6.10
変わっていく街を眺めながら変わらない何かを求めていた。
街が発展していくたび人の生活は便利になるけど、私たちから大事な何かを奪っていくような気がした。
世間はエコだとか地球に優しくなどというが、そんなことよりゴミに埋もれたような何も失うことのない幸せが欲しい。
いずれ私も消えていく。
その時まで信じられるココロの安らぎをください。
便利じゃなくていいんです。
別のセカイが見えようとも、どんなにこの身が汚れても タバコをふかしたように漂って生きるだけ。
苦も無く、幼少期に得た幸せで今もこれからも
今を生きるってどういうことだろか
汚い川を渡ること?
信じることで不安は無くなる
何も信じないより、何かを互いに信じることで人は一緒に生きれる?
だけど、人が生きた証さえ壊して、生きている。
生活は便利になるけど、大切な何かを失っていく。
人間はそんな便利じゃなくてもそこそこ生きていける。
生きている意味など誰にも決めれるものなどなく、自分で決めるもの。
タバコを吸って地球破壊に励んでも、それはそれで生きる意味。
壊す対象を間違っていないだろうか?
いつか好きだった公園も忘れられるよう、なかったことになる。
酸素、窒素に浮かびながら、歩くように 無駄なことに笑っていられることが幸せな気がする。