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前座 サラリーマンだった青年

その日、どこか靄がかかっていたような感覚から抜け出した俺が見たのは、異様なほど高い天井だった。

 複雑な模様の、しかしながら何処か芸術性をもって描かれているような見事な天井は安アパートの異質では有り得ない光景だった。


(ここは何処だ?今は何時だ?)

 

 混乱する頭で飛び起きようとして、それは背中を反らしただけに終わった。そこでようやく身体の自由が利かないことに気づいた。


 両手両足を拘束されている、という感じではない。どちらかといえば全身が弛緩して筋力を奪われているような感じだった。

 掌を握り、指先が動くことに微かに安堵する。少なくとも全く動かないという訳ではないらしい。

周りからは何やら話し声と忙しなく動く衣擦れと靴の音が聞こえてくる。

 そこで、ここは病院なのではないかと当たりをつけた。


(あぁ、俺は倒れたのか)

 

 思い起こして見れば、確かデスマーチの二十日目だった。

 

 大学を出たはいいが、ものの見事に就職難民の波に揉まれ、自棄になっていた俺は貰った内定通知に零細企業のものだったが、一もなく二もなく飛びつき、入った会社はブラック企業だった。

 

 書面に書かれていた二時間も前が本当の出社時間、残業は日付が変わるまでが当たり前。会社に泊り込むのだけは安いプライドが許さず、近くにアパートを借りていた。

 とんでもない勤務内容だったが、ここをやめてまた職探ししようなどとは思わなかった。またあの自分は無価値な社会のゴミなのではないかと悩む日々に戻るよりはと必死に働き続けた。

 その結果がこれである。

 

 額に手を当て、深く溜息をつく。

 会社は俺を確実に解雇しているだろう。自己管理の怠慢とか適当に理由をつけて。いや、案外それすら理由すら必要とせず、クビかもしれない。

 あの社長は、人を消耗品としか見做していないようにしか思えなかった。

 それでも、俺は心の何処か安堵していた、これで休めると。

 

 ふと何気なく、違和感を覚えて手に視線を向ける。目に映ったのは指の異様に小さな不恰好な手だった。

 開いているより握っている形が正しいと思われるソレはまるで赤子の手のようだった。

 恐る恐る、指に力を込める。目の前の掌はにぎにぎと間違いなく俺の意志で動いていた。


 心臓が跳ね上がる。

 俺はとんでもない思い違いをしているのではないだろうか。

 思い出せ、意識を失ったのは何時だったか。会社から帰って、コンビニ弁当を電子レンジに入れた後、強烈な眩暈を覚えて――ー暗転した直後、目を貫く凄まじい閃光である。


 あれはもしかしたら、暗いところから明るい場所に出たときに目が眩む様に、赤子が生まれて初めて目にする光なのではないだろうか。


 心臓は最早、エンジンか何かのように早く打ち息が詰まる。

 同時に、認めがたい憶測に鼻の奥が痛みと熱を帯び始めていた。

 最早、自分の意思では止められず漏らしたつもりの嗚咽は大声量の、やはり赤子の泣き声だった。


 認めるしかない。

 俺は―――死んだらしい。 


 ◇


 再び、目を覚ましたときには随分と視界がハッキリしていた。身体もだいぶ安定感があるように思う。

 おそらく、前回目を覚ました時には首も据わっていなかったのではないだろうか。

 

 俺は動くようになった首を動かして辺りを見渡した。

 やはり見覚えのない部屋ではあったが、とんでもなく広いと感じた。

 赤子の視点だからというのもあるだろうが、それを差し引いても相当広いだろうと思う。

 

 一面に敷かれた絨毯、大きな暖炉、壁に備え付けられた細かな細工の燭台、窓一つとっても壁全体を使った大きなもので格子に区切られたものの上部に半円のドーム状をくっつけたような……なんて言うんだろうなあの形。

 一言で言ってしまえば、俺が今いる場所はお英国貴族なんかが住んでいそうなお屋敷だった。

 つまり、今世は富豪の家に生まれたということだろうか。

 あるいは本当に貴族なのかもしれない。

 

 そう考えれば、新たな人生も悪くないかもしれないと思った。

 後悔がないわけではないが、泣いても喚いても前世に戻ることが出来ないならば早々に諦めるべきだ。

 願わくば、なるべく早いうちに俺の遺体が発見されてほしいものだ。あと、パソコンは電源を入れずに処分してもらいたい。


(結局、親孝行らしいものは出来なかったなぁ)

 

 惜しむらくは両親に別れの一つも告げられなかったことか。

 就職してからはろくに帰省も出来なくて前回会ったのは正月の頃でそれっきりだ。

 寂しさが込み上げてきてまた鼻の奥が痛くなり始めたので無理矢理考えるのをやめ、視線を前に移す。

 

 ちなみに周りで動いていた人々の正体はメイドさんだった。

 よくメイド喫茶で見かけるフレンチメイドではなく長いスカートとエプロンドレスのヴィクトリアンメイドのほうの格好だった。

 だが、俺はここが英国でないことを知っている。

 それどころか、地球上ですらないと思う。

 

 何故なら、彼女らの髪色がとても非常識だからだ。

 金髪、赤毛はまぁ良いとしよう。それに加えて紫、青、緑は二次元かそれを基にしたコスプレでしかお目にかかったことが無い。

 それでも違和感が感じられないのはウィッグなどでは感じ得ない生きた髪だからだろう。


 何より、時折聞こえてくる話し声は聞いたことの無い言語だった。

 勿論、俺は生前英語もろくに話せない人間だったし、ロシア語やドイツ語、フランス語を聞き比べても外国語としか認識しなかっただろうが。


 輪廻転生は動物や虫に生まれ変わることも有り得る。という話だったが、まさか宇宙規模だったとは思っていなかった。

 図らずも俺は死んだことで神秘主義者が長年追い求めていた真実をいくつも暴いてしまっていたらしい。

 

 死後の世界。地球外生命体の存在。

 あと、物心つく前の幼児は前世を覚えているらしいという話もこうやって俺自身が証明してしまっている。


 それを誰にも話すことが出来ないのは残念でならない。

 前世に伝える手段は無いし、この世界の人間と意思の疎通が出来る頃には物心ついてきっと前世など忘れてしまっているだろうから。

 

 

 

※初投稿ですが、頑張ります。 悪役令嬢モノに挑戦ですが、多分少女マンガ的にはならないと思います。温かく見守っていただければ幸いです。テーマとしては逆ハーが全く嬉しくない主人公と逆ハーは目指すけど性格は悪くないヒロインです。

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