愚者と賢者の石
短いので、あらすじを気にせず本編を読んでもらえたらと思います。気軽に感想・レビューもいただけると嬉しいです。
近くの壁から崩れ落ちたものであろうか、転がっていた一片のレンガを、キトリは拾い上げた。キメが細かくキレイな赤銅色のレンガは、上質なもののようだ。
レンガを持ち帰ったキトリは、ガタついた暖炉のすき間に差し込んだ。
貧しい家庭の知恵であったし、何より、役割のなくなって死んでしまったものに新たな生をあたえることが、少女の楽しみでもあった。
「やあ、キトリ。なにか良い事でもあったのかい」
キトリの明るい顔を見て、近所に住むバジルが声をかける。
「ううん、なんでもないわ」
レンガを拾ったくらいで、幸せそうにしてるなんて馬鹿らしい。そう考えたキトリは恥ずかしさに頬を染めた。
父はなく、母と小さな妹たちを支えるキトリは、おしゃれをする余裕など持っていなかったが、毎日、精一杯の笑顔で良く働く彼女は十分に美しかった。
そんなキトリを周囲の人々は暖かく見守り、また想いを通わせる青年もいる。
日々はゆったりと、幸福に流れていた。
※ ※ ※ ※ ※
その日、キトリの家に領主お抱えの役人がやってきた。領主の館に来ないかという何度目かの誘いを持ってきたのである。要するに、領主の妾になれというのだ。
断りの文句に焦れていた役人の目に、暖炉の一角に差し込まれたレンガが目に留まった。
「キトリ、これはどこで手に入れた? これは領主様が遠方からとりよせたもので、この領地には他にないものなのだぞ」
そして役人は、領主の所有物を窃収したとして、キトリを無理やり連れ去ろうとした。
家族ともども牢へ入るか、領主の妾となるかを迫られ、キトリは泣く泣く領主の妾になることを受け入れた。
※ ※ ※ ※ ※
押収されたレンガを手にとって貴族はため息をつく。
彼は、もしキトリの裁判を行うことになった場合判事を務めることになっていた。しかし、その裁判が行われることなどないこともわかっていた。
この一連の出来事はすべて体裁を繕われて発表されたが、真相は人々の間に知れ渡っていた。冤罪をたてに、家族の身柄を引き合いにして遠まわしな脅迫が行われたのだった。
自身の欲求のために権力を利用する領主から、少女を守ることができなかった。
言いなりになるしかない自分に嫌悪感を抱きつつ、彼はレンガを窓外に投げ捨てた。
※ ※ ※ ※ ※
「おお、これこそ探し求めた賢者の石!」
通りがかった男が、打ち捨てられたレンガを拾い上げた。
「しかし、今までいくら探しても見つからなかったのに、このような所に落ちているというのも、おかしなものではありませんか?」
歓喜に瞳を輝かせる男に、お付きの者が声をかける。
「甘いぞ、サンチョ・パンサ! 真実とは思いもしないところにあるものだ」
「どう見てもレンガにしか……」
従者の呆れ顔の呟きに、その男は高らかに宣言した。
「では、賢者のレンガであろう!」
男の名は、ドン・キホーテ。彼は街で聞いた、謂れなき罪を着せられ貞操を奪われたという少女を助けるためにやってきたのだが、思いもよらない収穫があり喜んだ。あとは囚われの美少女を助け出すだけである。
ドン・キホーテは、お供のサンチョ・パンサを連れ、領主の館に乗り込んだ。
歴戦の勇者であるドン・キホーテにとって、温床で惰眠を貪る衛兵など敵ではない。
「ドラゴンをも討ち果たした、このドン・キホーテの前に立ちはだかるとは愚かなり!」
向かいくる兵をちぎっては投げちぎっては投げ、悪の巣窟奥深く入り込む。
そして、ついに薄幸の姫君を助け出し、騎士道を貫いたドン・キホーテは、恭しく、手に入れた賢者の石を可憐な姫君に捧げたのであった。
可憐な姫君――言わずと知れたキトリであるーーは戸惑いつつも、騎士に感謝しその好意を受け取った。
※ ※ ※ ※ ※
キトリは家に帰ってきた。愛する家族のもとへ。
久しぶりの家族揃っての団欒の後、欠けたレンガを見つめて言う。
「偉大な賢者の石でも、私の家ではこれくらいしか、ね」
そうして、くすりと笑うと、ガタついた暖炉のすき間にレンガを差し込んだ。
”セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」を元にしたバレエ作品“を元にしたパロディ短編です。
人物相関や出来事はまったく考慮していませんので原作等関連作品とは異なる場合があります。
人物設定だけ少し借りたオリジナルに近い物語だと思っていただけたら幸いです。




