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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS聖女お父さん

聖女のおっちゃん

作者: ミロ

練習。文体や誤変換、誤用には注意したつもりですが、気になる箇所がございましたら、ご指摘いただければと思います。

「寒っ……やっぱ日が出ても寒いね。空っ風ってやつかな……」


 雲一つない空、波の無い穏やかな海。岩浜を跳ねるように移動する人影があった。白地に背中に大きく紋章が青い糸で刺繍されている膝丈の少し胴回りを絞った探索者用ローブを着た少女が、この人影の正体である。

 ここアマレ村は海岸まで山が迫っている地形のため、街道沿いにへばりつくように立ち並ぶ家が20件ほどの小さな集落である。入り組んでいる岩浜を利用した小さな港を持つ漁業を営む者が多い。辺りは皆漁へ出かけているのか、人影は殆どない。


 ハイケは数少ない人影の一人である。2日前に港へ向かう途中、近道をしようと浜の岩を飛び越えようとしたところ、足を挫いてしまったのだ。幸い骨には異常がないようだが、治癒術師がいる街へは片道1日はかかり、治療費……建前はお布施のようなものだが……も高額であり、数日は漁を休むことにして、今はのんびり網の補修などをしていた。

 そのハイケが座りっぱなしで傷んだ腰を伸ばそうとして、痛む足を庇いつつ立ち上がり大きく伸びをする。遠目に少女の姿が目に入り……そのまま固まった。


 あの女の子が来てるローブ……あの紋章……!?


 30秒は固まっていただろうか、何とか再起動を果たしたハイケは、大急ぎで自宅へ向かった。普通の大人の足であれば、1分と掛からずに辿り着く距離であるが、怪我をかばいつつ歩いたおかげで着いたころには、ずいぶん息が切れていた。


「ドリス!、海岸に聖女様いるぜ!」


 聖女。およそ人が到達し、統治している領域では土着の宗教を除くと、「神」の教えを広める「教会」が選定したとされる唯一人の人間。男が選定されることもあるが、男女どちらの場合も「聖者」と呼ばれ、特に女性の場合は「聖女」と呼び分けることもある、どの国にも属さないどの国の法からも制限を受けない存在である。

 今代の聖女は選定前の出自は秘匿されているが、魔族領域からの侵攻に合わせるかのように選定され、その力を持って反撃・打ち滅ぼし、その後は中央の教会で過ごしていると言われている。故に、一人で辺鄙な村にいるようなことはありえないように思えるのだが……

 うちの旦那は、陸で怪我する間抜けだけど、こんな変な冗談言わない人なんだけどねぇ。「で?その聖女サマはこんなところで何してるのさ?」

 ハイケはその髭面を微妙に歪ませ、僅かに、む……と口籠り……


 「いや、なんかウニ食ってる」




 「うまー!こんなに採りたてのウニ食えるなんて、あっちの世界でもなかったなぁ!」

 薄い金色の髪を後ろで束ねている少女は満面の笑みを浮かべて、岩場でしゃがみこみ、持参したのであろうスプーンを使ってソフトボール大ほどもある大きなウニを食べていた。冬に採れるので、この世界では冬ウニと呼ばれている。

 「こんなにウニ取り放題食べ放題だなんて……痛風とか大丈夫かなー?治癒魔法で尿酸値下がるのかなー?」

 少女は腰には剣を帯刀している。聖剣・魔剣と言われている剣。かつては魔族を切り、教会に敵対する人を切った滅するための魔力と……切られた者の怨みが込められているであろう唯一無二の剣。これを鞘から引き抜くと、ウニの口側の殻に刃を当てる。音もなく、あらかじめ食べられるために用意された器のふたのように、かぱりとその身を外気に晒した。


 「ご飯欲しくなるね。それに、塩味もいいけど醤油も欲しいしなぁ。今度の転送魔法、成功させたら……帰れたら……寿司行こう寿司!」


 剣を鞘に戻し、まだ棘をうねうねと動かすウニを持ち直して中を覗く。中身は向こうのバフンウニやムラサキウニよりずいぶん大きい。一片でスプーン大匙一杯以上はあるそれは向こうのウニとは違う色合い――真っ白に輝いている。小さな口をうがーっと声に出しつつ開き、それを頬張る。口の中に広がる塩味、後から追ってくる海の香り、そしてこの大きさでは想像もできないくらいのコクのある味わい。滑らかに口の中を移動し、スッと喉の奥へ消えていく。少女は余韻に浸るように目を閉じ――頬は緩んでいるが――ほうっと息を吐いた。陶然としているその表情はまだ幼さを多く残しているが、妙に艶めかしくもある半開きの口を動かし――


「あーーー熱燗呑みてぇなぁ」

おっさんのような色気も何もないセリフを吐いた。


 この少女――ディアーナ・ローゼは、「教会」がその事実を隠しているが、「呼ばれた者」である。佐藤幸次、50手前のエンジニア――最近は部下の管理に忙しく、殆ど現場仕事はしていなかったが――は、自分にはちょっと釣り合わないんじゃないかと影口を叩かれそうな美人の嫁と、父である自分に倣ってエンジニアを目指すために――嬉しいことだ――地元の高専に進学した息子、それに母親に似てくれて本当に良かったと思う中学生の娘――父のパンツと一緒に洗濯機に洗い物を入れると怒るのが悲しい――と4人で暮らしていた、ごく普通の家庭を営み、日々の風通しが良くなっていくような気がする自分の頭頂部に怯える無害な、それでも自分としては大成功したんじゃないかと思える、そんな人生を送っていた。

 夜中、トイレに向かうために階段を下りていた時に気が付いた。築5年、都心から電車で2時間以上かかる20年近くローンが残っているが、それなりに広い自宅であり、夫婦の寝室で妙な不調を覚えた幸次は、不調の心当たり――飲みすぎか、先日から始めた育毛剤の臭いにあてられたか――を探しながらトイレに向かったのであるが、階段の中ほどまで差し掛かったとき、足に違和感を覚え、下を見ると足が半ばから見えない、「消えている」のに気が付いた。えっ? と思う間もなく前のめりに階段を転がり、意識を一瞬飛ばし気が付いた時には儀式の間――後に聞かされた――であったのだ。


 「×××××××××××」

 「××××××××、××××××××××××!」


 体はどういう理屈か、金縛りにあったように動かない。かろうじて動く首を右回すと、聖職者が着ていそうなガウンを纏った背の高い男がいる。何かを話しているのだが内容は全く分からない。自分の周りを似たようなガウンを纏った者が何人かいるようだ。幸次と男の目が合うとニヤリと笑い、手を上げて合図をする。

 一拍おいて、なにやら液体が流れる音が聞こえてきた、その時。動かすのが億劫であるために右に顔を向けていたのでが……その反対側から、「ギャーッ!!××××××!×××××!」


 恐らく女性であろう叫び声と、よく判らぬ言語が聞こえてきた。混乱する頭のまま、どうにか首を左へ動かす。


 最早、皮膚の殆どが溶けてしまったであろう人が、絶叫を上げながら横たわっていた。ガウンを纏った男――老人だ――が女性と思われる体に液体を掛けている。ジュッという音とともに体が溶かされ……どうやら女性は絶命したようで声は静かになったのだが、グズグズと体が溶ける音だけが響く……


 「ウソだろ?」


 こちら側――右側だ。女性と並んで寝かされていたらしい――へ液体を掛けていた老人が移動してきた。


 「ちょっ!あの!明日会議が!企画通さないと!」


 言葉が通じないのだろうか、幸次のちょっとズレた訴えもまるで通じないようだ。

 ローンは……死亡したら免除できる保険に入ってたからたぶん大丈夫。失踪扱いかもしれんが、数年経てば死亡認定されるし事情を話せば、銀行も考慮してくれるだろう。多分。

 生活は……息子の幸太も後1年と少しで卒業のはずだ。あの子は優秀だ。就職もどうにかなるだろう。多分。妻は……美穂には苦労を掛けるな……

じゃなくて。まじでさっきのやつ、俺にも掛けんの!?痛そうなのに!麻酔とかないの!?ああ、こんなことならもっと呑めば良かった。久しぶりに地酒のいいやつ買ったから、長く持たせようと思ってけちってしまった。


 「!!!!!!!!」


 突然腹部を襲った焼けるような痛み。動かないはずの体が痙攣する。


 「あ、がっ!?何……!」


 老人は、機械的に何の感情も見せずに液体をかけいてたが、幸次と目が合うと少しだけ憐れむような視線を返し……頭部にその液体をかけた。

幸次は、絶叫を上げる間もなく意識を失い……溶けて肉体も失った。


 次に幸次が目覚めたときのこと、その後の日々は思い出したくもない。屈辱と自己嫌悪と。そんな日々。

 溶けて混ざった相手が女性だったせいか、体が女性になった。体を「作る」過程でこの世界の魔術の知識、戦闘の知識、生きていくための知識――言語などだ――を組み込まれた。そして作られた「わたし」という「怪物」に隷属術式をかけ、ディアーナ・ローゼが生まれた。

 「教会」がこのような方法で聖者を「生産」したと知ったら、この世界の人々はどう思うのだろう。それを暴露したくとも、わたしに掛けられた術式が邪魔をしてくる。「教会」の司祭に仕返ししたくとも、この体は膝を折ってしまう。その先にあるのは耐え難い凌辱だ。それに、教会も含め、この世界には気心の知れた友人もできてしまった。この世界の人間に反逆すると、それらの人々にも少なくない悪影響が及んでしまう。

 故に、術式を解くことと元の世界に戻ることを模索する日々を送ることで、自分をこんな体にした、こんな思いをさせたことへの恨みを誤魔化している。自分に掛けられた術式は強力だ。日々、術式の影響により、自分の感情や自我が薄れていくような気がする。戻るときまで正気を保っていられるだろうか。


 以前の自分だったとき、趣味といえば美味いもの食べ歩くことと同僚と行く温泉旅行だった。おかげでメタボ腹ではあったが。それがこの体になっても、やはり美味い物には貪欲なのだ。

 幸い、この身体能力と膨大な魔力と魔術の知識があるので、素材の確保には困らない。スライムからドラゴンまで、大体の魔物は経験済みだ。スライムは、素早く核を破壊しないと、体内の酸が多くなりすぎて食べられなくなってしまう。

 しかし、適切に処理したスライムは、レモンの絞り汁をきゅっと絞って、濃い旨みを伴うような味わいを持つ極上のソースになる。ヒポグリフのバラ肉で焼肉するときは、タレとしてのスライムは必需品だと思う。

 あまり力説すると、この世界の人間にも引かれてしまうが。ちなみにヒポグリフの親であるところのグリフォンはどういうわけかスライムのソースが合わない。ソースをつけたとたんに固くなってしまうのだ。噛み切れない。





 「聖女様! 」


 ウニを持ったまま、ぼんやり考え事をしていた。声を掛けられて我に返ったとき、ディアーナはいつの間にか村人に囲まれていた。気配を探ることも忘れて考え事をしていた自分に苦笑しつつ村人達……声をかけたハイケに体を向ける。


 「綺麗……」


 村人の一人、恐らくはハイケの娘であろう、小さな女の子が呟いた。思わず、ディアーナの顔が曇る。


 「ご、こめんなさい……せいじょさま」

 「うえ、あ、いえ……」


 ペコリと頭を下げる女の子に妙な答えを返し、微妙な空気になった中で自分への評判を思い出す。

 ――今代の聖女様は、容姿を褒められると何故か不機嫌になる――

 ――串焼きと酒を勧めれば、大体は上機嫌だ。まるで……――

 俺達みたいないい年したオヤジのようであらせられる。


 ディアーナは2年かけて「オヤジ聖女」という評判が根付いていることに気が付き、この妙なイメージを払拭させるべく、聖女っぽく(?)振る舞うようにしている。


 故に、ディアーナは目線を少女に合わせ――と言っても、ディアーナも随分身長は低いのであるが――

 「いいのですよ。綺麗って言われて嬉しくない女の子はいないのですから。もちろん私もそうですよ?」

 「う、うん、ありがとうせいじょさま」

 ふふっ、と微笑みハイケに向き直り、「それで、何か用ですか?」と首を傾げる。完璧だ。もうオヤジ成分0だ。


 「あ、いえ。ちと足を挫いちまいまして。畏れ多くも聖女様にお願いするのも、アレだと思ったんですが、ウチのがいい機会だから治してもらえって」

 「まあ、それではお仕事にも障りがあるでしょうに……しかし、私も治して差し上げたいのは山々なのですが、治療は教会を通して頂くことに……」

教会は、その影響力を保つために教会を通さない治療は、原則として禁じてある。望んでこのような立場になったのではないとはいえ、ディアーナも一応は教会に所属する身であり、元の世界に帰還を果たすまでは、あまり悪目立ちはしたくはないのである。もっとも、既にこれ以上ないくらい目立った存在ではあるのだが。

 「聖女様」

 ハイケの後ろにいたドリスが声をかける。

 「折角このような辺鄙な村までお越しくださったのです。この村は海の幸しか取り柄がないのですが、この時期だと大牡蠣や大棘カニ、今聖女様がお持ちの冬ウニですね。ここの漁師はもう少し沖に出て、大冬ウニなんてとって来るのですよ」

 大牡蠣……大カニ……大ウニ……

 「すごく……大きいのですね……」口いっぱいに牡蠣の旨みが広がるような錯覚に眩暈を覚えるディアーナ。ごくりと喉が鳴る。

 「そうです、すごく大きいですよ。もしよろしければ……今夜、いかがです?主人の足はその際にでも」

 「いえ、あの、でも」 治療しちゃ駄目なんです。決まりなんです。という言葉を何故か飲み込んだディアーナ。

 「隣村はエール作りが盛んでして、丁度今日エールの樽が届いたんです。暖かい我が家で冷たいエール。いかがです?」

 だめだこりゃ。ディアーナは抵抗を諦めた。牡蠣とエール。このあたりのエールは、炭酸の強さが向こうの世界とあまり変わらない。低温でも発酵する秘法とガスが抜けない秘法を合わせてあるのだ。魔術って便利だなぁ……


 気が付いたら、ハイケとドリスの後をふらふらとついて歩いていた。


 「あははは!奥さん、おっぱいでかいもんなー!ハイケ、毎晩かわいがっとるのか?ん?あはははは!」ディアーナはジョッキ片手に実に上機嫌であった。もう片方の手は、ワキワキさせている。

「がははは!噂通りだな!ディアーナさんは!」

「あははは!アニちゃん、おっちゃんの膝のるか!ほらおいで!あははは!」 ディアーナはもうすっかり。

ハイケの一人娘、アニを膝の上にのせて上機嫌だ。

「ディアーナのおっちゃん、おさけくさーい!」

「おお?おっちゃんはお酒もご飯も好き嫌いしないんだぞー!アニちゃんもお母さんみたいなばいんばいんになりたかったらいっぱいご飯食べるんだぞー!ほら、これをあげよう。あーん!」

もうすっかり、おっちゃんだった。


 上機嫌でハイケ一家に用意してもらったベッドで一夜を明かし、翌朝、いたたまれない表情をしているハイケの足を鬱々と治療をした。


「またきてね!ディアーナのおっちゃん!」

「……あ、はい。あと、わたしはおねぇちゃんです……」


はぁ、とため息をついて空を見上げれば今日も雲一つ無い空だ。

自分に刻み込まれている隷属術式への抵抗術も、数日で効果が切れる。抵抗術は長期間使用していると、自身への反動も大きく、効果が切れれば数日は再使用できない代物だ。その間、自分に対して行われる所業を想像し、僅かに顔を顰めるが……

「ま、この世界にいるのももう長くはない……はずだし、それまではこっちの世界も楽しむさ」

うんっ、と伸びをして歩き出す。今日は何食べようかな。そんなことを考えながら顔を緩ませる彼女は、見た目相応の美しい少女であった。

え。ひょっとして、もしかして最後まで読んじゃったの!?

すみません、ありがとうございます!

4時間もかかって、このクオリティ。もっと描写出来るところいっぱいあるよね。お読みいただいた方がもっとほっこりしていただけそうな作文したいと思いますので、今後も暖かく見守って頂ければと思います。


2014.04.24 誤字と、読みにくそうな言い回しを修正しました。

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[良い点] 連載の方も楽しく読ませていただいております。 設定もお話もよくバランスが取れていて、読む快感を味わっています。 [気になる点] 以下誤変換ではないかと思ったので報告させていただきます。 …
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