざと盤上から弾き出す。

 駒は机の上を転がって絨毯の上に落ちた。

 ゼノヴィアはしばらく、自分の駒がひとつも無くなった盤上を呆然と見つめたていたが、やがてのろのろと椅子を降りて駒を拾いに行った。

 

 肩が少し震えていたので泣き出すかと思ったが、口を引き結び駒を並べ直す。


「もう一戦、お願いします」


 そう気丈に振舞うのを見て、少しは気骨があるなと思い、いや生意気なだけだと思い直して駒を並べ直した。

 それなら諦めるまで負かし続けてやるだけだ。

 あと何回で泣くかな、と嗜虐心に火がつき始め、同時に持て余した暇の丁度いい玩具を見つけたと思った。



 ◇




 朝、目の覚めやらぬままに慌しくやってきたメイドさん達にクローゼットの中で一番派手で値の張りそうなドレスを着せられ、いつもより念入りに化粧を施され、普段なら付けずに断っているアクセサリー類をゴテゴテと飾り付けられた辺りで、訳が分からないながらようやく俺も勘づいた。


 何かおかしなことが起きているぞ、と。


 何せ、四人がかりで身支度を整えられているのだからただ事ではない。

 例の伯爵でも挨拶に来たかと思ったが、そもそもまだ返答もしていないのだと思い直す。


「……一つくらい外しては駄目かしら?」


「駄目ですよお嬢様。 旦那様が応接間でお待ちです、さぁ、お早く」


 慣れない重みを不快に感じて絞り出した言葉はまったく取り合って貰えず、殆ど放り出されるようにして廊下に出ると屋敷はひっくり返したような騒ぎになっていた。


 何がなんだか、と訝しみながら言われたとおりに応接間に向かって歩きながらふと、窓に映る自分の姿に目を向ける。

 そこにはあの豪華絢爛な、真に不本意な自室をそのまま圧縮したような、未だかつて無いほど飾り付けられた俺ことゼノヴィア嬢の姿があった。


(これはいくらなんでもやり過ぎじゃないか……?)


 と思わず顔が引き攣りかけたのだが、俺は所詮『なんちゃってご令嬢』である。服飾のセンスでメイドさん達に勝るとは思ってないので、彼女達が良いというなら良いのだろう。 

 ……決して、どうせ売り払うなら使わなければ損だとか考えてなどいないだろう。


 応接間につき、失礼しますと声をかけながら部屋に入ると正装の『父様』と客人の姿があった。

 燃えるような赤い髪と顎鬚を生やした、礼装を身に纏っているが鎧を着せたらさぞ映えるだろう厳めしい顔の御仁と同色の髪で年の頃が同じ位の少年だ。

 

「ゼノヴィア、大公閣下とご子息のスコット様だ。ご挨拶を」


 言われて、一瞬、思考が止まり思わず背筋を伸ばした。

 同じ貴族でも格が違いすぎる。侯爵以下、男爵まで極論で言えばどんぐりの背比べだ。うちは千年王国に忠誠を誓った由緒正しき云々、どこぞの戦いで功績を上げた誉れ高き云々と言う差はあれど全て家臣であることに変わりは無い。

 

 しかし、公爵、大公爵。

 連中は別だ。継承権の順があまりに遠いので貴族に甘んじているが、れっきと王族の末裔である。 

 言わば不測の事態のバックアップというやつである。

 そんな人間が出張ってくれば、そりゃ屋敷もひっくり返るはずだ。


 何故だ、と心中で突っ込みを入れ、腹に引き攣った痛みを覚えつつ、作法に則りスカートの裾を摘んで挨拶を交わす。一応、教わった通りに出来ていたと思いたい。


「リネット殿によく似ておる。成る程、アルディンが可愛がり過ぎるのも無理ないかも知れんな」


 大公閣下がそう言って目を細めた。

 今更ではあるが、リネットが『母様』の名でアルディンが『父様』の名だ。肖像画で見た限り、俺のこのクラゲ色の髪は『母様』の遺伝である。

 ちなみに『父様』と『兄様』は灰色で、少し羨ましい。

 

 ふと、スコットと呼ばれた少年に胡乱な目つきで見られていることに気付いた。

 メイドさん達と同じ目なので対処も同じである。大丈夫だよ、怖くないよと念を込めて笑いかけるとさらに警戒した視線を向けられたのは何故だろう。

 

 そうして、大人は大人の話があるからと言われ、スコットを連れて客間に向かう。

 程なくしてメイドさん達にお茶の用意をして貰ったのだが、始終憮然としたスコットをどう扱えばいいのかが分からなかった。

 

 基本的に『父様』に俺が言えるのは「はいお父様」一択である。脳内で言えば「サー、イエッサー」と同義である。

 あるのだが、おん歳八歳前後のお子様の扱いなど分かる訳がない。

 それでも、“令嬢語”変換しつつ最近どうよ、と問いかけ好きなスポーツ、授業では何習っているかなどあれこれと話題を振ってみるのだが、固い表情のまま沈黙を貫かれてはどうにもお手上げである。

 こんな人付き合いが苦手で大丈夫だろうかと少し不安になった。


(……まぁお宅のお父様、おっかなそうだしねぇ) 


 大公閣下というのには驚いたが、戦場に立たせたら総指揮官の癖に真っ先に前線に突っ込んで怒号を放っていそうな印象を受けた。

 あの顔と声で恫喝されたら、多分俺でも震え上がると思う。

 スコットが引っ込み思案に育つのも仕方ないような気がした。


「えー……五百年前ですと、そう、ドリュアス砦の戦いですかしらね。帝国軍二十万の軍勢に対して二十人の魔導師による決死の防衛戦!! あれは何度読み返しても涙が止まりませんね。 他には……」


 ついには話術のレパートリーも尽き、話題が戦史寄りになってしまう。

 子供向けじゃないよな、と思いながらもこの手の話ならあと半刻は持たせてみせる自信があった。


 いい加減、話し疲れて温くなった紅茶で喉を潤しながらぼんやりと考える。


(……せめてテレビとゲームがあればなぁ)


 無いものねだりと分かってはいるが、そう思わずにはいられない。

 ゲームは人類の叡智の一つである。老若男女問わず、やらず嫌いは例外としてコミュニケーションを円滑に進める最高のツールだと確信している。

 

 ふと、そこまで考えて思い当たるものがあった。俺の場合、ゲームと言ったらテレビゲームだったが、思えばそこにこだわる必要はなかった。


 ある。この家にもゲームがある。

 そう気付いた瞬間、立ち上がっていた。

 失礼にならない程度にそそくさと退室して廊下を駆け出す。

 

「悪いけど片付けておいて!!」


 ジャラジャラと音を奏でる鬱陶しいアクセサリーを全部取り払い、近くにいたメイドに押し付けて身軽になった俺の向かった先は『兄様』の部屋だった。

 

 コンコンと数回ノックして入るが、実はいない事を知っている。

 この国では、貴族令息嬢は十二歳になると十六歳まで王都の学園に通うことが決められていた。全寮制なので『兄様』は一年前から夏と冬の長期休暇の時にしか屋敷にいないのだ。

 

 中は広々としていて、全体的に落ち着いた色合いで統一されていた。黒く艶のある木の棚などはやはり一級品で高価なのだろうが居るだけで目を悪くしそうな俺の部屋とは大違いだった。

 学園にいる間だけでもこっちに住ませて貰えないだろうか、と考えながら目的の物を探す。

 

 それはテーブルの上に置かれていた。

 9×9マスのチェック柄の木製の板とその脇には駒がケースに収められて入っていた。

 それらを抱え、来た道を駆け戻る。


「お待たせ致しました」


 客間の手前で息を整え、平静を装って部屋に戻るとスコットの視線が手元に集中していることに気付き、内心ほくそ笑む。


 成る程、これは『タクティカ』というのか。

 やはりゲームの力は偉大である。ようやく笑顔を見せてくれたスコットの説明によると、盤と駒の形からチェスようなものだと思っていたが駒の動きも多少の違いはあるもののチェスと変わりないようだった。

 ただ、大きく違うのは駒の色が黒と白ではなく赤と青ということくらいか。

 

 そう思ったことが間違いと気付いたのは一戦交えた後である。

 チェスで言うところの全滅(ステールメイト)をやらかした俺は心中、感嘆を洩らした。

 これは全く別物だ、と。


 似ているのは動きだけである。

 (キング)の駒は全く同様なので割愛するとして、ルークの動きをするのがこちらでは騎兵(ナイト)、ビショップの動きをするのが魔導師(メイジ)、ナイトの動きをするのが弓兵アーチャー、そして、クイーンが無く替わりに斥候(スカウト)という駒がある。

 斥候(スカウト)は言わばキングにクイーンの機動力を持たせたようなもので八方向全てに動けるのだが、駒を取れるのは周囲一マス分だけというまさに見張りといった感じの駒だ。

 そして、最大の違いがポーンに相当する駒(ウォール)だろう。 俺が全滅(ステールメイト)を食らったのもこれのせいであり、多分、『タクティカ』のキモである。

 ポーンと違い、前後左右に一マスづつ動かせる利点がある代わりにこの駒は他の駒を取ることが出来ない。 敵陣を攻める前に動かしておかないと、せっかく動き回れる駒の動きを大きく阻害してしまうのである。

 時に分断され、時に端に押し込まれ身動き取れないまま次々と駒を刈り取られていた。


 駒を拾い上げながら、笑いがこみ上げる。未知のゲームに本当に久方ぶりに心が踊った。 

 

 緩みそうになる口元を引き締めて駒を並べ直して向き直る。

 さぁ、仕切りなおしだ。

 

淑女らしく振舞うと言ったな、あれは嘘だ。


情景描写の未熟さを最近痛感しています。

ようやく、攻略キャラ一人目です。 ゼノヴィア流の攻略を進めていきたいと思います。


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