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その2

 『父様』はとても間違った方向に親馬鹿である。

 鏡越しに日々送って寄越す品々を忌々しげに眺め、小さく溜息をついた。

 クローゼットにはみっちりと服が詰め込まれ、収まりきらない分は仕方ないのでソファーに重ねられている。

 ブローチや髪留め、イヤリングなどのアクセサリーは二十を越えたあたりで数えるのをやめた。

 ぬいぐるみは無駄に室内を占領しているし、人形などは妙に精巧に作られているせいで不気味の谷を引き起こしている。常に視線を感じるようでハッキリいって怖い。

 

 これだから金持ちは困る。

 侯爵ということは、領主様である。つまり、毎日忙しく仕事に追われているわけで、夕食時くらいしか顔を会わせる機会はない。

 それでもこんなに愛しているんだよ、と表現するにはこういう方法しか他にないのかもしれない。

 それでも金品で愛情を表現するなんてのは下策も下策だ。


 独身で、ついでに白状すると童貞のまま死んだ俺に、家庭事情に口を出す筋合いはないのかもしれないが、こういうやり方は確実に子供を歪ませる。

 前世の記憶を維持したままでなければ、自分は愛されていないのではないかと。

  

 なので、何か欲しいものはないのか、と聞かれる度に俺は分かっているから大丈夫だよ、心配しなくても良いんだよとやんわりと断っているのだが、イマイチ効果は薄いようだった。

 欲しいものというなら、アレらを詰め込むクローゼットとキャビネットが欲しい。もしくは、最低限残して全部引き払って欲しい。


 だが、言ったが最後豪奢な装飾のオーダーメイド品を用意してくるのが確信出来きていた。

 以前、読んでいた本に辺境の小島にしか生息しない巨鳥の卵を掠めてきて食すシーンがあったのだが、その時にうっかり零したのだ。どんな味がするのだろうか、と。

 取り留めない一言だったはずのそれが、その日の夕食に並べられていた時の衝撃は当分忘れられそうにない。

 

 とにかく、どういうわけか『父様』は俺をこれでもかと甘やかしにくるので下手なことは言えないのだった。

 

 もう一度、溜息を吐こうとして、髪を梳かしてくれていたぺスが青ざめたまま固まっていることに気がついた。

 何か、あっただろうかと首を傾げようとしてそれより先に答えを得ることになった。


「……申し訳ありません。何か問題ありましたでしょうか?」


 あぁ成る程、と心中で己の失態に舌打ちした。

 俺からすれば贈り物の山を見ていたつもりでも、何せ鏡越しだ。彼女にはずっと睨み付けられていると思われていたのだろう。


「何でも、ないわ」


 そう言って安心させようとしたのだが、女言葉に慣れることが出来ずどこかぶっきらぼうになってしまう。


「本当よ?」


 もう一言、念を押すとようやく強張った表情のまま髪に櫛を通し始め、安堵する。

 そういえば、他のメイドさんが最低でも二十代後半だったのに何故かぺスはこれまでと違い随分と若い。

 俺としては若い方が嬉しいのだが、もしかしたらあまり慣れていないかもしれないと思った。

 

「お召し物はどうしましょうか?」

 

「その辺から適当に。」


 憮然としてしまうのも許して欲しい、何せドレスだ。 『兄様』と不仲でなければ男物のお下がりを譲って貰う事も出来たかもしれないが、それが叶わない以上クローゼットに詰め込まれた中から選ぶしかないのだ。

 何より、服は着てこそだ。『父様』の好意を、全く有難くないが、無下にするわけにもいかない。


 手早く寝巻きを脱ぎ捨てるとぺスが過剰なフリルのついたドレスを持ってきた。

 今日は……紫か。

 ちなみに、前に一度自分で着ようとしたのだが、襟口までたどり着くのに随分苦労したので大人しく着せてもらうことにしている。

 

 着替えを済ませて食堂に向かう。


「お早う」


 習慣で挨拶してみるものの、食堂の中はいつも通り閑散としていた。メイドさんが数人歩いているくらいだ。

 『父様』はもう済ませて仕事をしているだろうし、『兄様』は顔を会わせないようにわざわざ時間をずらして食事を摂るようにしているとのことだった。なかなか溝は深い。

 

 黒パンとスープ、ワインはまだ飲めないので発酵してないブドウジュースだ。

 スープに浸して、ゆっくりと咀嚼する。この身体、食が細いのであまり慌てて食べると後で気分が悪くなる。

 こういうところも貧弱でクラゲっぽい。


 たっぷり時間をかけて朝食を終えて部屋に戻り、開いているソファーに背を預けて読みかけだった本に手を伸ばす。

 

「お嬢様、今日は天気が宜しいですよ」


 言われて窓の外に目を向ければ、穏やかな春の陽気が差し込んでいた。

 確かに風もなく、今日は気持ちが良いだろうなと思ったのだが、丁重にお断りすることにする。


「本が読みかけだから」


 まだ五年、されど五年。

 全く言語の分からないところからのスタートだったが、他所の国の言語を学びたければその国で暮らせとはよく言ったもので今では問題なく会話することが出来るようになっている。

 文字にしても、四角に文様を詰め込んだような見たことないものだったが、絵本や児童書を経てなんとか読めるようになった。握力の加減かまだ書き取りは難しいようだが。

 まだまだ、分からないことだらけだ。特に国や文化に関しては殆ど理解していないと言っていい。


「あの……!! 宜しければ読んで聞かせましょうか?」


 本に目を落としているとそんな申し出があった。

 どちらかというと静寂に耐えられなくなった、という様子だったが、健気で良い子だなぁと素直に思った。


 とは言え、どうしたものか。ペスには悪いのだが、読み聞かせに向いた本でもないのだが。

 考えている間にそっと手から抜き取られ、ペスが本を開き、そして大きく目を見開かれた。


 まぁそういう反応するだろう。

 

「かえしなさい」


「お嬢様……、読めるんですか?」


 呆然自失だったペスから本を奪い返すと恐る恐るといった様子で聞いてきた。

 無言で頷き、ページを捲る。どこまで読んだんだっけか。

 

 今、俺が読んでいるのは、パルミア王国の建国記である。

 大陸の西方に位置し山脈に囲まれた台地に築かれた王国は、小さいながらも豊かな水と鉱脈に恵まれた土地であった。

 ちなみに我がエイダム領は王国の南、レンテ川に沿う一帯をを治めているらしい。

 豊かな土地、それ故に他国から侵略を受けやすい国でもあったようだ。

 山脈を挟んで東方の小候連合に始まり、いまだ脅威とされる北方の大帝国、それらと幾度となく戦火を交えて今の王国がある、と掻い摘んで話すとそんな話だ。それは良いのだが。

 

「二十キァロとは、どの程度の距離?」

 

 ふと、ペスに問いかける。

 こういったこの星特有の単位は本だけでは分からない。


「え……?」


「ほら、ここに三日かけて行軍したとあるけど、一キァロどのくらいなのかと」


 そう言って一文をなぞって示す。


「えっと……千メェルが一キァロなので……」


 なるほど、メートル法と同程度と考えてよさそうだ。


「ありがとう。 なら、1ルーミルは何ミルくらい……って顔色悪いけど大丈夫?」


 他にも聞きたいことは山ほどあったが、ペスの顔色が蒼白で涙を浮かべているのに気がついた。もしかして立ちっぱなして具合悪くなったとかだろうか。

 

「気分が悪いならベッドに横になったほうがいいよ」


「いえ……あの……」


 本を閉じて、ペスに手を差し伸べる。


「失礼します!!」


 ペスは拒むように頭を振り、一歩二歩と後ずさると脱兎の如く部屋から出て行ってしまった。



 ◇


 息が出来ない。全力で走った身体は空気を求めているのに呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに口から何も入ってこない。

 日の光はこんなに暖かいのに、腕をどんなに擦っても震えが止まらない。


 私は今何を見たの? 何を聞いたの?

  

 最初見たときは大人しい方だと思った。話に聞いたとおり、心を閉ざしているのかもしれないと感じた。

 だって、とても冷たい目をしていたから。


 髪を梳かしているとき、洋服を着せるときには、やっぱりちょっと我儘かもしれないと思い直した。

 相変わらず表情に乏しかったけれど、どこか拗ねている様に見えたから。


 一人で食事をしている姿を見たとき、こんなに良い天気なのに部屋で本を読むと言われたとき、どこか寂しそうに見えた。

 だから、何かして差し上げたいと思った。



 でも、今は―――

 もう、二度とお嬢様を見られる気がしない。

 

 あの無機質な宝石のような瞳がいつも屋敷の何処かから見ていると思ったら、今にも叫びだしてしまいそうだった。


 何故、皆がやめていったのかが分かった。

 分かってしまった。

 言える筈がない。旦那様にも奥様にもあんなに優しくして頂いたのに。

 ご子息のレナルド様にだって。

 こんな感情、仕えるべき主人に向けるものじゃない。

 こんな気持ちで仕えていい筈がない。



 ―――それでも、ゼノヴィアお嬢様が怖くて仕方がない。



ゼノヴィアお嬢様はとても我儘です。

毎日毎日贅沢に暮らして気に入らないメイドは皆クビにしてしまいます。

そうですよね?

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